016 ゾンビ!?
【コールside @魔力列車】
「撤退だ! この車両を出ろ!」
歯を剥いて襲いかかるゾンビを蹴り倒しながら、俺は叫んだ。
ラスクの首根っこを掴んで貨物車の外へ放り出し、即座に扉を閉める。
ドンッ! 内側からの衝撃で扉が激しく揺れた。
あの化け物が体当たりしてるのだろう。留め具がきしみ、俺は背中で扉を押さえた。
「なんですか、あれはっ!」
地面にへたり込んだクラリスが、声を裏返す。隣ではルクスが剣を構えていた。
扉が大きくたわみ、叩く音がどんどん大きくなる。
「出てきたらバラバラにしてやるニャ!」
ブレードクローを構え、ラスクが不敵に笑うが——
「ダメだ! 奴らに直接触れたら感染のリスクがある!」
俺の言葉に、ラスクが目を見開く。
「感染って……どういうことニャ?」
彼女は、手元のブレードクローをじっと見つめる。
「噛まれたり傷を負わされたら、ゾンビになる可能性があるってことだ」
「ゾンビ? なんだかわかんないけど、それはヤバいニャ……」
この世界のゾンビに感染力があるかはわからない。だが、前世のゲームを考えれば、噛まれたり傷を負わされれば感染する可能性が高い。
実際、さっきのゾンビも噛みつこうとしてきた。
「とにかく、“直接触れる攻撃”と“体液の飛沫”には気をつけろ!」
「体液って……血とか?」
クラリスが不安げに聞いてくる。
「ああ。正確には、目・口・傷口から体内に入るとヤバい。そこを守れば、感染のリスクは抑えられるはずだ」
ルクスとクラリスが真剣な顔で頷き、ラスクは「面倒だニャー」とぼやきながら、ブレードクローを外して腰から剣を抜いた。
その間にも扉は激しく揺れ、金具が今にも外れそうに歪んでいる。
……時間がない。
「……やるしかねぇな」
俺は「下がってろ」と皆に伝え、貨物車の扉に手を当てる。
目を閉じ、加護精霊に意識を向けながら、空気中の電気エネルギーを体内に取り込んでいく。
地面、風、木々——自然の中にある微細な電気が、肌を通して吸収されていく。
体がビリビリと帯電し、まるで人間バッテリーになったような感覚。
——全部、焼き払う!
意識の奥で、炎にも似た衝動がうねる。
俺の体が青白く光り、皮膚の下で雷が跳ねるように火花が散っていたはずだ。
溜めたエネルギーを一点に集中し、扉に添えた手から一気に解き放つ。
——ヴォルト・クラッシュ!
電撃が爆ぜ、貨物車全体が光に包まれる。
閃光と轟音が空気を裂き、次の瞬間——
バァンッ!!
扉が吹き飛び、黒煙が天へ噴き上がった。
俺の体は、爆風で宙を舞う。
オーバークロックでギリギリ扉を蹴って直撃は回避したが、その反動で空高く跳ね上がってしまった。
「ノクスバインド!」
視界の端で、ルクスが地面に手をついてスキルを発動。
黒い腕が地面から現れ、俺の体をがっしりと掴む。次の瞬間、ラスクがジャンプして俺を受け止め、地面に着地した。
「悪い、助かった」
息を整えながら礼を言い、俺はまだ煙を上げる貨物車に目を向けた。
扉は吹き飛び、内部には黒焦げになったゾンビの残骸がいくつも転がっていた。
「こっちは、もう動かないニャ」
「こっちの方も、大丈夫です」
ラスクとクラリスが車両の様子を確認しながら、報告してくる。
俺はぐらつく膝を押さえながら立ち上がり、クラリスに声をかけた。
「義兄さん、大丈夫……?」
ふらつく俺の肩を、クラリスが支える。
「俺は大丈夫だ。とにかく先頭車両のホッジに現状を伝えて、機関の起動を急がせてくれ」
「わかった!」
クラリスが先頭車両へと走る。その後ろで、ラスクとルクスが俺の方へ駆け寄ってきた——が。
そのさらに後ろ、煙の向こうから、黒い影がふらりと現れる。
『貨物車は二両ある』——カルアの報告が脳裏をよぎる。
二両目の貨物車。その開け放たれた扉から、ゾンビの群れが這い出してきた。
奴らは次々に車両から崩れ落ち、地面に叩きつけられながらも、よろめき、呻き、立ち上がる。
そして、のろのろと、だが確実に、こちらへと歩を進めてくる。
「後ろだ! まだ来る——!」
俺の叫びと同時に、黒煙の向こうから腐臭が押し寄せてきた。
▽▽▽
【カルアside @トオマの森】
眩しい閃光が、夜の森を真昼のように照らした。
直後、空気を切り裂く轟音が全身を包む。
思わず足を止め、身を低くかがめた。
横から草をかき分けて現れたのはトビー。彼も同じように腰を落とし、隣に並んだ。
その背中には、さっき気を失った男がぐるぐる巻きにくくられている。
——いまの青い閃光、たぶんコールね。
「なんスか今の……雷じゃないっスね?」
「列車のほうからよ。急ぎましょう!」
そう言うなり、私は駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って! こっちは荷物抱えてんスけどー!?」
背後からトビーの情けない声が追いかけてくる。でも、振り返る暇なんてない。
胸がざわついて、呼吸が浅くなる。足がもどかしいほど遅く感じる。とにかく早く、早くコールのもとへ!
列車が近づくにつれて、鼻をつく匂いがする。
焦げた木の匂い。油の匂い。そして、もっと嫌な匂い――これは、焼けた肉……?
耳に飛び込んできたのは、コールの怒鳴り声と、低く唸るような音。
その不協和音が、不安をさらに煽ってくる。
森を抜けた瞬間、視界いっぱいに広がったのは、煙を上げる列車と、その前で剣を構える仲間たちの背中。
そして、彼らが対峙しているのは——あれは……人?
一見すると人間。でも、動きはギクシャクしていて、肌は土色、服はボロボロ。髪も抜け落ち、目は焦点が合っていない。
それが30体ほど。
ゆらり、ゆらりと、夢遊病者のように、両手を前に突き出し、ふらふらと歩いてくる。
……違う。あれは——死人が、歩いている?
武器も持たず、よたよたと迫ってくるその群れに、コールたちは慎重に距離をとって対応していた。
下手に攻めれば、こっちがやられる——そんな迷いが見える。
「な、何スカあれ!?」
トビーが叫んだ。
「大声出さないで! まだ敵の全容が分からないのよ。とにかく、まずは隊長のところに向かうわよ!」
振り返りざまにトビーに指示を出し、私は身をかがめて駆け出す。
敵に気づかれないよう、風下に回り込み、大きく迂回していく。
草を踏む音も抑え、息を潜める。胸の鼓動だけが耳に響く。
やがて、コールの背後に滑り込む。
「隊長!」
呼びかけようとした、その瞬間——
コールが振り返り、鋭く叫んだ。
「みんな車内に戻れ! 一時撤退だ!」




