009 模擬戦—2/4 精霊
模擬戦は、訓練場の中央にある長方形の地ならしされたスペースで行われる。
四隅には術式が刻まれた支柱が建ち、試合中は魔法の影響を防ぐための防御結界が張られる仕組みだ。
そして今、その中心で俺とジギルが向かい合っていた。
周囲には多くのギャラリーが集まり、特に目立つのは——宴会を始めている連中だ。
敷物を広げ、酒を片手に盛り上がるのは、ダムド軍隊長はじめ、一癖も二癖もあるカールやボイド。
そして、その周囲で我が隊のメンバーが酒盛りしながら騒いでいる。
——って、隊長が試合に出るってのに酒盛りかよ!
これが終わったら、徹底的に鍛え直してやるからな!
「はよはよ!始めろよ!」
ボイドがコップを掲げて叫んでいる。
その横では、カルア、クラリス、ボイド隊のシンシア副隊が女子会トークで盛り上がっていた。
「タイチョー! 頑張ってくださいねー!」
俺の視線に気づき、トビーたち若手メンバーが一斉に声を上げる。
だが、その隣でルクスだけが、声を出さずに両手を胸の前でそっと組み……俺じゃなくて、ジギルを見つめている!?
——おいルクス。お前ジギルを応援してるだろ! そういうとこだぞ!
一方、反対側には、白を基調とした隊服を身にまとった魔特隊のメンバーが整然と並び、こちらを無言で見つめていた。
その中央には、エリオット隊長が足を組み、椅子に座っている。
ちなみに、隊服の色は隊ごとに異なる。
カール隊はカーキ、ボイド隊はグレー。そして我がコール隊は濃紺がベースだ。個人的にこの色が気に入っている。
——汚れが目立ちにくいのが一番だよね。
とはいえ、隊服がカラフルに並ぶギャラリーの中で、濃紺を着ているのはカルアとクラリスだけ。
本来、訓練時以外は隊服着用が原則のはずなのに。
——こうして見ると、我が隊の風紀の乱れが際立つ……。
これが終わったら、しごき&説教コース決定だな。
「なかなかに、コール隊のメンバーは個性的ですな」
ギャラリー席を見渡し、ニヤニヤ笑うジギル。
そして俺の立ち姿をじっくり眺めると、ふっと口角を上げる。
「コール隊長の剣捌き、なかなかの腕前だと聞いておりますよ」
「まあ、一応これでも隊長ですからね。ジギル殿も相当の腕前だと伺っています」
俺は一拍置き、続けた。
「それに……火・水・風の三元加護持ちと呼ばれる魔力。今日はたっぷり堪能させてもらいますよ」
「なになに、ありふれた魔法ばかりですよ」
ジギルは首を振り、謙遜するような笑みを浮かべる。
——嫌味な謙遜しやがって。
三種類使える時点で十分すごいんだよ!
それに、あんたの魔力量。半端ないよな!
「とはいえ、今の戦場は個の力が勝敗を左右する時代。コール隊長も、その力の真価を見せてくれるでしょう?」
ジギルは意味ありげに微笑み、咳払いを一つ。
「ところで、コール隊長の契約精霊は……たしか『エレクトリック・スピリッツ』という名でしたね?」
わざとらしくこめかみに指を当て、天を仰ぐ。
「んー……聞いたことのない精霊ですね。とても興味深い」
そして、唐突にニヤリと笑い——
「たしか……そう! 寒い季節に手がビリッとするやつですよね?」
——こいつ、完全にバカにしてやがる!!
俺の中で、精霊と契約した日の記憶が蘇る。
▽▽▽
この世界では、”電気”という概念が存在しなかった。
もちろん、雷や静電気といった現象はあった。しかし、それを「電気」として理解する知識がなかったのだ。
つまり——電気の精霊もまた、誰にも認識されず、知られることなく存在していた。
火や水、風の精霊と同じように、この世界のあちこちに漂っていながら、誰一人として気づいていない存在。
もし契約できれば、これほど有利な精霊はいない。
電気は強力なエネルギーを発し、応用範囲も広い。
加えて、未知の存在だからこそ、誰にも対策を立てられない。
だからこそ——俺は電気の精霊と契約したかった。
この世界では、契約する精霊は家系や血統によって決まるとされている。
しかし、実際には違う。
精霊を認識し、その力を理解することができれば、契約は可能なのだ。
俺には前世の知識がある。
この世界で誰よりも“電気”を知っている——はずだ。
13歳になれば「精霊の儀」があるが、そんなものは待っていられない。
精霊の儀では契約する精霊を自分で選ぶことができず、運任せになる。
複数の精霊と契約する方法もあるにはあるが……
それって、複数の女性を平等に愛するのと同じで、俺には性に合わない。
——問題は、どうやって電気の精霊を見つけるか。
そのチャンスは、俺が8歳の夏の日にやって来た。
▽▽▽
その日、両親と兄は王都へ出かけ、俺だけが留守番をしていた。
微熱があり、大事を取って屋敷に残されたのだ。
当時の俺は魔力量を上げるため、日々魔力を枯渇させる訓練をしていた。
時折、目覚めると発熱して寝込むこともあった。
あの日も、まさにそうだった。
朝から激しい雨が降り続き、執事とメイドたちは雨漏りの補修に追われていた。
午後になっても雨脚は強まるばかりで、真っ黒な空に遠雷が響いていた。
ベッドに横たわりながら、俺は窓の外を眺める。
時折、雷の閃光が庭の木々を照らし出す。
雷鳴は遠ざかるどころか、むしろ俺を誘うように近づいてきた。
そして——。
眩い閃光が世界を真っ白に染め、轟音と震動が屋敷を揺るがした。
庭の巨木の一つに、雷が直撃したのだ。
燃え上がる幹、地を這う青い閃光——
その光景に、俺の身体は勝手に動いていた。
気づけばベッドから這い出し、窓を開け、雨の中へと駆け出していた。
——今ならもしかして‥‥‥。
精霊の儀に倣い、俺は右手を掲げ、左手を胸に当てる。
一瞬、音が消えた。
まるで世界そのものが息をひそめたかのように——。
足元の大地から青白い粒子が静かに舞い上がり、俺の周囲を漂い始める。
——すごい……、キレイだ……。
俺は深く息を吸い、胸の奥に秘めた力を解放するように唱えた。
「偉大なる精霊よ、いにしえの契約に従い、我が声に応えたまえ」
掲げた手が微かに輝き、その光は全身に広がる。
青い粒子が放電し、パチパチとスパークを弾いた。
——間違いない。
俺は、契約の言葉を紡ぐ。
「無限の知識を宿したる聖なる万物の根源よ、我が元に顕現し、その力を示したまえ——!」
言葉が終わると同時に、世界は強烈な光に包まれた。
目を閉じ、再び開くと——そこには、青く半透明な球体が浮かんでいた。
それは、生き物のように脈打ち、静かに鼓動を刻んでいる。
「ナニガ ホシイノ?」
言葉ではなく、直接頭の中に響く声。
俺は、迷わず答えた。
「偉大なる精霊の力を求める」
「ナンノ タメニ ヒツヨウナノ?」
「信じるもの、すべてのために」
「デワ——ソノ チニクヲ ササゲヨ」
「今ここに」
その瞬間——。
俺の願いが、精霊と一つになった。
こうして、俺はエレクトリック・スピリッツとの契約を果たした。
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