210 繋ぐ黒雷
手に握った剣が、ビリビリと黒い火花を散らす。
刀身は、どこまでも深い黒——まるで夜そのものを封じ込めたような深さだった。
──禍々しいにもほどがあるな......。
『違うよ!』
頭の中で、少女の声が弾けるように響いた。
『いいことも、悪いことも。楽しいことも、悲しいことも。ぜーんぶ混ぜこぜになるとね、黒になるの!』
──混ぜこぜ、ねぇ……わかったような、わからんような。
『未来って、そういうことなんだよ』
未来、か。
それを“黒”って言えるあたり、この子の感性は……いや、ズレてるなんてもんじゃない。
「お先真っ暗って言葉、知ってるか?」
『しらなーい!』
『しらなーい!』
即答。
なんかちょっとムカつくが……まあいい。今は目の前の化け物だ。
右に悪鬼、左に真っ赤なドレスの夫人。
二体が三角形を作るように、じりじりと俺を囲んでいた。
剣を構え、息を吸う。
「行くぞ、ツナグ!」
『うんっ! おじちゃん!』
「おじちゃんはやめて! コール!」
『わかった! コール!』
その瞬間、体内の魔力が暴れだした。
黒い稲妻が腕を伝い、剣へと奔る。
視界が白く弾け、世界がスローモーションになった。
——オーバークロック、発動。
風を裂き、俺は悪鬼の死角へと滑り込む。
剣を振り下ろした瞬間、稲妻の残光が軌跡を描く。
黒と白が交錯し、空間がミシリと軋む音を立てた。
『いっけぇぇぇぇ! 繋雷ッ!!』
ツナグの声と同時に、黒と白の稲妻が空を割る。
まるで闇が雷に変わり、未来そのものを切り裂いたように——。
「……てか、今のネーミング、ちょっとキメすぎじゃない?」
『いいでしょー! ツナグの“つなぐ”と雷をまぜこぜにしたの!』
「お前、なんかウザ……!」
『ヒドッ!』
軽口を交わしつつ、俺は二撃目を叩き込んだ。
悪鬼の肉を削ぐように、剣を深々と突き立てる。
「ギャァアアアアアッ!!」
耳をつんざく悲鳴。
だが、それは断末魔ではなかった。
削れた肉片が、光の粒へと変わっていく。
無数の、幼い手。
泣き声。笑い声。
小さな魂たちが、悪鬼の肉から剥がれ落ち、淡い光をまとって舞い上がっていく。
夜空に散る蛍のように、彼らはふわりと浮かび上がった。
その一つひとつが、かつてこの場所で生き、泣き、笑っていた子どもたちの残響だった。
『……あれ……子どもたちだ』
ツナグの声が、かすかに震えた。
その震えは、風に揺れる小枝みたいに頼りなく——けれど、どこか優しかった。
光の粒が触れるたび、腕に柔らかな温もりが伝わる。
小さな指が、ありがとうとでも言うように、俺の手を撫でていった。
ある光は頬に触れ、くすぐるように笑い声を残す。
ある光は、ツナグの声に導かれながら、くるくると螺旋を描いて昇っていく。
やがて、その光たちは羽根のような形を描きながら、夜空へと溶けていった。
その一瞬だけ、この地獄のような場所が——まるで神聖な聖堂のように見えた。
『やっと……帰れたんだね』
ツナグの呟きに、胸が詰まる。
声の奥に滲む涙が、痛いほど伝わってきた。
『大丈夫。もう怖くないよ……』
その声は、まるで子どもをあやす母親のようだった。
やさしくて、少し泣きそうで——けれど、ちゃんと強かった。
『……行っておいで』
彼女は小さく呟いた。
確かに、はっきりと。
まるで、誰よりも“未来”を信じているような声で。
一方、悪鬼は消えていく光の粒を掴み取ろうと、のたうちながら手を伸ばした。
「させないさ!」
すかさず、ジェフの剣が閃く。
悪鬼の腕が肘のあたりからスッパリと切り落とされた。
「剣が通った!」
俺が叫ぶと、「まーね」とジェフがニッと笑う。
「その精霊ちゃんが言ってることがわかれば簡単さ。“未来を繋ぐ”ってことは、こいつらが囚えてる“因果”を断つってことだろ?」
ジェフの剣が、白い光を帯びる。
「だから俺は過去を断つ。お前は未来を繋ぐ。役割分担だ!」
『さすがおにーちゃん! 冴えてる〜!』
──おい! ジェフと俺は同い年だぞ!!
「なんで俺がおじちゃんで、ジェフがおにーちゃんなんだよ!」
『まあまあ、怒らない!』とツナグ。
「大人げないなー」とジェフが肩をすくめた。
「——ッたく!」
トビーの風の障壁の向こうから、エリカの怒号が飛んできた。
「野郎二人して何やってんのよ! とっとと殺せ!」
「エリカさん。奴らはもう幽霊っスよ……殺すも何も……」
「うるさい! 子どもたちの未来を奪った奴らをギッタンギッタンにしろ! お前ら、ぼさーっとすんな!」
エリカの勢いに押し切られた。
──すっかり母親だな。……いや、言葉選べや。
「ほらコール! 鬼嫁のほうも来るよ!」
悪鬼の断末魔が響く。
振り返ると、真っ赤なドレスの夫人が滑るように迫っていた。
俺は剣を構え直す。
「ツナグ、もう一度、“繋げ”!」
『わかった!』
黒雷を纏う剣を振りかざし、突進してくる夫人の霊へと突き刺した。
──手ごたえ、あり!
そのまま横薙ぎに一閃。
再び、切り分かれた肉片から光の粒が舞い上がる。
眩い光の奔流が、夜気を押しのけるように広がっていく。
俺は奥歯を噛みしめた。
数えきれない。数えたくもない。
だが——この一つひとつが、確かに“未来を喰われた命”だった。
──絶対に、許さない。




