"風景"
真っ赤な肉が、華が咲くように左右に開いて居る
割れた頭蓋の内側に肉と眼球と、良く解らないものが広がって居た
この幻覚は現在、僕の躰にめり込むような位置関係で存在して居る
割れた人型が真正面からぶつかってきて、僕の躰とくっついてしまった様な見た目だ
より厳密に言うなら、幻覚は既に、僕の左肩と左胸に棒立ちの姿勢でめり込んで居る
その為、僕の左下部の視界は、ほとんど喪われて居る状態だ
元々はこの幻覚は、もっと離れた位置に存在して居た
常に一定の離れた位置に立ち続けて居て、最初は存在を認識する事も無かった程だ
街中に住んで居るせいか人混みに行く事が多く、初めて幻覚に気付いたのは或る夜、酔い覚ましに外を散歩した時だった
アパートが立ち並ぶ通りの奥に、動かずに立ち続ける人影を視付けた
最初は『頭の大きなやつが居るな』程度の認識だったが、その人影が常に躰を自分の方に向けて居ると気付いた時、少しだけ寒気を感じた
距離を置こうと歩き、振り向いて様子を視る
人影との距離は変わって居らず、僕はそれに自分が追われて居るのだと感じた
アパートの一室に駆け込み、慌てて何度も失敗しながらチェーンを降ろす
『もしかして』とドアスコープを覗くと、遥か遠くのマンションのベランダ、僕から視て左側の部屋の辺りに人影が居た
以来、少しずつ人影は、絶対に視界に紛れ込む様になった
恐らくは、気付くのが遅れただけで以前から存在して居たのだろう
それが日に日に近付いて来ている事が、僕は恐ろしかった
距離が狭まり
姿が明瞭になるにつれ、恐怖はより大きなものとなった
距離が残り数mを切り始める頃には、寝ようとして横たわった天井にすら人影は現れた
起きて居る時でもアパートの一室には人影が、頭の割れた姿で立ち続けて居た
距離がゼロになる瞬間が、一番恐ろしかった
誰から云われた訳でも無いに関わらず、あの幻覚に追い付かれれば死ぬのではないか、と云う意識が常に何処かに在った
『あとひと眠りすれば、起きた時には幻覚が僕に触れて居る』と云う距離の夜、僕は恐怖で寝る事が出来なかった
その時には、幻覚に実躰と呼べるものが無い事はおおよそ解って居た
幾度か、恐怖から人影を手で振り払おうとした経験が有ったからだ
警戒はして居たつもりだったが、なすすべは無かった
まばたきを一つした、次の瞬間には人影は僕に触れて居た
その時は心臓が止まるかとすら思ったが、慣れからか諦めからか、恐怖はそれ以来、多少減った気がする
今となっては、幻覚を恐れる事はほとんどなくなり始めて居る
視界はほとんど喪われてしまったが、『眼が視えて居るかのように行動する事が出来る』のだ
理由の説明は大変に困難で、敢えて言葉にするなら『自分の躰の感覚だから』だ
『感覚』と言えば、僕の幻覚と重なり合った部分の身躰器官は、もう総て麻痺してしまって居るようだった
不便は感じて居ない
これも理由の説明が大変難しいが、端的に言うならば『自分の躰の感覚だから』だ




