057 仮面の告白
「ライエス殿下! それ以上はお控えください!」
筆頭侍女シーサが鬼気迫る勢いで殿下に飛びかかろうとした――その瞬間、カルアが一歩踏み出し、流れるように腕を払う。手首を取ったまま背に捻り上げると、シーサはあえなく床に膝をついた。
「……っ、離して!」
苦悶を噛み殺すシーサを見下ろし、ライエスは肩をすくめる。
「もう隠し事は無理ですよ、シーサ。皆さん、とっくに気づいています」
そう言って、彼――いや、“彼女”はくるりとこちらに向き直った。
「まず、はっきりさせましょう。――“僕”はライエスです。けれど肉体はリリエス。ややこしいのは承知ですが、これが事実です」
その顔に浮かんだのは、どこか寂しげな微笑みだった。
「妹にとって、いまの生活は過酷でした。継承権の重圧に加え、エクリプス騒動まで降りかかって――心が限界寸前だったのです」
「だから、あなた――“ライエス”という人格が表に出たわけか?」
俺の問いに、公子は静かにうなずいた。
「そう。妹はちょっと恥ずかしがり屋で人見知りなんです」
——いやいや、そんな“おちゃめ”な言い方で済む話か?
「とはいえ、本物のライエスは亡くなっているはずですよね」
そう返すと、公子は少し寂しげに微笑んだ。
「切ないけど、そうですね。僕はリリエスがまとう“兄の衣装”でしかない。――ややこしいでしょう?」
彼……いや彼女は、わざとらしく肩をすぼめてみせた。
「だから、あんまり気にしないでください」
——いや、気にするって!!
そのやりとりの横で、シーサが苛立ちを隠さず叫ぶ。
「こんな奴らに口外して、殿下は何をお考えで!?」
「シーサ。あなたが私の“監視役”だってこと、もうバレてますよ」
ライエスが意地悪そうに笑うと、シーサの顔色がみるみる青ざめていく。
「父とリリエスを醜聞まみれにして、領都を骨抜きにしようとしていたんでしょう? 抜け殻騒ぎをコールさんたちに阻止された今、次は何を仕掛けるつもりです?」
――帝国の回し者、確定か。
「なーんだ、やっぱり悪役だったニャ! ラスクの猫目は誤魔化せないニャ!」
ラスクが胸を張ってワハハと高笑いする。その様子を悔しげに睨みながら、シーサは震える声で毒づく。
「笑っていられるのも今のうちさ! どうせあんたらも抜け殻に喰われ――」
「まだ残ってるんだな」
俺がゆっくり近づいて見下ろすと、シーサは口をつぐんだ。
「ラスク‥‥‥やれ」
「了解! 殺すニャ♪」
シュッ、と抜き身の剣がシーサーの首筋へ――そして紙一重で止まる。
「ひっ……!」
俺はできるだけ優しく、しかし目いっぱい邪悪な笑みをまとって訊ねる。
「さぁ、どこにあるのかな?」
「……み、港の船倉……」
即座にカルアが『おしゃべりさん3号』を起動。
「トビー、港に抜け殻の箱がある。至急確認!」
『えー、またぁ?』
通信越しにトビーの不満が聞こえるが、すぐルクスの声が続く。
『了解。ボイド隊とも連携して確認します!』
――ビンゴ、かぁ。
外れて欲しい予想ほど当たるもんだ。
昨日、トビーが港を調査した時、箱を積み下ろす船があったと聞き、まさかとも思ったが、念には念を入れておいてよかった。
やっぱ、一流の軍人は真面目で慎重じゃなきゃな。フフン!
それにしても、リリエスが「兄の仮面」をかぶり続けてきた理由が、今ようやく腑に落ちた気がする。
周りは敵ばかり、孤独とだまし合いが渦巻く中、信じられるのは自分だけ。だからこそ、半身であった兄の人格を生み出し演じることで、必死に生き延びてきたのだ。
さぞかし苦しくつらかっただろう……それでも、“彼女”は笑っていた。誰にも悟られぬように。
そんな顔を何度も見てきたのに、俺はずっと騙されていたわけだ――情けないったらない。
そこへ『おしゃべりさん3号』から聞こ覚えのある爆音が響き渡る。
『おーい! 船倉に木箱ゴロゴロあったぞ!』
ボイド。何でアイツが持ってるんだ――。
『なー、これ便利だな、コールくれ!』
「返して―!返してくださいよー」と叫ぶトビーの悲鳴がボイドの声の背後から聞こえてくる。
……やれやれ。
「で、こいつはどうするニャ? 今のうちに〆ちゃう?」
ラスクが舌なめずり。爛々と輝く猫目でシーサに顔を近づける。
シーサは顔面蒼白で「化け物!」と叫ぶが、ラスクはケタケタ笑うだけだ。
「ラスク、下品でしょ!」
カルアのゲンコツがラスクに落ちる。
「イテニャ……」
「さて、ライエス殿――いや、まだ“ライエス”でいいんだよな?」
「はい。僕はライエスです」
彼――いや“彼女”は首肯する。
「じゃあ聞こう。他にネズミは何匹いる?」
ライエスは腕を組み、「うーん」と唸った。
「えーと……料理長と、その部下以外は……ほぼ全員、ですね」
「ほとんどじゃねぇか!」
思わず声が裏返る。
そこで、ラスクがピンと耳を立てた。
「料理長!!、そういえばまだ“ごちそう”作ってもらってないニャ!」
――そっちの心配かよ。




