幼馴染を女の子に変えちゃったけど、後悔はしてない
突発的に思いついちゃった作品なのであっさり気味。
肩の力を抜いてお楽しみください。
「やー!」
すぱーん、と。
擬音にすればそんな感じだった。
ワイバーンに飛び掛かったかと思ったら、手にした大剣でその首を一閃。
遅れて胴体が倒れこみ、顎を開いた頭部が落ち、そして――それを成した小柄な姿が、華麗に着地する。
髪を短くしたボーイッシュなその少女――年は十五、六だろうか――は、身の丈ほどの大剣を振るってついた血を払い、背中の鞘におさめた。
そうして、くるりと元気よく振り向く。
「お怪我はありませんか?」
「……あ、ああ」
問いかけられた男は、商隊を率いる長だった。
仕入れ先から帰る途中、野生のワイバーン一頭に襲われかけて「もう駄目だ」と諦めた時、この黒髪の少女が現れた。
少女は軽装の鎧、似合わぬ大きさの大剣、素早い身のこなし、そして意思が強そうな、大きな黒い瞳が印象的だった。
そうして、その朗らかな笑みも。
「それならよかったです! それでは、急ぎますので失礼しますね!」
言うが早いか身を翻して駆け出したその少女に、男はようやく我に返って声を張り上げた。
「ま、待ってくれ! せめて名前を……!」
「名乗るほどの者ではないので! それではー!」
「え、ええ!?」
少女のその背中は、みるみる遠ざかり小さくなっていった。
あまりにも展開が早すぎて、呆気に取られて取り残される長の男。
「な、なんなんだ。夢でも見たのか、俺ぁ?」
「……あれは、アズールウェルさんとこのアキラちゃんっすね」
「お前、あの子を知ってるのか?」
男の視線が副隊長に向く。
「あたいも助けられたことあるんすよ。そんで……」
副隊長はしたり顔で説明するも、長の男はもう見えなくなった少女の後姿を求めるように、ぼうっとしていた。
「……よくおっさんを虜にしちゃうんすよね」
副隊長の声は、やはり届いていなかった。
アズールウェル魔法具工房は、とある街の裏通りにあった。
決して目立つ場所にあるわけではないが、よく知られた店であり、人の出入りは多い。
手が届く値段、高い効果、そして――二人の店員が客を引きつけるからだった。
「サクラちゃん、いつものあるかね?」
「はい、もちろんご用意しておりますよ」
客の老婆の問いかけに、サクラと呼ばれた店員は、カウンター奥の棚に歩み寄る。
サクラは長い黒髪を背中まで下した、たおやかな女性であった。
この地方では珍しい色のその髪、そして同色の瞳。
彼女がここへ訪れた当初、その黒は物珍しく見られていたが、しばらくしてからは気にされなくなった。
サクラは棚から湿布を取り出すと、優しく老婆にそれを手渡す。
「いつも通り七日分です。腰のお加減はいかがですか?」
「いやあ、ずいぶん楽になってきた。ありがたやありがたや」
受け取りながら拝んでくる老婆に、サクラの目が細まる。
この店はこうした、薬草からなる薬の類も扱っているが、本領は火をつけたり水を生んだりする魔法具である。
しかし店を構えるにあたって、客からの要望を取り入れていると、自然と品数が多くなっていったのだった。
「本当にありがとうねえ。またよろしくお願いするよ」
「はい。腰以外にも何かありましたら、ぜひご遠慮なく」
老婆は礼を言いながら立ち上がり、サクラはそれを見送る。
ゆるやかにドアベルの音が響き、店内は静けさを取り戻した。
一人になり、さて何をしようか、とサクラは考えを巡らせる。
ふと目がとまったのは、店内の棚、そこに伏せられている写真立てだった。
近寄って手に取り起こすと、自らの名前の由来である、桜の木の下に佇む二人が目に飛び込んでくる。
そこは二人が出会った場所であり、思い出の場所であり――。
――そして、二人が死んだ場所でもあった。
二人の男女が写るその写真立てを、サクラは元の位置に伏せた。
同時に、ドアベルが元気よく鳴り響く。
ドアから姿を覗かせたのは、元気という表現がよく似合うボーイッシュな少女であった。
「ただいま、サクラ!」
「おかえり、アキラ」
まるで駆け込むようなアキラをサクラは迎えて、そのまま抱きしめた。
そうすると、その身長差でアキラの頭を胸元に抱え込む形になる。
途端に、アキラは顔を赤くした。
「サ、サクラ。ボク、汚れてるから」
「お疲れさまってことよね。だから、はい」
「んっ」
サクラはアキラの顔を上向かせ、その小さな唇に吸いついた。
驚きで止まるアキラ。
けれど抗しえず、力が抜けていく。
しばしそのまま、時が過ぎる。
ぴくん、とアキラの身体が震えたのを確かめてから、サクラは名残惜しげにアキラの唇を解放した。
けれど、その脱力した小さな身体を離しはしないサクラだった。
サクラは少し息を荒くしているアキラを、ぞくぞくする内心を隠しながら見下ろす。
「お風呂、一緒に入ったほうがいい?」
「……か、からかわないでよ、もう」
アキラは身じろぎすると、腰のポーチから取り出した小袋をサクラの胸元に押し付けるようにして、その身体を引き離した。
「はい、頼まれてたのっ。急ぎで必要なんだよね、これ」
「あら、ありがとう。そう言えばそうだったわね」
受け取りながら、サクラは少々残念に思う。
だから、これ以上暇はなく、夕飯までやり取りはお預けなのだ。
「ご飯、ボクが作るから」
「ありがとう」
「だから、その」
アキラは顔をそむけた。
「……つ、続きはそのあと」
それだけ言って、足早にその場を後にするアキラ。
その姿を見送って、ようやくサクラはひとり呟く。
