第6話
十四歳の春。
私は王都にある中央貴族学園への入学を控えていた。
全寮制。王都まで馬車で三日かかるので、しばらく家族と会うことはできない。
初めて家を出て、自分で生活する日々が始まる。
「セリーヌ!学園での生活楽しんでらっしゃいっ!」
母――ロザリアは、旅支度の鞄を抱えながら、明るく笑っていた。
「父としても、これ以上なく誇らしい。……気をつけてな」
無骨な声で言う父――アーネストは、私の肩をぽん、と軽く叩いた。
ふたりとも笑っている。でもその目は、ほんの少し赤い。
そして――
「やだ……やだよぉ、セリーヌお姉さまぁ……!」
私の胸にしがみついて、泣いているのは、妹のエリナだった。
九歳になったばかりのエリナは、家のどこへ行くにも、私の後ろをついてきていた。
勉強する時も、お菓子を作る時も、庭でお茶をする時も。
「一人で寝られるもん」って言いながら、夜中には私のベッドに潜り込んでくるのが、日常だった。
「エリナ……ねえ、泣かないで」
私は膝をつき、エリナの顔を両手で包み込む。
「離れたって、お姉ちゃんはずっとエリナのこと、大好きだよ。すぐに帰ってくるし、手紙だって書く。……それに、エリナには、お父様とお母様がいるでしょう?」
「でも……わたし、セリーヌお姉さまがいないと、さみしいの……っ」
わかってる。
私も、さみしい。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、私は――ちゃんと前に進みたいと思った。
だから笑った。
「エリナのために、美味しいお菓子のレシピもいっぱい覚えてくるね。だから、待ってて」
エリナの頬に口づけして、もう一度、ぎゅっと抱きしめた。
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出発の馬車に乗る直前、父と母がそれぞれ私に言った。
「セリーヌ、お前はもう十分すぎるほど頑張ってきた。これからは、自分のことをもっと大事にしていい」
「……本当に、立派になったわ。あなたは昔も今も、私の大切な可愛い娘よ。」
私は何も言えなかった。
でも、胸が熱くて、喉の奥がぎゅっと締めつけられて、私はぎゅっと唇を噛んで頷いた。
家の門が見えなくなる頃、私は小さく手を振った。
「行ってきます、ロザリアお母さま、アーネストお父さま。……エリナ。」