032【カルアside】抜け殻の行方
【カルアside@303倉庫】
「303倉庫の前に着いたわ。これから中を調査する。ホッジの話だと、どうやら中に「“抜け殻”が眠っている可能性がある」
『そいつは厄介だな』
通信機越しに、コールの苦い声が響く。
「そっちの状況は?」
『特段の変化はなし。殿下は人前では黙りこくってる。昨日の夜とは別人みたいだ。公爵も……まるで人形だな』
——コール、珍しく苛立ってる。
声に焦りが混じってる。もう3年以上の付き合いだ。声を聞けば、だいたい何考えてるかはわかる。
『あと一つ。オリビアがさっき急いで街へ出ていった。一応、気を付けておいてくれ』
「了解。通信はどうする?」
『ここから全員、受信はオープンで頼む……。気をつけて』
「そっちもね。無理しないでよ」
通信を切り、私は二人に向き直る。
「じゃあ、行こうか」
壁に耳を当ててみるが、中からは何の音も聞こえない。
その間に、トビーが建物の外周をぐるりと確認して戻ってくる。
「他に入れるところはないっすね。入り口は正面の扉だけです」
私はうなずき、三人で扉の前に立つ。
両引き戸は、しっかりと施錠されていた。
「これ、ぶっ壊すしかないっすかね?」
鍵穴を覗き込むトビーの肩に、ルクスが手を置く。
「どいて」
ルクスが鍵穴に手をかざすと、指先から黒い靄のようなものが現れ、それが鍵穴に滑り込んでいく。
彼女は目を閉じ、慎重に探るように指を動かす。
しばらくすると──
ゴンゴン‥‥‥
鈍い音とともに、ルクスは手を引いた。
「開いたわ」
そう言って、片側の扉を静かに滑らせる。
「やるじゃん」
感心したように目を見開くトビー。ルクスはフフンと鼻を鳴らし、得意げな顔。
こんな緊張感のある場面でも、変わらない二人を見てると……なんだか頼もしい。
——こういうのが、コール隊の強みかもね。
私は気を引き締め、小声で伝える。
「すぐに戦闘になるかもしれないから、準備して」
扉の隙間から、倉庫内へと体を滑り込ませた。
トビーが続き、最後に入ったルクスが静かに扉を閉め、再び鍵をかける。
その瞬間、倉庫の中は漆黒の闇に包まれた。
私はポケットから白光石のライトを取り出し、キャップを外して軽くひねる。
まばゆい光が周囲を照らす。
目に入ってきたのは、天井まで積まれた木箱の山。
奥までぎっしりと並べられていて、その一つひとつに、赤黒い封印魔法陣の描かれた紙が貼られていた。
まるで、朽ちた血で描かれたような、不気味な模様。あの木樽と同じ封印だ。
——やっぱり……
「これって……」
ルクスが倉庫の中を見回す。
「匂いも何もしないっスね」
トビーが木箱に顔を近づけて、封印の紙を手でなぞる。
「封印されてるんだから、匂いなんてするわけないでしょ」
ルクスがあきれたように返す。
私は通信機に手を当て、状況を報告する。
「コール、嫌な予感が的中。封印された木箱が……ざっと見ても400箱以上ある」
『400以上!? 封印は同じか? 木箱の形も?』
「封印は同じ。でも樽じゃなくて、棺のような形の木箱」
『どうしてそんなものが、そんな場所に……』
その時だった。倉庫の外から、誰かの声が聞こえた。
私は反射的にライトのキャップを閉じ、身をひそめた。
トビーもルクスも、同じように素早く隠れた。
扉の外からは、男たちのボソボソ話す声が聞こえる。
少なくとも、二人以上はいる。
「王国語じゃない……何語?」
ルクスがささやく。
「帝国の言葉ね。内容までは聞こえないけど……」
そこへ、扉を開ける音。馬車の音も、近づいてくる。
光が差し込み、男たちの影が映る。
——5人以上はいるかな。
そのうちの一人がライトを取り出し、木箱を照らし始めた。
私たちは倉庫の最奥へと回り込み、身を低くする。
ライトの男が、帝国語で指示を出しながら、箱を次々と運び出していく。
帝国語は王妃教育の一環で学んだ。
聞き取りには自信がある。
どうやら男は、運び先を指示しているようだった。
「……こっちを駅前広場に。後ろの列が住宅街だ。もたもたするな、急げ」
——街へ運び出す? まさか……
「なんて言ってるんですか?」
ルクスがささやく。
「街に運び出すって」
「まさか! 街に抜け殻を放つつもりっスか!?」
トビーが思わず声を上げた。
男たちが反応し、ライトがこちらを照らす。
「誰だ!」
——行くしかない!
次の瞬間、トビーが飛び出した。
木箱を運ぶ男たちに向けてウィンドプレスを放つ。
突風が男たちを吹き飛ばし、木箱が転がる音が倉庫内に響き渡る。
その勢いのまま、指揮していた男の腹を蹴り上げ、跳ね上がった体をつかみ、床に叩きつける。
「殺すな!」私は思わず叫ぶ。
気づけば、トビーは男を組み伏せ、腕を締め上げていた。
「イタイイタイ! あんた相変わらず凶暴だな!」
床に顔を押し付けられた男が、苦しげに抗議する。
その声に、私は動きを止めた。
……聞き覚えがある。
私とルクスは顔を見合わせ、男の前に立つ。
男はニヤリと笑い、こちらを見上げた。
「よお! お嬢さんがた。三日ぶり! 俺が恋しくなったのか?」
そいつは、魔力列車で捕らえたはずの、あの闇ギルドの男だった。
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