031【カルアside】303倉庫
【カルアside@トリオ倉庫街】
日が傾き、空が赤く染まり始めたころ、トビーと合流した私たち3人は、倉庫街の奥へと向かった。
市場の外れに位置する倉庫街は、港と住宅街の中間にあり、大小さまざまな倉庫が密集している。
「でもさ、303って番号のわりに、そんなにたくさん倉庫あるように見えないよね?」
ルクスの呟きに反応するように、作戦本部のクラリスが小声で返した。
『番号の頭が所属を示してるみたい。3は民間用』
——つまり、303は民間業者の倉庫ってことか。
周囲に人がいるせいか、クラリスは声を潜めて話している。
作戦本部には、公爵軍やオリビア隊の隊員たちも出入りしており、こちらの動きが漏れれば、ろくなことにはならない。
ふと、昨夜のコールの言葉がよみがえる。
『コール隊以外は、すべて敵と思っていた方がいい』
——つまり、周りはみんな敵。
私は立ち止まって深く息を吸った。誰かに見られているような、そんな感覚が拭えない。
「借主は分かる?」
クラリスに尋ねた。
『オルグ商会。輸入品を扱ってる業者みたいです。それ以上はまだ……』
深入りさせれば、クラリスの身に危険が及ぶかもしれない。とにかく、現地を確認するのが先だ。
「ありがとう。あまり無理しないでね」
『了解です!』
通信が切れると、今度はホッジの声が飛び込んできた。
『カルアさん! 新しい武器、試してみました?』
「ごめん、まだ。でも使ったら報告するね」
腰のベルトに下げたそれに、そっと触れる。
ホッジが今朝届けてくれた新しい武器。列車での戦闘で失血した私を見て、血液消費を抑えられるように改良してくれたのだ。
『不具合があれば遠慮なく!』
「ありがとう、助かるわ」
通信を終え、私はトビーとルクスを見やった。
「行きましょう」
夕焼けに染まる空の下、私たちは倉庫街へ足を踏み入れた。
空には赤と群青が交錯し、美しさと不安がないまぜになった不思議な色が広がっている。
街灯もなく、地面には闇がじわじわと這い寄っていた。
ふと、暗闇の奥から何かがじっとこちらを見つめているような気配がして、思わず周囲を見回す。
だが、そこに人影はない。
石造りの建物が、石碑のように静かに佇んでいるだけだった。
——気のせい……だよね。
並び立つ倉庫には大きな扉と、上部に掲げられた番号札。
その無骨な外観は、まるで化け物の口のように見えて、私はつい視線を逸らした。
今や「血濡れの公女」とまで呼ばれる私も、数年前までは世間知らずの箱入り娘だった。
怖いものは怖いし、不安もある。
——これじゃ、まるで年端もいかない少女みたい。
自嘲めいた息が漏れる。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
私は、コール隊副隊長。コールと共に、自分の信念に従って進むと決めたのだから。
腰の剣の柄を、強く握りしめる。
「手分けして303倉庫を探しましょう。通信はオープン、見つけたら即連絡。一人で突っ走らないこと。行くよ!」
私の指示に、ルクスとトビーがうなずいた。
「 「了解」 」
どうか、これ以上、面倒事が増えませんように。
胸の内でそう祈りながら、私たちは三手に分かれ、「303」と書かれた倉庫を探し始めた。
『これも違う、こっちも違うな……』
通信機越しに聞こえるトビーの独り言に、思わず口元が緩む。なぜだかホッとした。
「こっちは200番台ばかりですね」
ルクスの冷静な報告が続く。
そこへ、クラリスの声が飛び込んできた。
『マップを入手しました! 303倉庫は北端です』
続いてホッジが割り込むように声を上げた。
『倉庫街の人から聞いたんですけど、三日前に大量の木箱が303倉庫に運ばれてきたそうです。全部に保管の魔法陣がついてたって。……なんか、あれっぽくないですか?』
私の脳裏に浮かぶのは、あの列車での悪夢。
——『抜け殻』……
あれが人間の成れの果てだなんて、今でも信じられない。
ライエル公子の話では、加護を奪われた人達が、あの姿になるという。
一度なってしまえば、もう戻れない。
けれど、かつて彼らも人間だった。そう思うと、剣を振るうのもためらってしまいそうだ。
……でも、放っておけば、もっと多くの人が犠牲になる。
——イヤだな……
頭を振って、嫌な想像を追い払う。
気づけば足は、自然と北端へと向かっていた。
『303見っけ!』
トビーの報告とほぼ同時に、『現着しました』とルクスの声が重なった。
同じくして、目の前に現れたのは、他の倉庫より一回り大きな建物。
その隣の陰に、トビーとルクスが身を潜めていた。
私も合流し、身を屈めながら倉庫を観察する。
「周囲に人の気配はないっすねー」
トビーが呟き、ルクスが地面を指さす。
「見てください」
そこには、303倉庫へと続く複数の轍の跡。何かが頻繁に運び込まれている証拠だ。
「交信範囲を拡大するわよ」
耳に装着した『おしゃべりさん3号』の側面を、トン、トンと二度叩く。
昨晩確認した通り、これで通信範囲が広がるはず。
次の瞬間、聞き慣れた声が耳に届く。
『どうした』
コールの声だ。
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