023 整理しましょう
結局その夜は、時間も遅く、“抜け殻騒動”で皆も疲れていたため、早めに宿へ向かうことになった。
とはいえ、この街で“抜け殻”が徘徊しているのは、見過ごせない事態だ。
——まずは一度、落ち着いて整理する必要がある。
そんなことを考えながら、俺たちは宿泊先へ足を運んだ。
宿泊先は、領都軍の迎賓施設も兼ねた高級宿だ。
ロビーの大理石の床は照明を反射してまぶしく、壁には高そうな絵画がずらり。
受付の係員も、まるで貴族の執事のように洗練された所作で応対してくる。
「これじゃ、まるでお客扱いですね……」
カルアが周囲を見回しながら小声でつぶやいた。
そう感じるのも、無理はない。
俺たちは裏方のはずなのに、こんなに丁寧にもてなされるなんて、正直、場違いな気がする。
「ある意味、あてにされてないってことでもあるな。気楽っちゃ気楽だが」
王都軍を“招聘”したという実績だけが欲しいのか。それとも——。
「隊長、隊長! 一人一部屋ってことかニャ?」
ラスクが目を輝かせて聞いてくる。俺は苦笑して答えた。
「お前、いくつだよ」
「ラスクは私と一緒の部屋よ」
カルアがにっこり微笑みながら鍵を見せると、ラスクは満足そうに頷き、「了解ニャー」と敬礼した。
……自由奔放な彼女が、カルアの前ではちょっとだけ素直になる。
性格は正反対だけど、案外この二人、仲がいいんだよな。
「ルクスちゃーん! 一緒のベッドで寝よー!」
「ごめんなさい。私、人がいると眠れないんです」
「ホッジ! トランプしようぜ! トランプ!」
——おいおい、修学旅行じゃないんだが。
「トビーとホッジ、ちょっといいか」
俺は騒いでいた二人を呼び止めた。
▽▽▽
「隊長の部屋、広いっすね〜」
部屋に入るなりトビーがはしゃぐ。
各自の部屋割りが終わったあと、念のため集合をかけておいたのだが、相変わらず集まりはバラバラ。
最後に来たトビーとホッジが揃った頃には、もう真夜中を回っていた。
「で、どうだった?」
「ざっと見ましたが、怪しい魔道具や異常な構造はなさそうです。普通のホテルですね」
ホッジが淡々と報告し、トビーが補足する。
「館内は一通りチェックしてきましたよー。ちなみに、ゴッチ司令官たちは下の階に泊まってるみたいです」
「領都軍の幹部もここに?」
「監視目的かもしれないっすね」
「……間違いないだろうな。領都軍舎が近くにあるのに、わざわざここに泊まってる理由なんて、それくらいしかない」
「それより、“抜け殻”よ」
カルアが手帳を見ながら口を開く。
——それな。どう考えても何かある。
「危険性を甘く見ているのか、それとも」
「それとも?」
「分かっていて、既に対策を講じているのか‥‥‥」
「カルアは、どっちだと思う?」
「たぶん後者ね。もう動き出してると思う」
「だよな」
俺は頷き、さらに訊いた。
「それと、さっき“報告済み”って言ってたな。どこだと思う?」
「「魔特隊」」
全員、声をそろえて返してくる。
——まあ、そうなるわな。
「じゃあ、軍団長は知らないのかニャ?」
「知ってると思うわ。知ったうえで、私たちをここに派遣したのよ」
カルアが肩をすくめて言う。
——なーんだ、やっぱ、そう思うんだ。
「ちょっと待ってください!」
クラリスが慌てて口を挟む。
「それって……みんな知ってて、知らないフリしてるってこと?」
俺はコップに水を注ぎ、ソファに深く身を沈めた。
「まあ、そういうことだ。ジェフリーが報告できない理由もそれだろう。誰が敵で、誰が味方か分からないからな」
ホッジに目を向けると、彼は気まずそうに目を逸らした。
——意外と分かりやすくて、かわいいやつだよ、お前。
「えっ、ジェフリー兄貴、俺たちまで疑ってるのか?」
トビーが言うと、ホッジが慌てて首を振る。
「そんなわけないだろ! ただ……『隊長に知らせたら、きっと突っ走るから』って……」
「ジェフリーらしいわね」
カルアがため息をつき、俺に目を向ける。
「まあ、言いたいことは分かるけど」
——なんか皆、俺のこと熱血バカだと思ってないか?
「ですね。隊長、熱血バカなとこありますし」
ルクスがズバッと言い放ち、冷たい目を向けてくる。
「お前なー……」
言い返そうとしたところで、カルアが手を上げて止めた。
「はいはい、話を整理しましょう」
「まず一つ」
カルアが指を一本立てる。
「エクリプスと“抜け殻”について、王国軍は情報を掴んでいるが、非公開にしている」
「なぜニャ?」
カルアは肩をすくめ、答えを濁した。
「二つ目。この件は魔特隊が主導しているが、具体的な対応は不明」
「ジギル副隊長……ムカつく」
クラリスが険しい顔でつぶやく。
「三つ目。軍団長は何らかの情報を持っているが、魔特隊に代わって私たちをここに送ったことから、彼自身が魔特隊を信用していない可能性がある。……たぶん」
コホン、と一つ咳払いして、カルアは続けた。
「四つ目。ジェフリーはこの件を壊滅、もしくは撲滅しようとしている。首謀者に繋がる何かを掴んでる可能性すらある」
「マジかよ……」
トビーが息を飲む。
「五つ目。ルーデリック領都軍は何かを隠してる。魔特隊が来るはずだった場所に、私たちが来たことで——どうやら都合が悪くなったらしい」
「魔特隊が……そんな」
ルクスがかすれ声でつぶやく。
——スカウトされてる身としては、信じたくないよな。
「それと、魔力列車で運ばれていた“抜け殻”も、本来はこの街に運ばれる予定だった。そこも考慮に入れる必要があるわ。……ざっとこんなところかしら」
——さすカル。よくできました。
「で、コール隊長、どうするつもり?」
カルアが小首をかしげて問いかけてくる。
俺は、コップの水を飲み干して言った。
「決まってる。俺たちは国軍だ。国民を守る義務がある。全部解明して、全部ぶっ潰す。それだけだ」
「さすが熱血バカにゃ!」
——はい、ラスクは後で居残り説教な。
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