001. 納得できません
「納得できません!」
バンッ!と 机を叩く音が部屋に響く。
ルクスが身を乗り出し、俺の顔スレスレまで迫ってきた。
ふわりと黒髪が揺れ、微かに香る。
緩くウェーブがかった髪に、深い緑がかった黒の瞳。
この世界では珍しい黒髪黒目の持ち主——。
年寄り連中には『古の魔王と同じ』とかで忌み嫌われてるが、今どき気にする奴は少ない。
……見た目だけなら、俺の理想そのものだ。
勝気な瞳に華奢な体つき。
転生前のゲームで、俺がドハマりしたキャラ、そのまま。
……だったのに。
「まさか、こんなウザい奴だったとはな……」
ゲームの中の彼女は——。
不遇な生い立ちと、儚い宿命を背負いながら、普段は無口で大人しい。
けれど、内には燃えるような情熱を秘めた、薄幸の美少女キャラだった——はずだ。
……少なくとも、ノックもせずに上官の部屋へ突入してきて、キャンキャン吠え散らすお子ちゃまではなかった。
俺は手元の資料からゆっくり目を上げ、わざと気怠そうに言う。
「ルクス。突然すぎて、何を言ってるのかまったくわからんぞ」
「転籍の件です!」
即答するルクス。
「魔特隊から入隊打診があったのに、隊長が勝手に断ったって聞きました!」
——誰だ、情報を漏らしたのは?
斜め向かいに座る副隊長、カルアに視線を向ける。
彼女はにっこり微笑み、肩をすくめた。
その仕草は——振らないでね、私は知らないよ……と、いったところか。
「誰がそんなこと言ってんだ」
探るように問うと、ルクスは即答した。
「魔特隊のジルア副隊長から聞きました!」
——あのインテリひげ野郎か!
隊長である俺や副隊長を飛ばして、本人に直接打診?
タチの悪い引き抜きじゃねぇか!
いくら王子直轄部隊でも、軍のルールを無視するのは問題だろう。
思わず、大きな溜息が漏れた。
……と、普段ならカルアに「また溜息」と咎められるところだが、今日は見逃してくれたらしい。
溜息をつくのは俺の悪い癖で、それを諫めるのがカルアの日課でもある。
彼女は俺ではなく、ルクスを見据え、公爵令嬢らしい落ち着いた声で問いかけた。
「それで、あなたはどう返答をしたのですか?」
ルクスは一瞬、ビクリと肩を震わせた。
まるで今初めてカルアの存在に気づいたかのように。
けれど、すぐに姿勢を正し、向き直る。
「はい……光栄です、とだけお伝えしました。でも、コール隊長が反対しているから無理かも、とジルア副隊長が……」
——恩を売るフリして嵌めるとは、タチが悪すぎる……!
俺は内心で舌打ちした。
あのインテリひげ野郎が!
しかも、俺を悪者に仕立てあげるとは、やり口が汚い。
ルクスは再び俺に向き直り、さらに文句を重ねてきた。
「こんな私を拾ってくれた隊長には感謝してます。でも……でも、これはチャンスなんです!」
必死な表情で続けるルクス。
「エリート集団の魔特隊に誘われるなんて、もう二度とないかもしれません。私は、自分の力が通用するか試してみたいんです!」
「魔特隊に入ったからって、自分が変わるわけじゃないぞ」
「それでも……軍の精鋭部隊じゃないですか! うちみたいな、ショボい……あっ、小さな事案ばかりじゃなくて、もっとやりがいのある重大任務に参加したいんです!」
——今、こいつ「しょぼい」って言おうとしたな。
俺は目を細め、腕を組む。
……こいつ、自覚してないのか?
