005. 軍隊長定例会議—3/3
「お待ちいただきたい」
ジギル副隊長が口を挟む。
「確かにコール隊は遊撃戦に慣れているかもしれませんが、その実力が今回の作戦に適しているかは疑問です」
「実力と言ったが——昨年のゴーシでの魔獣暴走を単独制圧したコール隊の実績こそ、評価されるべきだろう」
ダムド軍団長が言い放つ。
「……確かに、あの件は予想外の結果でした。その手腕は賞賛に値するかもしれません」
ジギルは渋々認めるが、すぐに続ける。
「特に、ジェフリー殿と軍団長のお嬢様であるカルア殿の活躍は目を見張るものがあったと聞いております。しかし、それでも主力として適切かどうかは別問題かと」
——予想外の結果、ね。
難癖をつけたいのが見え見えだ。俺への先入観か、それとも別の思惑か。
「待ってください!」
鋭い声が響く。
カルアだ。
「ゴーシの件は、コール隊としての成果です。ジェフリー隊員や私が単独で制圧したわけではありません」
カルアが、こんなふうに食ってかかるなんて珍しい。
——きっと、スゲー怒ってんだろうな。
……背後からピリピリした気配が漂ってくるけど、怖くて後ろを振り向けない。
「な、なるほど……」
カルアの迫力に押され、ジギルがたじろぐ。
「とはいえ、共闘するなら実力を確認する必要があります」
意味ありげに咳払いし、続けた。
「でしたら一度、コール隊長とお手合わせをお願いしたい」
▽▽▽
「おー、それ、面白いじゃないですか!」
悪乗りするボイド。
「で、コールとエリオット隊長で模擬戦するんですか?」
俺と殿下を交互に見てニヤニヤしている。
——ホント、楽しそうだな。
「王子殿下にお手を煩わせるわけにはいきません。ここは不肖、私がお相手させていただきます」
うやうやしくお辞儀するジギル。
それにカルアがすかさず反応する。
「失礼ですが、我が隊は隊長が出るのに、魔特隊は副隊長では釣り合いません。もしジギル副隊長とでしたら、わたくしカルアが——」
カルアが申し出るが、ジギルが即座に首を振る。
「いやいや、それは困ります」
わざとらしく苦笑しながら、ジギルは続ける。
「この模擬戦は優劣を競うものではありません。もちろん、私などがコール隊長に勝てるとは思っておりませんよ。ただ、胸をお借りするだけの場です。親睦を深めるための、あくまで軽い手合わせですから」
にっこりと笑うジギル。
……どの口が言うかよ。
ジギル副隊長は炎・風・水の三元素を操る魔導士で、王国軍でも有数の実力者。
そもそも、魔特隊の特殊性からエリオット王子が隊長を務めているが、実力だけで言えば、ジギル副隊長は他の隊長と比べても遜色ない。いや、むしろ一、二を争う実力者だ。
——なにが「胸を借りる」だ。やる気満々じゃねーか。
俺はエリオット王子をちらりと見る。王子は静かに腕を組み、目を瞑っている。
ボイドが俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑う。
「どーすんの?」
背中には、ずっとカルアの殺気が突き刺さっている。
……逃げ場なし、か。
俺は大きく息を吐き、両手を上げて肩をすくめる。
「分かりました。お受けします。……で、いつ行いますか?」
ジギル副隊長は満足げに微笑みながら、しれっと言いやがる。
「これはあくまで訓練ですから、コール隊長さえよろしければ、昼食後にいかがですか?」
……今日すぐかよ!!
まあ、この後すぐなら、会議に集まった全部隊の隊長と副官が見に来るだろう。
——なるほど。皆の前で俺に恥をかかせようって魂胆か。
つくづく、いい性格してるな! インテリひげ野郎!!
