007 花見じゃないっての
物心ついた頃には、自分が『ブレハク』の世界に転生していることに気付いていた。
そして俺は、前世で何も成し遂げられなかったことを反省し、今世こそは無駄に生きまいと誓った。
とはいえ、生まれながらのチートスキルなんて都合のいいものは、俺にはなかった。
——でも、俺には“知っている”という最大の武器がある。
前世で培った知識と記憶。
それこそが、俺にとっての真のチートだった。
剣と魔法が支配するこの『ブレハク』の世界で生き抜くために、俺が導き出した強くなるための三原則は、以下の通り。
一つ。魔力量の増強。
二つ。精霊との契約。
三つ。剣技の習得。
この三つを極めること——それが、俺の生存戦略だ。
まずは魔力量。
この世界では「魔力量は生まれつき決まっていて、後からは増やせない」と言われている。が、それは完全な誤解だ。
実際は、やり方次第で増やすことができる。
方法は単純明快。毎日、魔力を限界まで使い切ること。
これを地道に繰り返せば、徐々に魔力量は底上げされていく。
……とはいえ、この訓練は、地獄そのものだった。
魔力が枯渇すると、強烈な頭痛や倦怠感に襲われ、場合によっては気絶する。
『ブレハク』の主人公エリオットも、ゲーム内でこの訓練をしながら、毎回「うぎゃああああ!」と絶叫していたが……やってみてわかった。
マジで、うぎゃああああ!!
だが俺には、身体能力のチートも戦闘スキルのチートもない。
ならば魔力だけでも常人を凌駕するしかなかった。
行動しなければ、何も始まらない。前世で嫌というほど思い知らされたことだ。
次に 剣技。
これは父——ウィリアム・ド・ラヴェリックに教えを乞うことにした。
元騎士で、幾度もの戦功を挙げ、王から男爵位を賜った苦労人。
実力は本物で、領民たちからも慕われている。
そんな父に、俺は5歳の誕生日に頼み込んだ。
「剣を教えてほしい!」と。
当然、最初は驚かれたが、真剣に稽古に励む俺を見て、やがて本格的に指導してくれるようになった。
センスこそなかったが、父は軍の養成所に入るまで、毎朝、根気よく付き合ってくれた。
そのおかげで、今の俺はそこらの隊員には負けないくらいには剣を扱える。
そして最後に、精霊契約。
こればかりは努力だけではどうにもならない。
契約のチャンスは13歳の誕生日に行われる「精霊の儀」。
どんな精霊と契約できるかは、やってみるまで分からない。
家柄や血筋が影響するとも言われているが——『ブレハク』の知識によれば、それは決定的な要素ではない。
作中では、強力な魔物を倒したり、人々を救うクエストを通じて、特別な精霊と出会い、契約していた。
つまり、契約の鍵は「出会い方」と「精霊との意識の共有」だ。
……とはいえ、モブである俺に、ドラマチックな展開なんてそうそう起きるはずもない。
幼い子供が一人で魔獣討伐に出かけるわけにもいかないしな。
だから俺は考えた。
あまり知られていないが、有用性の高いマイナー精霊を探すしかない、と。
そして、その“出会い”は——俺が8歳の嵐の夜にやってきた。
雷鳴が轟く中、かすかな声が耳元で囁いた。それが、俺の運命を変える声だった。
その夜、俺は運命の精霊と邂逅し、ついに契約を果たした。
こうして俺は、“精霊の加護持ち”となったのだった。
▽▽▽
【@模擬戦会場】
カラリと晴れた青空の下、燦々と降り注ぐ陽光。乾いた砂地。そよぐ風。
まさに、模擬戦日和というやつだ。
第一訓練場は、中央の広いスペースを囲むようにして見物人たちで埋め尽くされていた。
その中で、ひときわ騒がしい集団がひとつ。
「隊長ー! こっちです! 場所、バッチリ確保しましたよー!」
元気いっぱいに手を振るのはトビー。
コール隊の最年少にして、俊敏さがウリのアタッカーだ。
……のはずなのに、今は肉の串焼きを頬張りながら、笑顔でこっちを手招きしていた。
その周りでは、他の隊員たちも敷物を広げ、飲み物片手に盛り上がっている。
中央にはお菓子と串焼きの皿。完全にピクニック気分だ。
——おい、俺は今日、戦いに来たんだが? お前ら花見気分かよ。
「遅いっすよー! みんな隊長が来るの待ってたんすから!」
——待ってないじゃん。もう食ってるし、飲んでるし!
トビーがヘラヘラ笑いながら、俺に紙コップを差し出してくる。
「はい、あげます!」
「……なんだこれ、酒か?」
「祝い酒っす! 決闘の前祝いっすよ!」
模擬戦だって―の。
そこに、カルアが呆れた顔で割り込んできた。
「あなたたち、状況分かってるの?」
だが、トビーはキラキラとした目で、俺をまっすぐ見つめた。
「分かってますよ。ルクスをかけて、隊長とジギル副隊が決闘するんですよね!」
——は? ……何言ってんの?
混乱する俺の前に、ルクスが立った。
なぜか頬を染め、もじもじしながら上目遣いで俺を見ている。
「隊長……。私のために戦ってくれるのは嬉しいです。でも、やっぱり……」
ルクスは一歩前へ進み、深く頭を下げて——叫んだ。
「ごめんなさい!!!」
場内、静寂。
呆然とする俺。
な、なんだろう。この感情。
——告白もしてないのに振られた感覚って、こういうことか……。
……マジでこいつ、ウザイ。
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