俺たちを見下してるってことに。
いや、悪意がないぶん余計タチが悪い。
その無神経さが、ますますイラつかせる。
こいつは知らない。この世界の本当の残酷さを。
俺が知っている、物語の結末を。
希望に満ちた物語の裏に潜む、数多の犠牲と悲劇を——。
だが、今はまだ教えられない。
俺自身、どうすればいいのか、答えが出せていないから。
こみ上げる苛立ちを拳に込め、ぐっと握る。
……が、必死に押さえつけ、冷たく言い放った。
「……まぁいい。とにかく俺は許可しない。却下だ、却下!」
「なぜですか?」
しつこく食い下がるルクスに、俺は疲れたように肩をすくめる。
「時期尚早だ。お前の実力じゃ魔特隊ではやっていけない。そう判断した」
いい加減、相手するのに疲れ、語気を強めて言い放つ。
ルクスは何か言い返そうとして——ぐっと唇を噛みしめ、俯く。
肩が小さく震えている。
——やべー、泣かしたか?
ちょっと言い過ぎたかと思い、慰めようとした瞬間。
ルクスが顔を上げ、わざと視線を逸らしながら、ぽつりと言った。
「隊長は……私のこと好きだから、手放したくないんですよね?」
……なっ、はあぁ!?
言葉が詰まる俺をよそに、ルクスはふんっと胸を張る。
「え、えっと……そ、そんなに私のことが……?」
「ちげーよ! 何勝手に勘違いしてんだ!」
あまりのウザさに、俺はついにブチ切れた。
「とにかく俺は認めん! グダグダ言ってないで、訓練に戻れ!」
堪えきれなくなった俺は椅子を蹴って立ち上がり、ルクスの隊服の襟を掴んで、そのまま部屋の外へ引きずり出した。
「ギャーッ!? ひどい! パワハラですー!!」
ルクスはギャアギャア喚いていたが、知ったことか!
転生前の会社でこんなことをしたら間違いなく訴訟案件だが——ここは異世界。
そんなもん関係ねぇ!
「ふふっ……」
振り返ると、カルアが口元を押さえて肩を震わせている。
「なに笑ってんだよ!」
俺が睨むと、カルアは笑いを堪えきれずに両手を上げた。
「ごめんごめん。でも、さすがに今のは……プッ……我慢できないわ!」
涙が出るほど笑うなんて、そんなに面白かったか?
……いや、まぁ、面白いわな。
冷静に考えると、完全にコントだった。
カルアは目尻の涙を拭いながら、やれやれと肩をすくめる。
「彼女、入隊した時から変わってないわね。上昇志向が強くて、自分を認めてほしいって気持ちが大きい。でも、他人の気持ちや空気を読むことには、全然興味がないみたい」
——さすがカルア副隊長。部下の内面までよく見てる。
辛辣だけど、的を射てる。
さすがだ、もう今日から君を『さすカル』と呼ぼう。
「今、失礼なこと思ってませんか、コー、ル、隊長?」
笑顔から一転、冷ややかな目で睨みつけられた。
——冴えてるな、さすカル!
「それにしても、魔特隊の副隊長自ら新人に直接打診するなんて、ずいぶん積極的ね。裏がありそうだわ」
カルアがふっと笑みを消し、真顔で俺を見る。
「本人にとって悪い話じゃないとは思うけど、隊長が彼女を守りたいなら、慎重に行動しないとね」
その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
カルアの微笑みは穏やかでありながら、どこかすべてを見透かしている——まるで獲物を前にした猛獣のようだ。
——もう一度言おう、さすカル!
心の中でカルアを賞賛しつつ、一方で俺は鼓動が高鳴るのを感じていた。
ジルア副隊長の動き、ルクスの焦り……。
この異世界を舞台にした物語が、確実に動き出している。
『ブレイブハーツクロニクル』——俺はこの物語を知っている。
かつて俺が熱中したゲーム。
そして、俺が転生した世界。
そして、結末も——。
俺は拳を強く握る。
いや——違う。
知っている、なんて生易しいものじゃない。
俺は、この世界の結末を覚えている。 だからこそ——ぶち壊すしかない。
準備はしてきた。
俺のすべてで、この物語、『ブレイブハーツクロニクル』を塗り替えてやる。
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