▽▽▽
「では、各隊とも準備を怠らぬように」
ダムド軍団長の言葉で軍団長会議は終了した。俺も席を立とうとした、その時。
「コール隊長、少しよろしいか?」
エリオット王子の声がかかる。
「足を止めさせてしまい、すまない。こういう機会でもなければ、ゆっくり話せないからな」
「とんでもございません。ご配慮いただき、深く感謝申し上げます。王子殿下におかれましては、ご健勝の由、何よりに存じます」
俺は胸に手を当て、恭しく返答する。
ここは軍本部。王城なら跪くが、そこまでの作法は不要だ。
「ここでは、王国軍を率いる同じ部隊長。堅苦しい挨拶は無用だ。もっと気軽に話してくれ」
気さくな態度は『ブレハク』の主人公そのままだ。
隣に並んでいるジギル隊長の方が、むしろ尊大な態度で俺を見下している。
「承知しました」
俺が返すと、王子は微笑み、カルアに視線を向けた。
「カルア嬢も元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます、王子殿下」
カルアの声は丁寧ながら、少しばかり冷たい言い方だ。
エリオット殿下は、そんなカルアを少し寂しそうな笑みを浮かべ見つめる。
今ではコール隊副隊長として軍に所属しているカルアだが、実は王子殿下の元婚約者だった。
しかし、その婚約は3年前の「魔獣による王城襲撃事件」をきっかけに破棄されている。
王室側から――。
カルアは全く気にしていないようだが、エリオット王子の方が、なんだか未練を引きずっているように見える。
——やはり、この世界でも「女の恋は上書き保存。男の恋は別名保存」らしい。
「殿下、よろしいですか?」
ジギル副隊長が会話に割って入る。
「コール隊長。あなたの隊にいる闇の加護持ちについてですが……何と言いましたかね?」
ジギルさんよ、引き抜くつもりなら名前くらい覚えとけって。
それとも、わざとか?
「ルクス隊員ですか?」
「そう、それでした。ルクス君。彼女の加護は希少です。コール隊にいても才能を活かせないのでは?」
確かに、ルクスの契約精霊はノクス・スピリット、闇の波動を操る夜の精霊で希少な存在と言える。
とはいえ、攻撃力はそれほどでもない。
刮目すべき点は加護ではなく、彼女の底知れない闇の魔力の蓄積量にある。それゆえ、ブレハクでは『災厄の器』とされてしまうのだ。
でも、これは俺がブレハクを知っているからこそ分かることで、入隊して1年目の彼女自身でさえ、まだ気づいていないだろう。
確か、ブレハクでは、ルクスの故郷で魔獣のスタンピードが発生し、魔特隊がそれを制圧。
これをきっかけに、魔特隊に入隊したルクスが、出自に関してエリオット王子に話すのをジギルが盗み聞きして……そんなストーリーだった。
当然、このイベントは俺がぶち壊した。
さっきの会議で話題に出たゴーシ村が、ルクスの故郷だ。
つまり、ルクスとエリオットの出会いを、モブの俺が横恋慕したともいえる。
前世のブレハクファンに知られたら、めちゃくちゃ怒られそうだが……。
とにかく、これでルクスが『災厄の器』になるのは避けられた。
しかし、もし彼女がここで魔特隊に入ってしまえば、結局ストーリーは元に戻ってしまう。
そして、世界は暗黒世界へと姿を変える……。
——オリジナルストーリーの修正力か?
それにしても、ジギルはどうやってルクスの情報を得た? これは早急に調査が必要だ。
——とはいえ、今はとぼけるしかない。
「ルクス隊員はまだ一年目の新人です。正直、軍人としての教育もまだ終わっていません。精鋭部隊である魔特隊に入っても、彼女自体がつぶれてしまうと愚考します」
俺は自信たっぷりに返す。
こういう時に濁すと、逆に勘繰られるからな。
「しかし、お宅の隊では彼女の才能を持て余すのでは?」
「我が隊にも闇の加護持ちはいます。魔力の教育も進めています」
「本人はどう言っているのですか?」
……昨日のルクスを思い出し、言葉に詰まる。
「それは‥‥‥」
沈黙する俺に、カルアがすぐに助け舟を出してくれた。
「逆にお聞きしたいのですが、なぜ今、ルクス隊員にこだわられているのですか? 闇の加護持ちは他にもいますが」
さすがカルア!ナイス切り返しだ。さすカル!
今度黙るのはジギル副隊長だった。
だが、彼はすぐに持ち直した。
「いいでしょう。とりあえず午後の模擬戦をすれば、状況が変わるかもしれませんからね」
口角を上げていやらしく笑うジギル。
ルクスと模擬戦に、何の関係があるんだ?
ジギルはご機嫌で「では、模擬戦、よろしくお願いします。参りましょう、殿下」と言い、エリオット王子と一緒に去っていった。
エリオット王子が去り際に振り返った顔は、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。どっちが隊長なのか分からないくらいだ。
——エリオット殿下。そういうところですよ。
横を見ると、カルアも同じ顔をしていた。
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