011 模擬戦—4/4 エレクトリック・スピリット
「では、始めましょうか。模擬戦ですから、合図など不要でしょう?」
ジギルが余裕の笑みを浮かべ、親しげに話しかけてくる。
「そうですね。始めましょう」
俺は両足を肩幅に開き、腰を落とした。
剣は腰の高さで斜めに構える。動きやすさを優先した、俺だけの構えだ。
独学だが、これが一番しっくりくる。
対するジギルは、剣を右手に持ったまま、だらりと下げて薄笑いを浮かべている。
「お先にどうぞ。遠慮は無用ですよ」
軽く手を差し出すジギル。その態度は、こちらを試しているようだ。
「では、お言葉に甘えて」
そう返しつつも、俺は正面から突っ込むつもりはない。
大きく横に跳び、ジギルの視界の外へ滑り込む。
そのまま素早く間合いを詰め、体をひねりながらジギルの胸元へ剣を振る。
しかし——
ジギルの剣が、俺の刃を軽々と跳ね上げた。
「おや、残念ですね。これで終わりですよ」
ジギルが冷ややかに微笑み、手をかざす。
「——ウォーターバレット」
掌から放たれた水弾が、目にも止まらぬ速さで迫る。
瞬間、反射的に俺は頭の中で呟いた。
——オーバークロック……
体内を何かが駆け抜ける。
俺の契約精霊——エレクトリック・スピリットが目を覚ます。
全身が一気に熱を帯び、肌の表面をピリピリとした刺激が走る。
細かな電光が皮膚を這い、空気中にかすかな焦げた匂いが漂った。
——視界が開ける。
周囲の時間が引き伸ばされたように、すべてがゆっくりと流れ出す。
ジギルの剣の軌跡が、光の残像を引くように見えた。
俺は体をひねり、水弾を回避。同時にジギルの剣に狙いを定める。
「……っ!」
刹那、俺の剣がジギルの剣を叩き落とした。
鋼が跳ね、地面にカランと甲高い音を立てる。
ジギルの表情がわずかに揺れる。冷静を装っているが、その瞳は大きく見開かれた。
「ほぉ……これは驚きましたね。身体強化の類ですか?」
ジギルが剣を落とした手を見つめ、興味深げに呟く。
「似たようなもんです」
俺は肩をすくめ、にやりと笑ってみせた。
——まあ、厳密には違うがな。
オーバークロック。
それは、俺が電気の精霊と契約したことで得た加護の力。
発動すれば、体内の電気信号が一気に加速する。
神経伝達が強化され、思考も、動作も、常人の遥か先へと到達する。
結果——世界がスローモーションになる。
相手の剣筋が、魔法の発動が、水中のように遅く見える。
それに合わせて体を動かせば、誰よりも速く、正確に行動できる。
……ただし、時間制限付きだ。
この力には代償がある。長く使えば体温は急上昇し、血液は沸騰、筋肉は焼け落ちる。
かつて調子に乗って使いすぎ、何度も死にかけたことがある。
——だが、今は気にしてる余裕はない。
俺は剣を静かに構え直し、次の一手を狙った。
▽▽▽
「驚きました。そんな特技もお持ちだったんですね」
ジギルは薄く微笑みながら、感心したように言う。
「才能がない者は、手を替え品を替え、工夫し続けなきゃ生き残れないんでね」
俺は肩をすくめて応じる。
ジギルは剣を拾おうとせず、再び手をかざす。
「面白い。では、私も遠慮はやめましょう」
「お手柔らかに。あくまで交流戦ですので」
俺は乱れた呼吸を整え、再び剣を構える。
オーバークロックを使えるのは、あと一度が限界だ。
一方、ジギルは微塵も疲れを見せず、余裕の笑みを崩さない。
——まだまだ余裕ってか。
このまま距離を取られ続ければ、三元加護を操るジギルの思うつぼだ。
消耗戦では勝ち目はない。何としても近接戦に持ち込むしかない。
俺は軽く体を揺らし、フェイントをかけて踏み込んだ——その瞬間。
ジギルの手から猛烈な風が噴き出し、圧縮された空気の塊が俺を襲う。
「っぐ……!」
衝撃が胸を叩き、口の中に血の味が広がる。
吹き飛ばされかけたが、反射的に身を捻って回避。
——だが、追撃が早い!
直後、風の斬撃が飛来し、頬をかすめた。
ウインドプレスからのウインドブレード。風使いの基本戦術——
しかも、こいつの一撃には明確な殺意がある。
——殺す気か、コイツ。
放たれる連撃を必死にかわすも、じりじりと追い詰められていく。
気づけば、周りにはいつの間にか炎の壁が囲んでいた。
「風と炎の合わせ技かよ……詰んだ、か」
前に進めば風に刻まれ、横に逃げれば炎に焼かれる。
選択肢は、ひとつ。
「オーバークロック!」
再び体に熱が駆け抜け、心臓が警鐘のように鳴る。
限界は近い。あと数秒しか維持できない。
それでも、止まるわけにはいかない!
俺は迷いなく炎の壁へと突っ込んだ。
熱が皮膚を焼き、髪が焦げる匂いが鼻を突く。
それでも——進む!
そのまま駆け抜け、ジギルの背後へと回り込む。
即座にオーバークロックを解除し、気配を殺す。
——今だ。
俺を見失ったジギルは、困惑した様子であたりを見回している。
そっと手を伸ばし、奴の首筋に触れる。
——スパークショット。
短距離で放たれる電撃。前世で言えば、スタンガンのようなものだ。
青白い閃光が走り、ジギルの首元に火花が散る。
「——ッ!」
電撃に全身を痙攣させ、ジギルの体がビクンと跳ねる。
苦痛に顔を歪め、やがて白目を剥いて崩れ落ちた。
俺はゆっくりと立ち上がり、その様子を見下ろす。
——「ビリッ」とする奴に負けた気分はどうだい?
会場が静まり返る。
足元には、あの余裕たっぷりだったジギルが白目を剥いて転がっている。
誰もが信じられないという表情で、固まっていた。
沈黙を破ったのは——コール隊ギャラリーからの歓声だった。
「やったぞぉー!」
「見たか! これが俺たちの隊長だ!」
トビーは瓶を振り上げ、クラリスとハイタッチ。
その隣ではボイドが顔を真っ赤にしてコップを掲げ、
「酒もう一杯持ってこい! こんなうまい酒は久しぶりだ!」と叫んでいる。
——おいおい、角が立つっての。
ふと、その喧騒の中でカルアの姿が目に入った。
彼女は手を叩きながら、こちらを見つめていた。
人混みの中でも、不思議とすぐにわかる。
目が合った瞬間、カルアはふわりと微笑み、小さく手を振る。
その笑顔に、胸の奥がほんの少しだけ、あたたかくなる。
自然と、口元が緩んだ。
——まあ、みんなが喜んでくれたなら、それでいいけど。
俺は拳を空高く突き上げた。
その瞬間、歓声がさらに大きくなり、会場全体が沸き立つ。
割れんばかりの喝采と興奮の渦の中——ふと思い出した。
「……あ」
——いけね、腹蹴るの忘れた。
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