第7話
王都に足を踏み入れた瞬間から、ずっと胸の奥が落ち着かない。
石畳を走る馬車の音も、人々の華やかな服装も、すべてがまぶしくて——怖かった。
私は田舎の伯爵令嬢。
華やかな社交界にも出たことがないし、王族に会ったこともない。
中央貴族学園への推薦が決まったときでさえ、実感が湧かなかった。
けれど、今ははっきりわかる。
——私は、王都に来てしまったのだ。
入学式が行われる大講堂は、天井が高く、壁には貴族家の紋章が美しく刻まれている。
私はその片隅に、小さく座っていた。
周囲には、煌びやかなドレスと洒落た装いの少年少女。
聞き慣れない苗字。笑い声。洗練された所作。
「……わたし、場違いかも」
不安を噛み殺すように息を吐いた、そのときだった。
講堂にざわりとした空気が広がる。
「ご起立ください——入学生代表、第一王子レオン=ルシフェル殿下のご入場です」
場の空気が一変した。
扉が開かれ、黒髪の少年が現れる。
まっすぐに壇上へ歩くその姿は、周囲の視線をまったく気にしていないようだった。
その立ち姿だけで空気が締まる。
誰もが思わず息をのむほどに——圧倒的だった。
漆黒の髪は陽に艶めき、整った切れ長の瞳は澄んだ青色をしている。
長身で、姿勢が良く、身のこなしはしなやかで美しかった。
「……あれが、王太子……」
私の口から、思わず声が漏れる。
壇上に立った少年が口を開く。
「皆さん、本日より、私たちは共に学び合う仲間です。
立場や家柄にとらわれず、互いを尊び、高め合いましょう。
帝国の未来を担う者として、誇りと責任を忘れぬよう」
言葉は端的で、感情はほとんど表に出さない。
それなのに、声に揺るぎがなく、どこまでもよく通る。
彼の存在が、場の空気を完全に支配していた。
私の胸が、なぜか、ひときわ強く脈を打った。
——こんな人、初めて見た。
そして彼についての“噂”が、ふと頭に浮かぶ。
「第一王子は、10歳まで病弱で、公の場には一切出てこなかった」
「犬神の血が強すぎて、体がついていかなかったらしい」
「病弱だった分、現国王が特に目をかけていた」
「本来は第二王子が王太子にと目されていたが、王の一存で第一王子のレオン殿下が王太子に選ばれた」
……本当に、病弱だったんだろうか。
壇上の彼は、弱々しさなど微塵もない。
ただただ、気高く、美しかった。
「まるで、本物の王子様……」
その瞬間だった。
ふと視線を感じて顔を上げると——彼の青い瞳が、私を見ていた。
目が、合った。
はっきりと、私を見ていた。
そしてほんの一瞬。
彼の唇の端が、わずかに上がった気がした。
……笑った?
まさか。私みたいな、名も知らない伯爵令嬢に?
心臓が、ドクンと跳ねた。
慌てて目を逸らす。
気のせいだ。
そんなわけ、あるはずがない。
でも。
その蒼いひとみの記憶は、夜になっても胸の奥から消えなかった。