012 魔力列車
「やりすぎだ、バカもん!」
椅子にどっしりと腰を下ろし、俺を睨むダムド軍隊長。
「はい、すみませんでした……」
俺は目線を外し、わざと拗ねた声で言う。
ジギルとの模擬戦の後、なぜかこうして軍隊長に叱責を受けている。
俺の背後には、コール隊副隊長で、ダムドの娘であるカルアも控えていた。
しかも、すげー殺気でダムドを睨んでるんですけど!?
お願いだから、俺を挟んで殺気を飛ばすのやめて! カルアさん!!
模擬戦の結果? 俺の圧勝だった。
ジギルは後遺症で神経系にダメージを負い、筋肉の過度の緊張と不整脈が見られ、朦朧としているらしい。この世界にはまだ『感電』の概念がなく、医務局の人間も症状をうまく把握できないとか。
まあ、弱電を一瞬流しただけだし、三日も寝れば元通りって伝えておいたけどな。
同情? しないしない。
あいつ、さんざん俺の精霊バカにしてたしな。
ていうか、模擬戦したいって言ったの俺じゃねーし。喧嘩売ってきたのはジギルの方だし。
俺、悪くないよな?
「まあいい。やっちまったもんは仕方ない」
ダムドは大きくため息をつきながら、一枚の紙を投げてよこす。
「これは?」
「出動要請だ。本来だったら魔特隊が派遣されるはずだったが、お前がジギルを潰したせいで予定が狂っちまった。お前らで行ってこい」
「王子隊長様に行ってもらえばいいじゃないですか」
「殿下はドグア作戦の準備で忙しい」
「俺たちだって、作戦の準備が……」
「決定事項だ! カルア、こいつの首根っこ掴んで早くいけ!」
軍隊長は俺の抗議を遮り、カルアに命じる。
「コール、言うだけ無駄。言って聞くような人じゃないわよ。行きましょう」
カルアはさっさと部屋を出ていく。
軍隊長は「フンッ」と盛大に鼻を鳴らし、くるりと椅子を回転させ背を向けた。
——しかし、この親子、相変わらず仲悪いよな……。
俺が一礼して部屋を出ようとしたところで、軍隊長から声がかかる。
「コール。あいつをいつまで放っとくつもりだ」
呟く軍隊長の顔は、確かに父親のそれだった。
俺は何も言わずに、そのまま部屋を出た。
▽▽▽
今回の任務は、王都南西に位置するルーデリック領の港湾都市トリアが舞台だ。
7日後に行われる開港祭の警備と、ルーデリック公爵の嫡子・ライエス公子の警護を担当する。
「ルーデリック領は港湾都市で、戦略的にも重要な場所です。だからこそ、我々王国軍が警備にあたるんです。れに、ルーデリック公爵は国王の弟君、公爵家は王国にとって最重要人物です。今回の開港祭も外交的に非常に大きな意義を持っています」
カルアが任務令状を手に、作戦概要を淡々と説明する。
「オリビア隊が事前に前乗りしているので、領都軍、オリビア隊、コール隊の合同作戦となります」
カルアの説明を聞きながら、ルクスやクラリスが熱心にメモを取る一方で。トビーはコクリコクリ居眠りしてやがるし、他の奴らもボンヤリ窓の外を見たりしている。
——まぁ、急な出動となったから大目に見てやるか。
俺たちは、魔力列車で任務地となるルーデリック領へ向かっていた。
本来なら馬車での移動が基本だが、それだと二日以上かかるため、無理を通して貨物運航用の魔力列車にラウンジ車両とコンパートメント車を連結。準備もそこそこに列車へ飛び乗った。
夜の帳が降り、列車は暗い原野を滑るように進んでいく。この分なら、明日の昼にはトリアに着けるだろう。
窓の外には、まばらに灯る村の明かりが遠くに見え、空には雲がかかり、星もぼんやりとしていた。
今はラウンジ車両に隊員を集め、カルアが今回の任務について説明している最中だ。
「ルーデリックって、海のある都市だニャ?」
窓に張り付いて外を見ていたラスクが、カルアに振り返って質問する。
——そこからかよ! ラスク……。
俺は額に手を当て、ため息をつく。そんな俺を、カルアがすかさず睨んでくる。
ラスクは我がコール隊の隠密三人衆の一人、猫族の女の子だ。
まあ、女の子と言っても実年齢はカルアと同じで立派な成人女性なんだけど、猫族は小柄で、その薄墨色の髪から出ている可愛い猫耳のせいで、どうしても少女に見える。
しかも、あざといことに、わざと語尾に「ニャ」をつけて可愛さアピールをし、相手を油断させるという技を持っている。
ちなみに、普通に話すこともできるし、コール隊で一番発言が辛辣なのも彼女だったりする。
「だから、港湾都市って言ってるでしょ」
カルアが呆れ顔で言う。
「もしかして、海知らないのか?」
俺が尋ねると、ラスクはわざとらしく目を大きく見開き、猫のような仕草でコクコクと頷いた。
「海の幸が美味しいんだよねー」
クラリスが頬に手を当て、うっとりとする。
「にゃにー!」
ラスクが騒ぎ、声に驚いたトビーが椅子から転げ落ち、「ごはん?」と周りを見回す。
——なんなのこの集団。軍服着てなきゃ、誰も王国軍とは思うまいて。
俺は額に手を当て、天を仰ぐ。
「まあいい。基本はルーデリック領軍が仕切ることになる。みんな、揉めんなよ」
俺が言うと、ルクスが「いいですか!」と手を挙げる。
「ジェフリーさんとアッシュ先輩、それにジンクス先輩はどうしたんですか?」
カルアが即答する。
「ジェフリーとアッシュには連絡が取れなかったので、ジンクスに探して連れてくるように言ってあります。そのうち来るでしょう」
——全く、うちの男性隊員は自由すぎる……。
ジェフリーが飲みに出て、そのまま行方不明。追っかけたアッシュも消息不明。こりゃジンクスも連絡不通になるパターンか?
——なんか面倒ごとに巻き込まれてなきゃいいけど。
俺はほかの男隊員たちに目をやる。トビーはまだ「ごはん?ごはん?」と呟いてるし、ホッジは……目を逸らした。
——あ、こいつ何か知ってるな?
「連絡取れないって……。いくらなんでもひどくないですか? 問題ですよね!」
ルクスが食い下がり、俺を睨む。
めんどくせえ……。
「そうだな。戻ってきたら始末書を書かせる。伝えとけ」
「了解」
カルアが淡々と頷く。
「始末書って……」
まだ何か言いたそうなルクスを無視して、俺は続ける。
「とりあえず、ライエス公子には俺とラスクが付く。あとは町の警護に回ってくれ」
「また義兄さんは、そんなザックリとした作戦を……」
呆れるクラリスに、カルアが「そこは現地で領都軍と打ち合わせしましょ」とフォローする。
「じゃ、散会」
俺の号令で、隊員たちはそれぞれコンパートメントへ戻っていく。
「ホッジ、ちょっと待て」
低い声で呼び止めると、ホッジの背中がびくりと震えた。
ゆっくり振り返るホッジの顔には、見事に「やべぇ」って書いてあった——。
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