083 かたき
「隊長ー、あいつら斬っていいんすかね?」
トビーが剣を肩に担ぎ、不穏な笑みでこっちを見てくる。
目の前では、鎧に身を包んだ領都兵団が、じりじりと間合いを詰めていた。
「手加減できる相手じゃないですよ」
ホッジが剣を抜き、隣でジンクスも構える。
いつでも飛び込める態勢だ。
「できれば殺したくないわね。禍根が残りそうで」
カルアが赤く染まったワイヤーをひと振り。
その軌跡が、血のように風に舞った。
――確かに、同国人同士で剣を交えれば、どんな理由があれ恨みは残る。
この先、この地を踏むたび、俺たちはその記憶に足を止めさせられるかもしれない。だが――
「ま、領都軍の奴らを許す気にはなれんが……殺すのも忍びないな」
そう呟きながら、俺はルクスのほうに目をやる。
彼女は肩をすくめて、渋々首を横に振った。
「……いやですよ。また感電するのは勘弁ですからね」
察しがいい。昨晩、俺がルクスの"バインド"を電撃の導線に使った件を、まだ根に持っているらしい。
そんなやりとりをしている間にも、槍を構えた甲冑兵たちが間合いを詰めてきていた。
しかし、領都軍の裏切り者は、カール隊が捕縛したと聞いてたが……
――こいつらどっから湧いて出やがったんだ?
しかも、この甲冑兵の数はちょっと厄介だな。
甲冑、か。なら――
「トビー、前列をブラストで吹き飛ばせ! 殺すな、気絶させろ!」
「了解っ!」
トビーの風弾が唸りを上げて放たれると、その強烈な一撃は敵兵を鎧ごとなぎ倒し、彼らはドミノのように次々と倒れていった。
その隙を、俺は逃さなかった。
「オーバークロック!」
俺は一気に加速し、倒れた兵士たちの只中へと跳び込む。
中央の男の甲冑に掌を当て――
「スパークショット!」
電光が鎧を伝って弾け飛び、青白い閃光が重なり合う兵たちを包み込む。
半数以上がその場で痙攣し、動けなくなった。
直接触れたやつの甲冑の隙間から、焦げた肉のにおいが、かすかに立ち込める。
――死んでなきゃいいけど。
心配になり顔を覗き込もうとした――そのとき。
ギィンッ!
鋭い金属音とともに、刃が俺の頬をかすめ、倒れていた甲冑に火花が散る。
「っ……!」
反射的に跳び退き、身構える。
そこにいたのは、赤い眼帯の男――
唇にうっすら笑みを浮かべながら、怒気をはらんだ目で、こちらを睨んでいる。
「やってくれますね。本当に、あなた達の隊は期待を裏切らない」
その声音は、まるで舞台を見物する観客のような無感情さと、裏に潜む憎しみを孕んでいた。
周囲では、トビーたちが残りの兵を次々と制圧していた。さすがの連携だ。
「悪いが、今はあんたの相手をしてる暇はない」
「つれないなあ。あれだけ濃密な一夜を共にした仲でしょう?」
「誤解を生むようなこと言うんじゃねえ!」
距離を取ろうとした――そのとき。
ドンッ!
拳ほどの火球が男の背後から飛来した。
赤眼帯は地面に突き刺していた剣を抜きざま、それを斬り払う。
火花が弧を描き、ゆらりと熱が立ち昇った。
振り返ると――
「……!」
そこには、両手に炎を灯したシオンの姿があった。
その眼には、燃えさかる憎悪と、深い喪失が混ざっていた。
――シオンにとっては、帝国は「隊長を奪った敵」だもんな。
「一対一の勝負に割り込むとは、失礼な女ですねぇ」
赤眼帯が笑いながら言うと、シオンが激しく怒鳴った。
「貴様……よくも、隊長をっ!」
怒りとも悲しみともつかない声。
その身は小刻みに震えていた。
「なんですか、あの女。壊れかけの玩具みたいですね」
バカにした口調でからかう奴に、再び火球が飛んできた――今度は俺の頭上にも!
「やみくもに撃つなよ、シオン!」
叫んだが、届いていない。
彼女は、怒りと悲しみに呑まれていた。
「シネ……シネ……ッ!」
口元を歪めながら、次々と火球を放つ。
赤眼帯はそれらを軽やかに斬り払い、まるでそれすらも“遊戯”の一部とでも言うかのような態度で受け流す。
「……じゃ、俺はこのへんで失礼するか」
その場を離れようと一歩踏み出した瞬間――
「逃がしませんよ?」
気がつくと、赤眼帯が俺の退路を塞いでいた。
――またその瞬間移動かよ……!
「つれないですねえ。僕を置いてくなんて」
「悪いが、あんたはそのままシオンの炎に焼かれてくれ」
「なんですか、あの子は……」
「あんたらに、大事な隊長を奪われた部下だよ」
その言葉に、赤眼帯が「あぁ」と間の抜けた声を上げ、剣を軽く構え直す。
そのときもなお、シオンの火球は撃ち続けられていた。
熱風と爆音が吹き荒れ、空気が振動している。
「……うるさいですね」
赤眼帯がそう吐き捨てた次の瞬間、俺に向けウインドカッターが放たれ、風を裂く。
鋭い刃が俺をかすめ、反射的に飛び退く。
その隙に、赤眼帯はシオンのほうへ向き直り――
両手の前に、巨大な火球を形成していた。
「逆恨みもほどほどに。オリビアでしたか? あの女は自らこちら側に来たんですよ」
「うるさいッ! お前が洗脳したんだろ、呪術か何かで!」
シオンも負けじと、頭大の火球を両手に生み出す。
火球同士が、空間を裂いて膨張していく。
地面が焦げ、空気がひび割れるような音を立て始めた。
――やばい。このままじゃ、爆発で周囲が吹き飛ぶ!
「トビー! カルア! 二人を止めろ!」
「了解っ!」
トビーの風弾が、シオンの火球の軌道を逸らす。
その直後――カルアの赤いワイヤーが走り、赤眼帯の手元に絡みつき、火球ごと空に軌道をずらした。
「やるね~」
赤眼帯は、にやり、と、楽しげに微笑む。
その笑みは場違いなほど落ち着いていて……底の知れぬ不気味さを放っていた。
そのとき――
土煙をあげて、正門の向こうから騎馬兵団がなだれ込んできた。
敵兵の背後から現れた一団の中――
一際目立つ巨躯が、馬を飛び降りてこちらへまっすぐ駆けてくる。
――あの制服の色、あのサイズ。
「カール隊か……!」




