夕暮れの変化

第1章：突然の変身

山下徹、16歳、高校1年生。野球部の練習を終え、汗と土にまみれたユニフォームのまま、午後7時の薄暗い帰り道を歩いていた。街灯がぼんやりとアスファルトを照らし、虫の声が響く静かな住宅街。いつも通りの帰宅路だった。

その夜、背後から鈍い音がした。頭に鋭い痛みが走り、視界が暗転。次の瞬間、徹が目覚めたのは見知らぬベッドの上だった。体が軽い。妙に軽い。鏡を見た瞬間、彼は凍りついた。そこに映っていたのは、知らない少女の姿。長い黒髪、華奢な体、柔らかい輪郭の顔。徹の声で叫ぼうとしたが、喉から出たのは高い声だった。

「な、なんだこれ…！？」

混乱の中、病院の医師は「原因不明の身体変化」とだけ告げた。徹は一夜にして「山下徹子」として生きることを余儀なくされた。家族も、戸惑いながら受け入れた。だが、徹の心はまだ「男」だった。

第2章：園田翔の支え

学校に戻った徹子を待っていたのは、好奇の視線と囁き声だった。野球部は、男子部員ばかりの環境で、女体化した徹子には居場所がなかった。だが、一人だけ変わらない態度で接してくれる者がいた。園田翔、徹子の幼馴染であり、野球部のチームメイトだった男だ。

「徹、…いや、徹子。なんか変な感じだけど、俺には関係ねえよ。お前はお前だろ？」

翔のその言葉に、徹子は救われた。翔は徹子が学校で孤立しないよう、さりげなくそばにいてくれた。弁当を分け合い、帰り道を一緒に歩き、徹子のぎこちない「女の生活」に慣れる手助けをしてくれた。制服の着方、女子トイレの使い方、些細なことまで。翔の優しさは、徹子の心に温かい波紋を広げた。

だが、徹子の心は複雑だった。男だった自分が、男である翔に心惹かれるなんて。夜、布団の中でその思いに気付くたび、顔が熱くなり、胸が締め付けられた。「こんなの、変だろ…」と自分を責めた。

第3章：変化と葛藤

2年が経ち、徹子は高校3年生、18歳になった。体力の低下で野球部は辞め、帰宅部に。放課後は静かに図書室で過ごすことが多くなった。翔は変わらずそばにいてくれる。だが、徹子は自分の気持ちを抑えきれなくなっていた。

ある日、図書室で翔が徹子に言った。「徹子、最近元気ねえな。なんかあったか？」

徹子は言葉に詰まった。言えない。自分が翔を好きだと認めるのが、怖かった。元男としてのプライド、女としての自分への違和感、すべてが心の中で絡み合っていた。

「…なんでもないよ。翔、いつもありがとな」

翔は少し心配そうな顔をしたが、笑って肩を叩いた。「ま、いつでも話したくなったら言えよ。俺、逃げねえから」

その夜、徹子は鏡の前で自分を見つめた。女の姿に慣れたつもりでも、心の奥ではまだ「山下徹」が叫んでいた。翔への気持ちは、男として、女として、どう定義すればいいのか。答えは出なかった。

第4章：翔の告白

秋の文化祭の日。徹子はクラスの出し物で忙しく動き回っていた。翔も手伝いに来て、二人で屋台の準備をしていた。夕方、校庭の片隅で休憩していると、翔が突然口を開いた。

「徹子、俺、ずっと考えてたんだけど…。お前が男だった時も、女になった今も、俺には関係ねえ。俺、お前のことが好きだ」

徹子は息をのんだ。心臓が早鐘を打つ。翔の真剣な目を見ていると、抑えていた感情が溢れ出した。

「翔…私も、ずっと…。でも、こんな自分でもいいのか？ 私、元は…」

「いいよ。徹だろうが徹子だろうが、俺にはお前が大事なんだ」

翔の手が、徹子の手をそっと握った。その温もりに、徹子は涙をこぼした。男としての自分、女としての自分、どちらも受け入れてくれる翔の存在が、初めて心の重荷を軽くしてくれた。

第5章：未解決の謎

それから、徹子と翔は付き合い始めた。ぎこちないながらも、互いを支え合う関係は深まっていった。だが、徹子の心の片隅には、2年前のあの夜の謎が残っていた。背後から殴った何者か。その正体は、今も分からない。

ある日、徹子は古い野球部のロッカーを整理中、奇妙なメモを見つけた。そこには「山下徹、気をつけろ」とだけ書かれていた。背筋が冷たくなった。誰が、何のために？ 翔に相談すると、彼は真剣な顔で言った。

「俺がいる。絶対、お前を守る」

終章：新しい自分

謎は未解決のまま、徹子は翔と一緒に未来を見据えるようになった。男だった過去、女になった今、どちらも自分だと受け入れ始めた。翔の隣で笑うたび、徹子は思う。どんな体でも、心は自分そのものだ。過去の謎は、いつか解けるかもしれない。だが今は、翔と過ごすこの瞬間が、徹子の全てだった。