「……早く終わらせよう」
今夜を予想して、自分の身体を抱きしめたのだった。
カーテンの間から、わずかに差し込む月明り。
それにかろうじて浮かび上がるアキラの寝顔を覗き込みながら、サクラはさきほどまでの濃密な時間の余韻に浸っていた。
熱はまだまだひかず、けれどそれは先ほどまでの燃え上がるそれではなく、しっとりと焦がすよう。
穏やかに眠るアキラの額に唇を落とし、そして起こさないよう柔らかに抱きしめる。
無意識なのか、すり寄ってくる気配を感じて、サクラの肌の熱はまた高鳴りそうになり、胸は愛しさに満たされた。
かつては自分より頭一つ大きかったその人は、今や自分の手にすっぽりと収まるほど。
それが寂しくも思え、また――独占の具現のようで歓喜に震える。
と同時に、同じだけの罪悪感にも襲われる。
この世界に来たこと、この姿にしてしまったこと。
――その時を、サクラは思い出す。
「――晶はどうなったの!?」
目を覚まし、まず声にしたのはそれだった。
地平線も見えない、白だけの世界。
その中に佇んでいた、恐ろしいほどの美貌、豪奢な衣装の――おそらく女神らしき存在。
それに蒼井桜は掴みかかるような勢いで尋ねるしかなかった。
脳裏に光景が蘇る。
下校中だった。
何かが突っ込んでくる、かばわれる、そして押しつぶされた――幼馴染の、彼と一緒に。
女神は、形だけなら完璧な微笑で答えた。
「あなたがたは死にました」
「……――そ、う」
やっぱり、という感想しか出てこなかった。
断線するように巡った光景、そしてこの状況。
よくある筋書きに放り込まれた、と認識できて、桜の激情はさざなみのように去っていく。
「……こうしてそれを説明するってことは、予定外だった、っていう弁明なわけ?」
「システムエラーです」
「最近のAIの方がまだいい答え返すわよ……!」
表情とはちぐはぐな、淡々とした受け答えに、桜は歯噛みするしかない。
それを何の感情も交えず、女神の瞳は照らし返した。
「補償として、あなたには六つの願いが授けられます」
「わたしと晶を生き返らせて、元の世界に帰して」
「エラー。それらの願いは承認できません」
即座の願いは、同じだけの速度で突き返された。
桜は矢継ぎ早に次の願いを口にしそうになって――思いとどまった。
焦りをため息として押し出して、唇を舌で湿らせた。
「……願いとは別に聞かせて。晶はどこ? 彼に授けられた願いはいくつ?」
「こことは別空間にいます。願いは一つです」
それを聞いて、桜は奥歯を噛み締めた。
優しくて温かくて、いつでも自分のそばにいてくれる大切な幼馴染に、それほどの差をつけるとは。
軽んじられた、と憤慨するには十分であった。
かといって感情をぶつけるには、目の前の女神はあまりにも無機質でシステム的で――手ごたえを感じられそうになかった。
だから桜はその分、頭を回転させる。
「彼はどんな願いを叶えたの?」
「『今度こそ彼女を守れる力を』」
「……っ」
目に浮かぶ。
たった一つの願いに、即座にそれを込めたに違いない。
心臓がえぐり取られるような、そこから何かが迸ってくるような、そんな思いがこみ上げてきて、胸の前で拳を握る。
「だったら、わたしは」
胸の痛みをこらえながら、顔を上げて女神を睨む。
「彼に、弱さを」
「エラー。相反する願いは承認できません」
桜は思わず舌打ちした。
「だったら、晶を女の子にして。今度は、わたしが守るの」
「承認」
「……通ったの?」
「はい」
何の変化もなく、確かめるすべもない。
桜は疑心にかられながらも、納得するしかなかった。
そうして、桜はようやく引いてきた胸の痛みに、背筋を伸ばすことができた。
「願いとは別の質問。願いは今、全部叶えないといけない?」
「はい」
「なら、次のお願い。残り四つの願いを、任意のタイミングで叶えられるようにしてちょうだい」
――いけるか?
窺うサクラの前で、女神はイエスともノーとも言わず沈黙し、柔和な笑みのまま停止した。
それはあたかも、予想外の負荷を与えられてフリーズしたようだった。
「――承認」
ややあってのその返答は、桜の留飲をようやく下げたのだった。
「――それからなんとか、ここに腰を落ち着けたんだっけ」
サクラは囁き声を、宙に逃がした。
竜崎晶はアキラ・ドラゴンケープとなり、魔物狩りとして素材を集め。
蒼井桜はサクラ・アズールウェルとなり、素材から魔道具を作成する職人となった。
そうして暮らし、今に至る。
遠目には姉妹のような、実質的には夫婦と言えるようなその暮らし。
(……わたしはそれに不満はないけれど)
サクラは、手の中のアキラ――かけがえない宝物に目を落とす。
かつては逞しく精悍で大きかった彼は、今は小柄であどけない少女となっている。
(……もう犠牲になってほしくないから、守らせないように女の子にしたのは事実だけど……)
過去を思い出し、サクラは自然と疼きでくねりそうな身体を抑えつけた。
自然、吐く息は熱くこもる。
(……夜のアキラがすごすぎるから、咄嗟に便乗しちゃった……って言ったら……お、お仕置きされちゃうかな……ど、どうなっちゃうかな、わたし……)
サクラは申し訳なく思いつつ、その先に期待と妄想を巡らせ――身体の芯を甘く痺れさせたのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
続かないったら続きません。
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