019 挟撃
「ひゃほー行くぜぃ!」
トビーがいち早く屋根から飛び降り、奴らの誘導を始める。
残った俺たちは客車の上を駆け抜け、さっき燃やした貨物車の上を慎重に進む。そして、最後尾の貨物車にたどり着いた。
「ここに穴、作れるか?」
俺が屋根を叩いて指示を出す。
「任せるニャー」
ラスクがブレードクローの爪で、金属の屋根を引き裂いた。
「あんまやりすぎんなよ」
ひと声かけてから、俺は開けた穴から飛び降りる。
車両の反対側から、トビーの声が響いた。
「こっちだこっちー!」
俺は荷受け扉の前に立ち、貨物車の壁を力強く叩く。
音に反応するように、無表情な白い目がズラリとこちらを睨みつけてくる。
車両の上では、ラスクをはじめ、クラリスやホッジが足を鳴らし、声を上げてさらに音を立てている。
……やっぱり音に反応してるってわけか。
——来い……俺が相手だ!
「付き合いますよ、隊長」
屋根からカルアがふわりと舞い降り、俺の隣に立った。
彼女は懐からナイフを取り出すと、一瞬目を閉じ、ふかく息を吐いた。
そして静かに何かを呟きながら、その刃を自分の左腕にすっと滑らせる。
薄紅色の線が皮膚に浮かび、すぐに血がにじみ出した。
カルアは反対の手を傷に添え、血を引き出すように前へ突き出す。
すると、五本の指先から赤く輝く細い糸が空中に伸びていった。
それはまるで生き物のように螺旋を描きながら、ふわりふわりと先頭の『抜け殻』の鼻先まで到達し、ゆっくり揺れる。
『抜け殻』は、その赤い光に目を奪われ、まるで操られるように血の糸を追い始めた。
「血の匂いでも、引きつけられるかもです」
カルアがこちらに目を向け、にっこり微笑んだ。
カルアの加護は——目に見える“血”を操る能力。
自分の血でも他人の血でも、彼女にとってはただの操り糸にすぎない。
「あんま使いすぎるなよ。貧血で倒れられても困る」
「心得てますって」
奴らの動きが、明らかに速くなっていく。
血に反応してるのは確かだ。
『抜け殻』たちが、目前まで迫ってくる。
「早く上がって!」
クラリスが屋根の上から叫んだ。
俺とカルアは貨車の中に上がり、奴らを中へと誘導する。
反対側の開け放った扉から、トビーが勢いよく飛び込んできた。
崩れた体を引きずりながら、『抜け殻』たちが次々と車内へなだれ込んでくる。
それに合わせてルクスがノクスバインドを展開。
床から黒い影が湧き上がり、『抜け殻』を絡め取っていく。
それでも前に這い進もうとする奴らを、俺たちは蹴り上げ、ルクスの黒手の中へと放り込んでいった。
──なんだこれ、まるで前世の○○ホイホイだな。
「カルアとトビーは上にあがれ!」
俺は叫びながら、車体を叩いて音を立て続ける。
近くに転がっていた樽の上に飛び乗り、屋根の穴に手をかけて体を引き上げた。
奴らの全員を車内に入れたわけじゃない。が、それでも十分な数を誘い込めたようだ。
「皆、この車両から離れろ!」
俺は両手に電気エネルギーを集めた。
空気がビリビリと震え、肌にチリチリとまとわりつく感覚が広がる。
手の中の電気は、まるで生き物のように脈打っていた。
エレクトリック・スピリット……親愛なる精霊よ、この正念場を抜ける力を俺に。
「やるぞ……」
自分に言い聞かせるように呟き、目を閉じる。
全神経を一点に集中させた。
——ヴォルト・クラッシュ。 焼き尽くせ!
青い閃光が、貨物車全体を走り抜けた。
雷鳴のような轟音が響き渡り、車両が一瞬、浮き上がるかのように震動する。
中にいた『抜け殻』たちの体を光が貫き、次々と痙攣し始める。閃光の中でのたうち回る姿は、まるで踊っているようだった。
さらに力を込める。放電が限界に達し、やがて奴らの体から煙が上がり、火花が散る。
──決める!
ヴォルト・クラッシュ、もう一撃!
夜の森に雷鳴が轟き渡った。その音は遠く、どこまでも響いていった。
▽▽▽
集まり切らずに周囲をうろついていた残りの『抜け殻』は、一体ずつ片付け、ようやく戦いは終わりを迎えた。
遺体……というべきか。奴らの死体には感染を防ぐ意味でも、火を放って徹底的に処分する。
「でもよ、“ゾンビ”だの“抜け殻”だのって呼ばれてさ。死んだあとまで物扱いされるなんて、ちょっと気の毒だよな。人としての尊厳とか、ないのかよ……」
「お前が言うな、闇ギルド野郎」
俺は自称『小悪党』に蹴りを入れる。もちろん、続いてトビーも蹴りを入れる。
男はのたうち回りながら、『暴力反対!俺は平和主義者だぞ!』と叫ぶ。
「このあと、たっぷり話を聞かせてもらう。このままで済むと思うなよ」
俺はそいつの首根っこを掴み、車両の中へ放り込んだ。
「隊長、起動調整できました。いつでも出せます」
ホッジが報告してくる。
「すぐ出るぞ!」
俺が号令をかけると、ホッジが起動車へ駆け込んでいった。
他のメンバーも慌てて車両へと飛び乗る。
空の端が、わずかに白み始めている。もうすぐ夜が明ける。
「状況の報告もしないとな。近くの駅で連絡水晶を使わせてもらおう」
この世界では、精霊通信や連絡水晶が主な通信手段だ。
連絡水晶は駅や教会、領主の館など、重要な拠点に設置されている。
「どう報告するつもり? ジェフリーのこともあるし、内容次第では厄介なことになりそうね」
「カルアがうまーく報告してくれないかな?」
「え? そういうごまかしなら、コールの方が上手じゃない?」
頬に手を当てて首を傾げるカルア。
「まーそうかな。ジェフリーの件は一旦伏せて、事実だけを報告しようかな」
「うん、私もそれがいいと思う」
列車がかすかに揺れ、ゆっくりと動き始めた。
トビーたちはコンパートメントの座席にもたれ、うつらうつらと首を揺らしている。
……まったく、想定外のことばかりだ。
この世界は、もう俺の知っていた『ブレハク』の世界じゃないのかもしれない。
物語やゲームのような、決まった筋書きなんて存在しない。
目の前にあるのは、俺たちが選び、進んでいく——変わり続ける現実そのものだ。
俺は座席に背を預け、窓の外へと目をやる。
夜明けが近づき、闇を纏った空が、地平線に向かってゆっくりと青白く染まり始めていた。
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