第1話
友人の飼う猫ちゃんを主人公にして書いたお話です。実際の猫ちゃんは何度も公園に捨てられて人間不信になりましたが、最終的に友人がずっと一緒にいると決めて飼っていますので、ご安心ください。
この小説を皆さんに楽しんでもらえると嬉しいです。
生まれたばかりの世界は、あたたかくて、やさしかった。
抱きしめられるぬくもり。小さな手を包む、大きな手。
聴こえてくるのは、震える声と、なだめるような優しい歌声。
目はまだよく見えないのに、それだけで「ここは安心してもいい場所なんだ」と思えた。
なのに——
それでも私は、心の奥底で震えていた。
理由は……わかっている。
わたしは、猫だった。
日本の、どこにでもあるふつうの街の、どこにでもあるような公園に、何度も何度も「戻された」猫。
——「元の場所に返しただけだよ」
そう言って、わたしを置いていく人たちの後ろ姿を、何度見送っただろう。
わたしにとってその公園は、最初の「家」であり、最期の「牢獄」だった。
最初の飼い主は、中学生くらいの女の子だった。
優しかった。お母さんに怒られながらも、わたしをこっそり部屋に入れて、箱をベッドにしてくれた。
女の子が言った「ずっとそばにいるよ。」を私は信じていた。この幸せは死ぬまで続くんだと思っていた。
私は女の子が大好きだった。
でも、ほんの数日だった。
母親の怒鳴り声とともに、ダンボールに詰められて、公園に戻された。
——「ごめんね、ほんとに、ごめんね……」
泣きながら謝るその子の手から、わたしはふわりと零れ落ちた。
地面は冷たく、夜風は耳に染みた。
それでもわたしは、そこにじっと座っていた。
次に拾われたのは、若いカップルだった。
今度こそ——と願った。
だが、私は気難しい猫だったようだ。
1度使ったトイレは掃除されるまで使うことができなかったし、
中学生の女の子に捨てられたトラウマから少しでも飼い主が私のそばにいないと大きな声で泣き喚いた。
ひとりでいるのが怖くて、声が枯れるほど泣いた。
私はイタズラが大好きで、カップルのお気に入りのソファーをバリバリに破いてしまった。
ごめんなさい、と言いたかった。
ワオワオと大きく泣いた。
捨てないで。ごめんなさい。
その気持ちは伝わらなかった。
そしてまた、公園に戻された。
それが三度、四度と続いた頃には、もう数えるのもやめていた。
——ご飯をくれる人はいた。
——なでてくれる人もいた。
でも誰も、「ずっと一緒にいようね」とは言ってくれなかった。
誰も、わたしを「家族」とは呼んでくれなかった。
だから私の気難しさは、どんどん激しくなった。
私は人に甘えられなくなった。
でも本当は——ずっと、甘えたかった。
誰かのそばで眠って、起きたら隣にその人がいる。
ただ、それだけでよかった。
そして、ある日。
冬の夜、星も見えない暗い空の下、わたしはひっそりと命を終えた。
さよならも、ありがとうも、誰にも言えないまま。
誰にも気づかれず、誰にも看取られず。
小さな体のまま、私は……眠った。
そして、目が覚めたら。
ぬくもりの中で、知らない誰かに抱きしめられていた。
それが、この世界の始まりだった。
でも私は知っている。
——ぬくもりは、いちばん最初に失うものだ。
だから、私はまだ。
心を許すことが、できない。