006. さすが我が妹!
「納得できません!」
バンッ!!
隊長室のドアが、爆発でもしたかのように勢いよく開かれた。
会議を終えてソファーでぐったりしていた俺の前に、怒りの権化・クラリスが飛び込んでくる。
顔は真っ赤、目はギラギラ。
勢いそのまま、テーブルにバン!と拳を叩きつけた。
昨日はルクスが「納得いきません!」、今日はクラリスが「納得できません!」。
——なに? 我が隊では“納得できません”が流行ってるのか?
「義兄さん! この件がどれだけ大事なことか、ちゃんと分かってるんですか!?」
「……どの件?」
「ジギル魔特隊副長と決闘をするって聞きました!」
「あー、それ聞いたの」
「聞いたの…って」
クラリスの顔が さらに赤くなり、プルプル震え始める。
——怒った顔も可愛い。
ふわっと揺れるショートボブが、その表情をより際立たせてる。
さすが我が妹! ——義妹だけどな。
ふと、クラリスの幼い頃を思い出す。
彼女は、辺境のニコル村出身のいわゆる”平民”だった。
希少な光の精霊 フェリシア・スピリット の加護を受けたことで、村では「 幸運の聖女 」と呼ばれ、王都でも話題になった。
だが、 魔獣の襲撃で両親を亡くし、6歳で天涯孤独に。
そんな彼女を、討伐任務で村を訪れていた俺が引き取り、ラヴェリック家へ迎え入れた。
ちなみに、うちの両親は彼女を溺愛してたけど、クラリスは甘やかされることなく、ちゃんと自立して育った。
今では、隊の予算調整から物資管理、帳簿の整合性チェックまでやってくれる、超優秀な妹である。
マジで頭が上がらん。
そんなしっかり者のクラリスが、うっかり者の兄が安易に決闘を受けたと聞き、怒って飛んできたってわけだ。
「事務棟でも、決闘の話でもちきりだよ!」
「決闘じゃなくて、模擬戦な。模・擬・戦」
「同じようなもんです!」
クラリスは普段、軍の事務棟で仕事をしている。
たぶん今日もそこに詰めてて、噂を聞きつけてやってきたんだろう。
「ちなみに、ジェフリーってどこにいる?」
「ジェフリーさん? 行きつけの店に可愛い女の子が入ったとかで、朝から出て行っちゃいました。一応、アッシュ君が呼びに行ってます」
「あいつ、この事、知ってんの?」
「知ってましたよ。でも『コールなら問題ない』って言って、そそくさと出かけちゃいました」
俺を信頼してるフリして、実際は女の子に会いたかっただけだな。
さすが光の加護持ち、手が早い。
「まあ、そんなに責めないであげて」
カルアが自席からクラリスに声をかける。
「義姉さんも一緒にいたんですよね? 止めてくれてもよかったじゃないですか!」
おいクラリス!
カルアを義姉さん呼びするのはやめなさい。誤解を生むでしょ!
「ごめんね。一応抗議はしたんだけど、うまく乗せられて決まっちゃったのよ。きっとよからぬことでも考えてるんだと思う……。まあ、最初に口火を切ったのはうちの父だけどね」
「ダムド軍団長がですか?」
「今度の作戦を魔特隊と共闘させるって話でね……」
「あのダンジョン攻略ですか?」
「あら、知ってるのね?」
カルアがチラリと俺を見る。
「俺じゃねーよ。作戦内容をすぐに漏らすなんて、いくら俺でもしないって」
「事務棟でレジュメをまとめてるから、情報なんて黙ってても耳に入るんです」
クラリスがさらりと答える。
——この組織、大丈夫か? セキュリティ、ザルじゃね?
「で、なんで義兄さんが決闘することになったんですか?」
——義妹よ、何度も言うが、決闘じゃなくて模擬戦な!
「共闘するにあたって、実力を確認したいそうよ」カルアが答える。
「実力って……うちを馬鹿にしてるんですか?」
「まあ、精鋭部隊にとって、クセ者集団と共闘するのは面白くないんでしょ?」
——クセ者集団って……カルアさん、言い方!
「やっぱり納得できません!」
クラリスはグルンと首を回し、俺に詰め寄る。
「この決闘、絶対に負けちゃダメ! 必ずぶっ殺してね!」
——ぶっ殺すとか、仮にも聖女が口にしちゃダメです。
それに、決闘じゃなくて模擬戦だっつーの!
▽▽▽
「それにしても、なんで隊長を名指ししたのかしら?」
カルアが湯気の立つお茶を俺に差し出しながら尋ねる。
「どうせ、俺を陥れようとしてるんだろう、コール隊を解体するために」
「…っつ。なんでそうなるんです?」
「俺の管理能力に疑義が生じれば、12人足らずの部隊なんて解体するのは簡単だからな。で、それを機にルクスを引っ張ろうとか…」
俺は右手をヒラヒラと振る。
カルアはあきれた様子でため息をつき、クラリスは顔をこわばらせた。
「義兄さん、勝てるんですか?」
「そりゃ分からん。相手は三元加護持ちの魔術師、インテリひげ野郎だからな」
実際、ブレハクでもこんなイベントはなかった。
つまり、俺の唯一のチートである未来のカンニングも、今回は使えそうにない。
クラリスが俯き、爪を噛んでいる。
彼女が不安な時にする癖だ。
—— しっかりしているとはいえ、やっぱりまだ少女。
時折、こんな子供っぽい仕草を見せる。
「隊長、そろそろ時間ですよ」
カルアが柱にかけられた時計をチラリと見て告げる。
「ほんとに大丈夫ですか? 今からでもジェフさん呼ぶ?」
心配そうに俺を見つめるクラリス。
「なんとかするさ。万が一解散になっても、皆に迷惑はかけないようにするよ」
「そうじゃなくて……、間違っても殺さないでくださいね」
「あー、そっち」
——正直、自信がないんだよな……
▽▽▽
俺はクラリスとルクスを連れて、第一訓練場へ向かった。
途中で思い出し、クラリスに声をかける。
「模擬戦中、ルクスについててくれ」
「ルクスちゃん? いいけど、なんで?」
首を傾げて聞いてくるクラリス。
「一応ね、念のためってやつかな」
何もなければそれでいいんだけど、ジギルの言葉がどうしても気になってた。
「ところで義兄さん、昼食はもう済ませたんですか?」
「食えるか。腹殴られてゲロったら、“ゲロ隊長”とか呼ばれるだろうが」
「さっき、ジギル副隊長はご飯食べてたよ」とクラリス。
——よし、あいつの腹を狙ってタコ殴りしちゃる。
お読み頂きありがとうございます!
是非!ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
よろしくお願いいたします。