014 封印解除
男が翳した手のまわりに、赤く光る魔法陣が浮かび上がった。
——封印解除の術式……!?
ラスクが窓に張り付いたまま固まっている。
俺は咄嗟にその襟を掴んで、窓から引きはがした。
次の瞬間——
バリーン!
車両後方から、ガラスが砕けるような轟音が響く。
……封印が解かれた!?
目を向けると、男は薄く笑ったまま、森の闇へと消えていった。
「——っ!」
トビーが即座に剣を抜き、男を追って外へ飛び出した。
「音がしたのはこっち……」
ラスクは音のした後方の貨物車へと走り出す。
——語尾の「ニャ」が消えてる。ラスクも焦ってるな。
「ラスク! 一人で行くな!」
俺も駆け出しながら、カルアに指示を飛ばす。
「カルア! トビーを頼む!」
カルアは無言で頷き、剣を抜いてトビーの後を追った。 俺はすぐさま、ラスクの後を追う。
▽▽▽
コンパートメントを抜け、連結扉に手をかけたところでラスクに追いつく。
「なんか、声がするニャ……」
ぴくぴくと動くケモ耳が、音を探っている。
「声?」
耳を澄ます。
虫の声も、風の音もない。不自然なほどの静寂。
その中で、貨物車の奥から、呻るような低い声が聞こえてきた。
暗く、濁った、地の底から響いてくるような、不気味な声。
「……貨物車には貫通扉がない。中に入るには、一度外に出るしかない」
俺は客車の扉を開け、夜風の中へ飛び出した。
空気が重い。湿って冷たく、じわじわと肌を刺してくる。
後ろをラスクがついてくる。砂利を踏む音が、やけに耳についた。
「貨物車のドアは、こっちニャ……」
ラスクが小声で案内する。
俺たちは、大きな荷積み扉の前に立ち気配を探った。
「どうしたんですか?」
遅れてルクスが追いつく。
その後ろで、クラリスが息を切らしながら膝に手をついている。
「静かに」
俺は唇に指を当て、扉にそっと耳を当てた。
ゴト……ゴト……
何かがぶつかる音。それに混じって、低いうめき声が微かに聞こえる。
ウゥ……ウゥ……
……人の声、か? それとも——
「さっき、中には誰もいなかったんだよな?」
小声でクラリスに確認すると、彼女はこくりと頷いた。
「……中に入る!」
古びた留め具に手をかけ、錆びた音を響かせながら扉を押し開ける。
「行くぞ……!」
俺は貨物車の中へ、足を踏み入れた。
▽▽▽
貨物車両の中は薄暗く、木製の樽がうず高く積まれていた。
「……なに、この匂い。さっきまでは、こんな匂いしなかったのに」
クラリスが顔をしかめ、鼻を覆う。
鼻腔を突き刺すような腐敗臭が、車両内を満たしていた。
「密封の封印が……解かれたんだな」
俺は腕で鼻を押さえながら、足元に目をやる。
そこには、魔法陣の描かれた封印紙が、無造作に剥がれて落ちていた。
そして——
うめくような声が、積まれた樽の中から聞こえてきた。
……ヤバい予感しかしない。
ラスクが樽の蓋に手をかける。
「待て!」
俺はとっさにラスクの手を掴み、「一旦、ここから出るぞ!」と叫んだ——
その瞬間。
ドンッ!!
上に積まれていた樽が崩れ落ち、破裂するように外枠が砕けた。
「っ……!」
飛び散る木片の向こうから、何かが這い出してくる。
ずるり……ずるり……
薄明かりの中、それは爛れた手を突き立て、ゆっくりと立ち上がる。
「ヒッ……!」
クラリスが短く悲鳴を上げる。
樽の中から現れたのは——
腐乱死体!
顔の半分は粘液にまみれ、白濁した目玉が飛び出したまま、こちらを向いていた。
肉は腐り、所々が黒く崩れている。
唇の裂けた口からは、黄ばんだ歯が剥き出しになっていた。
一歩、また一歩と、足を引きずりながら近づいてくる。
その背後。倒れた樽の隙間から——
ぐちゃり、ぐちゃり……
泥のような音と共に、別の腐った手や足が、次々と這い出してきた。
「ゾンビ……って、この世界にもいるのかよ」
俺は、思わず吐き捨てた。
▽▽▽
【カルアside@トオマの森】
暗い森の中、私はトビーの背を追っていた。
月明かりが、鬱蒼とした木々の隙間からこぼれ、かすかに足元を照らす。
風に揺れる葉音と、駆ける足音、荒い息遣い——それらが夜の森に、どこか不吉なリズムを刻んでいた。
トビーの視線の先には、青い制服の男がいた。
まるで風に乗るかのように、木々の間を軽やかにすり抜けていく。
——速い。普通の運転手じゃない。
風の加護を持つトビーですら追いつけないなんて。
私も血流強化を使っているけど、それでも距離が縮まらない。
「……ただの乗務員じゃなさそうね」
私は腰の剣の柄に手をかける。
追いつけないと見て取ったのか、トビーが一歩前に出て、風の斬撃『エアースラッシュ』を放った。
風の刃が地を這うように飛び、男の腿を裂く。
「ぎゃっ!」
短い悲鳴を上げた男はバランスを崩し、木の幹に叩きつけられて止まった。
すぐさまトビーが踏み込み、剣で男の肩を串刺しにして、そのまま木に縫い止める。
「お前……何者だ」
いつもの軽い調子は消え、トビーの声は低く、冷たい。
私も彼の背後から近づき、黙って男を見下ろす。
男は口元を歪め、ニヤリと笑った。
「……お前らも、ここで終わりだ」
その瞬間、男が袖口から小さな筒を取り出して口にくわえる。
——笛!?
耳をつんざくような音が、森に響いた。
「ちっ!」
トビーがすかさず腕を振るって笛を叩き落とし、続けざまに肘を打ち込む。
ドスッ!
男は呻き声を漏らし、そのまま崩れ落ちた。
私は転がった笛を拾いあげる。
「これ……魔獣の笛よね」
魔獣の笛——音によって魔獣を誘い、暴走させる危険な道具。
その瞬間、森の奥から木々が激しくざわめき、地面が揺れ始めた。
足元に伝わる震動は次第に大きくなり、まるで大地そのものが脈打っているようだった。
そして——
それは、現れた。
月光に照らされた森の奥から、巨影が姿を見せる。
分厚い毛皮をまとい、二本の足で立ち上がったその姿は、まるで生きた要塞。
鋭く伸びた爪が、わずかな光を鈍く反射している。
巨体の存在感は圧倒的で、目が合っただけで凍りつきそうな威圧感。
トビーが、かすれるような声で呟いた。
「……ベアゴール」
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