003. 軍隊長定例会議—1/3
王国軍の定例会議は月に一度、王城東側の国軍庁舎2階にある大会議室で行われる。
この会議室には窓がなく、厚い壁が外部への音漏れを防いでいる。機密性を重視した造りというわけだ。
室内には大きな長方形のテーブルがあり、その最奥には王国軍トップであるダムド軍団長が座る。
そしてその隣には、魔特隊隊長のエリオット王子、さらにその副隊長ジギルが並ぶのが通例だ。
他の隊長たちは、規模の大きい部隊ほど奥の席に座るのが慣例となっている。
当然、総勢12名のコール隊を率いる俺の定位置は、入り口脇の端っこだ。
通常、副隊長は隊長の後ろに控えるものだが、ジギルだけは例外。隊長と同列の特別待遇を受けている。
これが、魔特隊が国王直属の精鋭部隊であることを象徴している。
会議当日。
俺はいつもの定位置に一番乗りし、昨日のルクスとの会話や、次の大規模作戦の内容について考えていた。
ルキアの引き抜きと、次の作戦……何か裏があるのか? それとも、俺の考えすぎか……?
そんなことを考えていると——
ガツンッ!
ドアが勢いよく開き、壁にぶつかる音が部屋中に響いた。
「よぉーっ! コールん、元気かー!」
思考が吹っ飛ぶ。
目を向けると、大柄な男がニヤニヤ笑いながら乱暴な足取りで入ってきた。
俺の隣にドスンと座ると、ガシッと肩を掴んでくる。
「お前、うっさいよ!」
即座に腕を払いのけるが、男はまるで気にする様子もなくヘラヘラと続けた。
「照れんなって。俺たち同期だろ?」
さらに、今度は俺の後ろに控えるカルアに向き直り、軽薄な笑顔で手をひらひらと振る。
「カルアさーん、お久しぶりー!」
カルアは軽く流しつつ、生真面目に応えた。
「ご無沙汰しております、ボイド隊長。昨日ぶりですね」
この男、ボイド。
学生時代から変わらない。軽薄で、どこかつかみどころのない性格。
こんなヤツが50人の部隊を率いる隊長だなんて信じられない——そう思う奴も多いだろう。
だが、彼には彼なりのやり方がある。
軽薄に見えても、要所では必ず結果を出す。
少なくとも、俺はそう思っている。
ただ、メンドクサい奴であることに変わりはない。近いし、重いし、ウザい!
「ところで、コールん。お前んとこの新人ちゃん、魔特隊に引き抜かれたんだって?」
ボイドが再び肩に手を回し、顔を近づけてくる。
——『コールん』ってなんじゃい! きしょい! なつくな!
突然の話題に内心焦りながらも、素っ気なく答える。
「まだ承認してないけどな!」
肩に回された手を払いのけるが、ボイドはどこ吹く風だ。
「承認って……相手はインテリひげ野郎だぜ。お前に拒否権なんてないだろーに」
ボイドは口元に手を添え、まるで秘密を打ち明けるような小声で話し始めた。
だが、奴のオーバーアクションが激しすぎて、余計に目立っている。
——お前の声、みんなに筒抜けだぞ。
ふと見ると、ボイドの後ろで副隊長のシンシアさんが、あわあわと両手を振っている。
暴走する隊長を止めようとしているが、まったく効果なし。
もちろん、ボイドはそんなメガネっ子の困惑なんて、完全スルー。
——ホント、この二人で50人の部隊を率いているとは、信じられん。。
ボイドが再び俺にじゃれつこうとした、その時——
軍団長とエリオット王子たちが、揃って入室してきた。
▽▽▽
軍団長が入室すると、各隊長は一斉に立ち上がり、手を胸に当てて敬礼した。
「ご苦労」
ドスのきいた低い声で、ダムド軍団長が敬礼を返す。
その隣には、エリオット王子と、ちょび髭のジギル魔特隊副隊長が並んでいる。
サイオン王国の第二皇子、エリオット。
四つの精霊の加護を持ち、その実力は他国からも一目置かれる存在。
さらに、柔らかな金髪に鋭い瞳——完璧な美貌とカリスマ性。
まさに、『ブレハク』の主役にふさわしい。
——男前でチート。……まあ、原作通りだな。
とはいえ——。
ルックスなら我が隊のジェフリーだって負けてない……!
……と、部下まで引き合いに出して嫉妬してる自分の器の小ささに、なんだか少し悲しくなった。
そんなことを考えている間に、全員が目礼を交わし、ダムド軍団長が席に着く。
「では、始めようか」
短く、威厳ある一言。
それを合図に、会議が始まった。
▽▽▽
まずは、各隊からの報告が行われる。
最近、王都周辺の魔獣被害が増加しており、各隊は北山脈の魔狼討伐や、西の森のオーク制圧など、次々と戦果を報告していった。
そして——最後に、我がコール隊の番が回ってくる。
「ゴブリンに襲撃された村の復興支援、王都内の朝市での商人同士の喧嘩仲裁……」
カルア副隊長が、凛とした透き通る声で淡々と報告を進める。
“地味だが不可欠な任務”をこなす俺たちの手腕は、どうやら庶民には評判がいいらしいが……
——いや、これもう軍隊の仕事じゃないよね?
ほかの隊長たちが、あざ笑うような目を向ける中、カルアの報告は続く。
「畜産農場から逃げ出した牛五頭の捕獲……」
——カルアさん、まだ続きます?
俺、隊をまとめる立場として、なんだか居づらいんだけど。
でも——。
出動件数だけは、王国軍でトップなんだけどね!!
どやーーーーー!!!
▽▽▽
各隊の報告が終わると、ダムド軍団長が椅子に深く腰掛け、低い声で口を開いた。
「では、次の作戦行動についてだ」
会議室内の空気が一変し、全員の視線が軍団長に集まる。
「皆も知っての通り、このところ魔獣の活動が活性化している。被害分布の解析から、原因となる地点が特定された。二か月後、サイオン王国軍の総力を挙げ、大規模な殲滅作戦を決行する」
軍団長は各隊長の表情を探るように見回し、「詳細はジギル副隊長に説明させる」と続けた。
席を立ったジギル副隊長は、会議室の壁に魔道具で映し出された北山脈の地図の前に進む。
「調査の結果、魔獣の活性化は北山脈のふもとにある旧ダンジョン『ドグア遺跡』からの魔素拡大によるものと判明しました」
そう前置きし、指し棒で地図上の遺跡を示す。
「なぜ崩壊したダンジョンから魔素が発生しているのかは不明。ただし、調査では階層を降りるほど魔素濃度が上昇しており、根本原因は最下層の9階に存在すると推測されています」
「調査隊は入っているのか?」
隣に座っていたボイドが唐突に質問を挟む。
説明の途中で割り込まれたことが気に食わないのか、ジギル副隊長はわずかに眉をひそめながら答えた。
「すでに冒険者を含め、10チーム以上を派遣している。そのうち帰還できたのは……たったの1組。最終到達階層は7階層までだ」
その言葉に、会議室全体に緊張が走った。
誰もが事態の深刻さを察し、重苦しい沈黙に包まれる。
——この作戦、本当にただの討伐で済むのか?




