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突撃!コール隊 〜推しがウザイ!なら世界を変えるまでだ  作者: 鷹雄アキル


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208 その悪名は


【精霊ツナグ】


 この地に生まれてからずっと、人間たちを見てきた。


 時には争い、奪い合い。

 時には喜び、肩を抱き合う。

 そして、愛をはぐくむとき、新しい生命が生まれた。


 無邪気で、真っ白な命。

 未来に──いや、未来しかないその存在を、人間は「子供」と呼んだ。


 人間はそのつかの間の時間を生き、子を作り、皆で見守り育て、未来をつないでいった。

 それが、人の“未来にツナグ思い”。


 ……ある夏の夜のことだった。


 この地の北、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮から、恐ろしい声が響き渡った。

 そして黒い波のような魔獣たちがあふれ出した。


 その魔獣は全てを飲み込みながら、この地を襲った。


 人々は必死に戦った。

 未来をつなぐ子供たちと、戦えぬ者たちは、私の住む森へと逃げ込み、震えながら泣いていた。


 私は、昔から住み慣れた洞窟へと弱き者たちを導いた。

 魔獣と戦った者たちは蹂躙されながらも、最後の最後までこの地を守ろうとした。


 私は森で出会った蜘蛛の仲間の力を借り、襲い来る魔獣たちを撃ち滅ぼした。


 朝日が昇るころ、魔獣たちは消え去り、残った者たちは涙を流して喜んだ。

 そして、地下迷宮から出てきた子供たちと抱き合い、泣いた。


 そのとき──胸の奥で、微かな鼓動を感じた。

 初めての感覚だった。


 それ以来、この地の者たちは私を“未来をつなぐ者”として祈るようになった。

 そう。

 その時より、私は『ツナグ』と呼ばれるようになった。


 淡く光る私の存在は、やがて人々の信仰によって「少女の姿」を取るようになり、

 森は「ツナグ様の森」と呼ぶようになった。


 人々はその実りを大切に守り、特に新しい命が授かった時には森の祠に祈りを捧げ、

 未来の安寧を願うようになった。


 それから数百代。

 ツナグはこの地の守護精霊と呼ばれるようになった。


 かつての魔獣は二度と現れず、ダンジョンは力を失い、この地は豊かで明るい森と街に囲まれた穏やかな土地となっていた。



 ある年、この地に新たな領主が現れた。


 領主──人々に敬われる、気高き人間の代表。

 だが、私から見れば、彼も他の人間と何も変わらぬ愚か者にすぎなかった。


 その男が来てからだ。

 子供たちの姿が、次々と消えるようになったのは。


 子供とは、まだ人間としても成長しきれておらず、外部の事象から身を守る術を持たぬことがある。

 だからこそ、成人した人間たちが子供を守り、常に気を配っているのだ。


 ある日、私の祠に一組の夫婦が現れた。


「子供が消えたのです……どうか、ツナグ様のご慈悲を……」

 母親は涙を流し、私に縋った。


 私は長く、人の営みに直接関わることは避けてきた。

 ただ、遠くから見守るだけだった。


 だけど、その子供は、つい最近、私のもとで“名を授けた子”だった。

 未来をつなぐはずの命。


 興味を覚えた。

 あれほど愛されていた子供が、なぜ消える?


 人は憎しみに駆られ、争い、殺し合う。

 だが、年端もいかぬ命が消えるなど──理を超えている。


 胸の奥がざわついた。

 何かが、おかしい。


 それからというもの、この地では子供の失踪が相次いだ。


 雨の降るある夜。

 領主の館から、悲鳴が響いた。


 私は祠を離れ、声の主を追った。


 そして──見てしまった。


 闇の中、灯りに照らされ笑う男女。

 領主と、その妻。

 そして、似たような顔の貴族たちが、長い食卓を囲んでいた。


 皿の上には、あの子供たちの──血と肉。


 一瞬で、視界が赤に染まった。

 それは人が言う、怒りだと感じた。


 理由など分からない。

 ただ、全身が熱に染まり、この人間たちを消し去りたいと思った。


「このエキス、この血肉を取り込むことで、我ら選ばれし者は百年、千年と命を保つだろう。

 犠牲を無駄にすることなく、我らの手でこの世界をより良くしていこう。──乾杯だ」


 彼らは薄ら笑いを浮かべ、杯を掲げ、赤い液体を啜った。


「バルカン殿の息子も、こうして偉大なる両親の血肉となり、後世まで生き続けるのですな」


「えぇ。乳児のときから手元で育て、味が落ちぬよう、肉が固くならぬように工夫しましたよ」


 ぞっとする。

 人間の声が、これほどまで醜く響いたことはなかった。


 その瞬間、何かが切れた。

 守るべき命が踏みにじられる光景を、私はもう見ていられなかった。


「どうして……こんなことに……」


 震える声が、やがて意志へと変わる。

 私は姿を現し、制裁を加えようと力を解き放った。


 部屋が揺れ、窓が開き、冷たい雨が奴らの体を打つ。

 夜空に、憎しみの雷鳴が轟いた。


「お前たちの時代は終わった。この地は未来に繋ぐ場所。私はそれを許さない!」


 私が叫ぶと、貴族たちの笑みが一瞬引きつる。

 だが、すぐにその場は冷たい嘲笑に満ちた。


「ほう、貴様がこの森の祠に住まう精霊か。そもそも精霊ごときが口をきくとはな。面白い演出だ」


「おい、呪術師を呼べ。精霊ごとき、屠ってしまえ!」


 黒衣に金の装飾を施した呪術師が現れ、印を結ぶ。

 言葉が縄となり、私を縛った。


 私はその呪縛を断つため、内に宿る力を解放した。


 闇の中から、濃い影が立ち上がる。

 それは、犠牲となった子供たちの魂が形を取った異形の群れ。


 糸のように伸び、無数の黒い手足を生やしていく。


 胸が燃えるように熱くなった。

 守るために──私は戦う。


「さ、おいで。みんなの尊厳を私が守る。誰にも奪わせはしない!」


 憎しみも、悲しみも、すべてを霧に乗せて解き放つ。


「お前らは……呪われるがいい!」


 私は領主たちに呪いをかけ、子供たちの魂を連れて地下迷宮へと潜った。


 追ってきた呪術師は、私を迷宮に封じるため強力な結界を張り、祠を閉ざした。

 その結果、私はこの地に縛られた。


 以来、私は地下迷宮の中で子供たちの魂と時を過ごした。


 時々、蜘蛛たちや子供たちの魂が外の世界を伝えてくれる。


 領主たちがその後どうなったかは、知りたくもない。

 ただ──呪術師の裏切りにより、彼らは穢れた悪霊と化したと聞く。

 そして今もなお、子供たちの魂を求めて夜ごとさまよっていると。



 ある日、新たな男女が館にやってきた。


 「コール隊」と名乗るそいつらは、名のある精霊たちを自らに宿し、ここに居を構えるという。


 不安を感じた子供たちが、先に手を出してしまったらしい。


「でも、ちょうどいいかもしれない」

 ツナグは小さく笑った。


「そろそろ私も、外の空気を吸いたくなっていたしね」


 そして、その夜。

 いくつもの誤解が交錯することとなった。



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