私は悪役令嬢ですが、損はしません
私の名前は、アデルフィーネ・フォン・クラウス。
王太子殿下の婚約者であり、王立学園きっての悪役令嬢――
らしい。
もっとも、その評価に異論はない。
私は口が悪いし、愛想もない。
必要とあらば皮肉も言うし、嫌いな相手には遠慮しない。
ただ一つ、誤解があるとすれば。
私は一度も、ルールを破ったことがない。
◇
「アデルフィーネ・フォン・クラウス。
本日をもって、君との婚約を破棄する」
王立学園の大広間。
衆人環視の中、王太子レオンハルトはそう宣言した。
ざわ、と空気が沸き立つ。
「やはり悪役令嬢は嫌われていたのね」
「かわいそうに、平民のリリア嬢……」
視線の先には、王太子の腕に縋る少女。
リリア・エヴァンス。
成績優秀、心優しく、涙を武器にするのが得意な――
いわゆる“ヒロイン”だ。
私は小さくため息をついた。
「それで?」
その一言で、場が静まる。
「……え?」
王太子が間の抜けた声を出す。
「婚約破棄なさるのですよね。
ですから、“それで?”とお聞きしています」
「泣かないのか。
怒らないのか」
「感情を求めているなら、別の方をどうぞ。
私は事務的な話しかしませんので」
周囲がざわつく。
悪役令嬢なら、ここで取り乱すべきなのだろう。
だが――私は違う。
◇
「君は、リリア嬢をいじめた。
彼女を精神的に追い詰めた」
王太子は、正義の顔をして言った。
「そうですか」
私は淡々と答える。
「では質問します。
私が彼女に直接危害を加えた証拠は?」
「それは……」
「ありますか、ありませんか」
王太子は口を閉ざした。
私は続ける。
「忠告はしましたわ。
“身分不相応な行動は控えなさい”
“許可なく王族に触れないように”
“規則を読みなさい”
――すべて、学園規則に基づいて」
「それを、いじめだと?」
「規則を守らせることが、いじめなら。
この学園そのものが悪ですわね」
数人の教師が、気まずそうに目を逸らした。
◇
「だが!
君の態度は高圧的だった!」
「ええ。
私は高圧的です」
即答した私に、場がざわつく。
「私は貴族です。
礼節を守らない者に、笑顔を向ける義務はありません」
「なんて傲慢な……!」
誰かが呟く。
私は、微笑んだ。
「褒め言葉として受け取ります」
◇
「……もういい」
王太子は咳払いをした。
「婚約破棄は決定事項だ。
アデルフィーネ、君は――」
「その前に」
私は一歩、前に出た。
「婚約破棄に伴う清算を行いましょう」
「清算……?」
「はい。
王家とクラウス家の婚約契約書、第三条から第八条まで」
私は懐から書類を取り出した。
――事前に、写しを用意しておいた。
「婚約破棄を申し出た側が負う義務。
持参金の返還、慰謝料、名誉回復措置」
王太子の顔色が変わる。
「ま、待て。
それは形式的な……」
「契約ですわ」
私は冷たく言い切った。
「形式ではなく、法的拘束力を持つものです」
◇
「さらに」
私は淡々と続ける。
「私名義で王家に貸与していた土地三件。
資金援助二件。
政治的後援の覚書」
「……なぜ、そんなものを」
「知らなかったのですか?」
私は首を傾げた。
「王太子殿下が“自由恋愛”をなさっている間、
誰が裏で貴族の調整をしていたと?」
沈黙。
「安心なさって。
すべて合法です。
だからこそ――」
私は、にこやかに告げた。
「本日をもって、すべて引き上げます」
◇
ざわめきが、悲鳴に変わる。
「待て!
そんなことをすれば……!」
「国政が滞りますか?」
私は肩をすくめた。
「それは、殿下の責任ですわ」
◇
最後に、私はリリアを見た。
彼女は、青ざめている。
「……私のせい、ですか?」
震える声。
私は、はっきりと言った。
「いいえ」
彼女は、ほっとした顔をする。
「あなたのせいではありません。
あなたは何も考えていないだけ」
場が凍りつく。
「誰かに守られ、誰かに選ばれ、
その裏で何が動いているかも知らずに笑っている」
私は、静かに告げた。
「――そういう人は、
いずれ別の場所で、同じ目に遭うだけです」
◇
「これにて失礼」
私は一礼した。
「悪役令嬢で結構。
ですが――」
振り返り、言い切る。
「私は一切、損をしておりませんので」
◇
数か月後。
私は王都を離れ、別の国で事業を始めていた。
王家からの手紙は、読まずに捨てた。
噂によれば。
王太子は政治的信用を失い、
リリアは“思っていたほど特別ではなかった”らしい。
当然だ。
物語の主人公は、
自動的に幸せになるものではない。
私は悪役令嬢だ。
だからこそ――
自分の人生は、自分で回収する。
それだけの話。
誤字脱字や表記の確認にChatGPTを使用し、その後、作者自身でもチェックを行っています。
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