037【 コール side】籠城へ
【コールside @領主邸④】
正門の方から、警備の兵士たちの叫び声が響いた。
その声に引き寄せられるように、抜け殻たちが次々と兵士に群がっていく。
叫びはやがて悲鳴へ、悲鳴は奇声に変わり、最後には……咀嚼音と呻き声だけが残った。
「ざっと200はいるニャ」
「まずは屋敷に入らせないよう、バリケードを作るぞ!」
俺たちは邸内の職員を総動員し、手近な家具を使って急ぎバリケードを築き始めた。
「コール隊長!」
振り返ると、オリビア隊の副隊長、シノンが駆け寄ってくる。
短めのボブヘアの下、頬を伝う汗……どうやら全力で走ってきたようだ。
——ま、そりゃそうだろう。
「状況を教えていただけますか?」
「抜け殻の数は推定200以上。ここ、領主邸の周辺のほか、トリオ東部の倉庫街、駅前の作戦本部周辺にも同じくらいの数が確認されてる。ただ、それ以上の詳細はまだ掴めてない」
「駅前本部にも……」
シノンが短く息を漏らす。
「オリビアは駅前本部に行ったのか?」
「はい、打ち合わせがあると言って、お一人で……」
「だったら心配いらないさ。あいつが抜け殻ごときに後れを取るとは思えない」
『紅蓮の烈将』の異名を持つオリビアだ。相手が抜け殻程度なら、自分の身を守るくらいは問題ない。
「今は、ここを死守することに集中しろ。抜け殻の討伐と、領主邸の防衛が最優先だ!」
そう告げると、シノンは力強く頷いた。
「当面は籠城だ。職員は中央フロアに集めて一元管理。出入口と窓はすべて封鎖する。そっちの人員は?」
「現在12名です」
「よし。オリビア隊は一時的に俺の指揮下に入ってもらう。邸内の封鎖を強化してくれ。
俺は領主と公子の安全を確保する。行動開始だ! ……あと、無駄死にはするなよ!」
「了解!」
シノンは即答し、部下たちに次々と指示を飛ばしながら駆けていった。
さすがオリビア隊、鍛え方が違う。
俺は正面を見やる。
抜け殻たちは、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めていた。
——少しでも数を減らしておくか。
「ラスク、疑似被膜、発動しとけよ」
俺はそう声をかけながら、胸元のバッジを軽く叩き、フィールドを起動させた。
「俺は正面の抜け殻を間引いてくる。その間に領主様と公子を安全な場所へ移動させてくれ」
「二階の部屋はどうニャ?」
屋敷の構造を思い出す。
午前中に一通り見て回った記憶が役立つ。
籠城に適していて、ある程度の広さがあり、構造的に頑強、出入口が限定されていて……さらに逃げ道がある場所。
「二階だと逃げ場がなくなる。一階の窓がない場所……調理場がいい。窓はなかったし、裏口もあった。最悪の場合、外への脱出経路にもなる」
「備蓄もあるし、確かにいい選択だニャ」
——抜け目ない奴だ。すでに察していたんだろう。
「誘導は任せた。俺は時間を稼いでくる!」
バリケード代わりに積まれた家具の間をすり抜け、前庭へ飛び出す。
剣を抜き、迫ってきた二体の抜け殻の首をすれ違いざまに斬り落とした。
そのまま勢いを殺さず、群れの前衛を次々と斬り伏せていく。
抜け殻は単体であれば脅威ではない。動きも鈍く、対処は容易だ。
……だが、数が揃えば話は別だ。
「隊長! 後ろだニャ!」
ラスクの叫びに反応し、咄嗟に振り向く。
一体の抜け殻が歯を剥き、飛びかからんとする瞬間だった。
さらに周囲を見渡すと、いつの間にか抜け殻たちに囲まれている。
……ちょっと夢中になりすぎたな。
「オーバークロック!」
全身に電流が走り、神経が研ぎ澄まされる。
加速した俺は腰だめに剣を構え、そのまま円を描くように一閃。
斬撃は周囲の抜け殻を一掃し、そのまま跳躍。
バリケードの隙間を滑り込み、屋敷の中へ転がり込んだ。
「……ふぅ、よし!」
すぐさまラスクが駆け寄ってくる。
「何体やれたかな? 数えてたか?」
「全部で16匹ニャ。でも、焼け石に水だニャ」
「妙な言葉を知ってるな」
「隊長がよく使ってる言葉ニャ」
ラスクは周囲を警戒しつつ、ニヤッと笑う。その笑みに、少しだけ気が緩んだ。
「殿下たちは?」
「非戦闘員も含め、全員調理場に避難済みニャ。オリビア隊はバリケードを補強してるニャ」
そこへ、シノン副隊長が現れた。
「一階の窓はすべて封鎖済み。裏口も家具と寝具でバリケードを組みました。今は巡回と侵入漏れの確認中です」
「二階からの侵入は?」
「ほぼないでしょう。高所ですし、空き部屋の鍵も外から施錠してます」
手際がいい。まさにオリビアの指導の賜物だ。
シノンがふと視線を落とし、何かを言いかけて口をつぐむ。
そして、意を決したように顔を上げた。
「先ほどの戦闘、お見事でした。ただ……隊長が前線に出る必要はありません。命令さえあれば、私たちが討伐に出ます」
凛とした眼差しが、真っ直ぐに俺を射抜く。
オリビア隊は女性が多いが、全員が鍛え抜かれた戦闘要員だ。
その副官たる彼女が、冷静に進言してくるのも当然か。
「もちろん、その時が来たら頼む。だが、今は状況を整理したい。皆を集めてくれ」
「了解しました!」
シノンは駆けていき、俺は『おしゃべりさん3号』に手をかざした。
「コールだ。各部隊は不要な戦闘を避け、安全な場所へ退避。状況は順次、報告してくれ」
その横で、ラスクも同じように『おしゃべりさん3号』に耳を傾けていた。そして、ぽつりと呟く。
「きっとみんな、混乱してて、それどころじゃないニャ……」
間を置いて、さらに続ける。
「報告が来たところで、焼け石に水ニャ」
——お気に入りかよ、その言い回し。
でも、今の俺たちには——その水すら、貴重なんだ。




