第8話
学園での初登校の朝。
制服の襟を何度も整えながら、私は緊張で喉が渇いていた。
(大丈夫、大丈夫。わたし、ちゃんと話せる……はず)
教室の扉を開けた瞬間、周囲の視線が一瞬こちらに向いた。
その視線に思わず肩をすぼめてしまいそうになる。
けれど——
「あっ! そっち、もしかして“1-A”?」
明るい声が教室の奥から飛んできた。
窓際に座っていた女の子が、ぱっと立ち上がってこちらへ駆け寄ってくる。
「えっと、はい。セリーヌ・アルベールと申します」
「わたし、ミリア・リーベル! よろしくね!」
彼女はにっこりと笑って手を差し出してきた。
その笑顔は、まるで太陽みたいだった。
褐色の肌に、陽を浴びたようにきらめく黄金色の髪。
しっかりした眉と大きな瞳。眩しいくらい健康的で、輝いていた。
「……あ、よろしく」
戸惑いながらも、私はその手を取る。
「アルベール伯爵家って、西の方だよね? うちも似たようなもん! ちょっと南寄りでさ〜。田舎でのどかなとこなんだけど、果物だけはめちゃくちゃ美味しいんだよ!」
「果物……?」
「うんうん、マンゴーとかバナナ、パイナップルも採れるの。特にパイナップルケーキは名物! あ、今度実家から送ってもらう予定あるから、ひとつ分けてあげるね!」
「えっ、うれしい……」
気づけば私は、自然に笑っていた。
こんなふうに、初めて会った相手と笑い合えるなんて——久しぶりだった。
「セリーヌちゃんって、魔法は何が得意なの?」
「えっと、結界魔法かな。防御系を、少しだけ」
「すごーい! あれ、集中力ないと難しいやつだよね? 私は植物魔法得意なの。花を咲かせたり、つる伸ばしたりとか」
「わぁ……素敵。見てるだけで癒される魔法って、憧れる」
「ありがと! 今度、セリーヌちゃんの部屋に花咲かせちゃおっかな!」
話はどんどん弾んで、気づけば登校の緊張はどこかへ消えていた。
「セリーヌちゃんってさ、最初はちょっと静かな印象だったけど、笑うとすごく優しそうな顔になるんだね。なんだか癒されるなぁ。」
「えっ……あ、ありがとう」
私は恥ずかしくなって視線を逸らす。
でも、胸の奥がほんのり温かくなっていた。
(……この子となら、人生で初めての友達になれるかもしれない)
たしかな想いが、そっと芽吹いた瞬間だった。