004. 軍隊長定例会議—2/3
ジギル副隊長は一息つき、説明を続けた。
「ダンジョン内部は迷路のような構造になっており、各所に魔獣の群れが存在します。下層に進むにつれて、魔獣の数と脅威が増していくことが確認されています」
「それって珍しいことでもないだろ。ダンジョンなんて、どこも似たようなもんだ」
隣でボイドが肩をすくめて呟く。
ボイドの言葉に頷きながらも、胸の奥に一抹の不安がよぎる。
確かに、ダンジョン攻略の基本はどれも同じだが、今回は何かが違う気がする。
理由はわからないが、漠然とした胸騒ぎがする。
王国軍でも最大規模の部隊を率いるカール隊長が、考え込むように口を開いた。
「だが、ダンジョンでの作戦となると、大規模な部隊編成は難しいのではないか?」
カール隊は、圧倒的な物量と一糸乱れぬ統率力を誇る。
ある意味、俺たちの隊とは対極の存在だな。
俺たちの部隊は、個々の能力こそ高いが、統制なんて概念は存在しない。だがその分、柔軟性と即応力では他の部隊には負けない。
ジギル副隊長はカール隊長の言葉に頷きながら微笑んだ。
「おっしゃる通りです。狭い空間での戦闘が主となるため、大規模部隊での一斉攻撃よりも、少人数部隊による断続的な攻略が適しています」
——これって、王国軍の総力戦って話じゃなかったか?
一瞬そう思ったが、ジギルの性格の悪さを思い出し、考え直す。
いや、単純にそうとも言えないか……。
ジギル副隊長が作戦の説明を続けるたび、その背後に何か別の意図が隠されているような気がした。
——俺の直感は、悪いことには妙に当たる。
しかも、その精度が最も高まるのは、こういう時だ。
「ダンジョン深層には、魔力を持つ魔獣が多数生息していると考えられます。よって、8層以降は魔特隊を主軸とし、7層までは他部隊が安全を確保しつつ、部隊の消耗を最小限に抑える作戦を提案します」
……要するに、露払いを魔特隊以外の部隊にやらせて、おいしいところは王子様率いる魔特隊がいただく、ってわけか。
相変わらず自己中心的で計算高い作戦だ。インテリひげ野郎め、まったくいやらしい。
それとも、何か別の理由があるのか?
胸の奥がざわつくのを感じた。
「そこで、各部隊には8人前後のチームを編成してもらい、最低でも二つのチームを作ってもらいます。攻略チームと、退路を確保する後衛チームの二つです」
ジギル副隊長がそう締めくくろうとした瞬間——
「少し待て」
ダムド軍団長が低く響く声で口を挟んだ。
「深層を魔特隊だけに任せるのは、リスクが高すぎる。もう一つのチームを投入するべきだ」
そう言いながら、ダムド軍団長はじっと俺に視線を向けてくる。
「……コール隊長。君の部隊は遊撃隊として少人数編成に適している。魔特隊のバックアップとして、深層の攻略に加わってくれ」
——はい、きた。
予想外の展開に、ジギルが慌てて口を挟む。
「ダムド軍団長、少々お待ちを。深層には強力な魔力を持つ魔獣が潜んでいる可能性があります。ならずも……コール隊には荷が重すぎるかと」
……こいつ、俺たちを“ならずもの”呼ばわりしようとしたな?
ルクス引き抜きの件も含めて、この男は絶対に信用しちゃいけない。しかも、今の焦り方があからさますぎる。
何をそんなに警戒してやがる?
——いや、わかってる。こいつの正体も、企みも、俺にはお見通しだ。
だが、問題はそこじゃない。
俺の部隊は、『ブレハク』原作には存在しない。そもそも「コール」なる人物すら登場していない。
それなのに——
ドグア遺跡攻略だと!?
『ドグア遺跡』はブレハク序盤のクライマックスシーンの舞台。
だが、魔素の拡散? 強力な魔力を持つ魔獣? そんな設定は、ブレハクにはなかったはずだ。
それに、原作ではドグア遺跡は『旧ダンジョン遺跡』じゃない。あそこは、古の魔王の神殿跡地のはず。
この点で俺が間違うわけがない。
——なぜなら。
ルクスが「災厄の器」として死を迎える場所だからだ。
——動き回ったせいで、ストーリーに綻びができた……のか?
何かが狂い始めている。
俺の行動が、予期せぬ影響を与えたのかもしれない。
もしそうなら、この世界の運命も、俺たちの運命も、大きく狂っていくことになる。
そもそも、今の俺の隊には、本来なら『ブレハク』の物語が始まる前に命を落とし、ただのフレーバーテキストとして語られるはずだったメンバーがいる。
なら、環境やエピソードの舞台が変わっても——何の不思議もない。
もしそうだとしたら——これから俺は、何をすべきなんだろう?
少なくとも、今回の案件で無事に生還するには、原作の展開に頼るだけではダメだ。
自ら判断し、選択しながら道を切り開く覚悟が必要なのかもしれない。
「どうだ、コール隊長。俺には、君の部隊が力不足だとは思えんが?」
ダムド軍団長が、頬傷のある口角を上げて俺を見据える。
——これは罠か、それともチャンスか。
頭の中であらゆる可能性が巡り、一瞬戸惑う。
だが——指をくわえて見ているだけでは、運命は変えられない。
さっきから後頭部には、カルアの視線が鋭く突き刺さっているのを痛いほど感じる。
——カルア、ごめん。
隊のメンバーを巻き込む形になったことも、申し訳ないと思っている。
だけど。
——俺はこの二度目の人生を、無為に過ごすつもりはない。
行動すると決めたんだ!!
腹をくくれ!コール。
「お任せください。ご期待に応えるよう全力で遂行します」
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