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異世界転移-2

「ところで春、夏、冬もあるってことは俺以外の…その、啓示はあと三人いるってことですよね」

「ええ、その通りです」

「その人達と会えたりとかは出来るんですか?」

「もちろんいずれその場を設けさせていただきます。しかし各啓示様の意思が最優先となります故詳しい日時はお答え出来かねます」


申し訳ありませんが、とソファに座り直した葉さんが謝るので、慌てて首を振る。

信用しているとはいえ、彼を困らせたいわけではない。

今の俺は恐ろしいことに彼より偉い立場らしく、無意識だったり何気ない発言が丁寧な葉さんを気遣わせるのは申し訳ない。

「いつか会えたら嬉しいですね」とだけ言っておくことにした。


「さて、そして貴方方が啓示と呼ばれる理由についてですが」

「(覚えててくれてた)」

「そもそも他の世界から人を喚ぶ目的が、「世界の発展」だったからです」

「…ん?」

「こちらをご覧下さい」


先程の本をまた何ページか捲り、見開きにしてテーブルに置く。

そこに描かれていたのは一枚の絵画と日本語のような文字列だった。

しかし注視してみるとよく似てはいるが異なる形のもの、日本語とまったく同じ形のもの、中国語のようなものがそれぞれある。

どうしてこんなにも言葉が似ているのか、そもそもどうして違う世界で言葉が通じるのかという疑問は一旦飲み込んだ。


「この絵に描かれているのは最初の啓示に指示を仰ぐこの世界の民です。民衆にはおとぎ話として伝わっておりますが、信心深い者や我々のような召喚に関わる人間には過去の記録として認識されております」

「最初の啓示ってことは数百年とか数千年前にこの世界に来た別世界の人ってことですか?」

「はい。最初の啓示様は名前の記録が無く便宜上始祖様とお呼びしていますが、このお方はこの世界にまだ無かった様々な技術や観念を持ち込みました。始祖様の降臨は伝統儀式が起こした奇跡とも始祖様が自主的に来られたとも伝えられています。ですが明確な事実はまだ分かっておりません」


葉さんの長い指が絵の女性とも男性ともつかない人を指差している。

そう見えるように描いているのだと言われてしまえばそれまでだが、何か神々しいものを感じさせる不思議な絵だ。

食い入るようにその人を見つめていると、その指先は絵から文字へと移った。


「この経験から我々は他の世界から降臨した者は様々な益を世界にもたらすと考え、召喚の儀式の技術を発展させていきました。彼らの狙い通り、別世界の者は様々なものを持ち込みました。福祉、教育、法律、建築…そういった我々に無いものを示してくださるという意味で、敬意を以て啓示様とお呼びしています」

「…長い長い歴史の賜物なんですね。…あの、気になることがあるんですけど」

「はい、何でもお尋ね下さい」


葉さんの話を聞けば聞くほど、今の自分の立場である啓示とやらは錚々たる人物として扱われることを理解した。


「かつて喚ばれた啓示ってどんな人達だったんですか?」

「多くの人を教え導いた方や数々の国を統治した方、流行り病の特効薬の生みの親、それと競技選手として業界を作った方など様々いらっしゃいます」


しかし聞けば聞くほど、今なぜ自分がその錚々たる偉人達と同じ枠組みにいるのかが分からなくなってくる。

俺は国を統治できるような知識とカリスマを持っているか?

いいえ。

世界中を助けるような技術を知っているか?

いいえ。


「あの、もしかしたら凄く失礼なことを言うかもしれないですけど…俺、めっちゃ場違いじゃ?」


葉さんってそんな顔出来たんだ。

出会って数十分、俺達の関係は浅く未完も未完だが、俺の質問を聞いた葉さんに対して失礼ながらそう感じた。

これまで吃ったり表情を小さな微笑み以外で崩したりすることのなかった彼が苦虫を噛み潰したような表情をするものだからつい笑いそうになってしまう。

この人がそのような顔を見せるということは余程まずい事情があると予想できるので、すぐに笑っている場合ではなくなりそうだけれど。

何度かううんと唸った後、細く長いため息を吐いて「ご説明致します」と姿勢を正した。


「此度の召喚は100年に一度の召喚であると申しましたのは覚えておられますか」

「はい。同じタイミングで他の三国もやるんですか?」

「その通りです。こういった大規模な召喚儀式には国家召喚師という資格を持つ者を起用します。召喚師の中でも特に優秀であると国が認めた者を指すと思って頂ければ」

「何かいやに現実的だな…いえ何でも無いです、続けてください」

「代表の国家召喚師を選出しその者が啓示様をお喚びするのですが…はあ」


やれやれとでも言いたげに彼は頭を抱える。

ピタリと美しく揃っていた髪の毛が少し乱れてしまっている。

一体何を告げられるのだと彼の様子を見てドキドキしながら葉さんの言葉を待った。

数秒再び沈黙が訪れ、葉さんは「大変失礼な事を伺いますが」と前置きし俺の目をじっと見つめた。


「…空井様、ご自分が召喚された時のことを覚えていらっしゃいますか?」


頼むからどうか覚えていると言ってほしい。

葉さんの目はそう物語っていた。

俺の返事はきっと葉さんに何かしらの確信をもたらすのだろう。

期待通りのことを言って差し上げたかったけれど、真剣なアンバーの前で嘘は吐けなかった。


「……お、覚えて、ない…確か高校の入学式に行こうとして…家を出て…あ、れ?」

「!空井様!!」


そうだ、俺は高校に行こうとしたんだ。

新学期一発目はバシッと決めて、新しく出来た友達と連絡先を交換して、これからの3年間を楽しみに家を出たはずだ。

いつもより早起きして、母さんに見栄えの良い弁当を朝早くに作ってもらって、妹と洗面台を取り合った。

父さんからチャンネル権を奪い取って、今日の星座占いが上位であることを確認した。

何もかもちゃんと覚えているはずなのに、行ってきますと声をかけた瞬間からの記憶を何も思い出せない。

唇を生暖かい血が滑り落ちた。


「…落ち着きましたかな?」

「もう止まったみたいです。すみません急に鼻血なんか」

「いえ私の不手際です。この責任は後に取らせて頂きますのでしばしの間私が説明することをお許し下さい」

「いやいいですって!責任とか怖いこと言わんで下さいよ!」


鼻の中を伝った血は制服のズボンに垂れ落ちる前に葉さんがどこからともなく取り出したハンカチによって受け止められた。

下を向いて鼻を摘みながら、久しぶりに鼻血なんか出したなあなどと呑気に考えていたら、部屋の外に待機していたらしい女性が二人素早く駆けつけ、葉さんの指示に従いテキパキと鼻血の処理をした。

鼻根を冷やしティッシュで血を止める手際の良さに感動していると、鼻血が治まったことを確認した彼女らはすぐに部屋を出た。

行動の素早さがスパイや忍者のそれである。

何より一言も話さなかったのがあまりにも格好良かった。


「保有する魔力が少ない者が召喚されると召喚前後に一時的な記憶障害を起こすことがあるのです。空井様の症状はおそらくそれに起因した脳の混乱でしょう」

「忘れてることを無理やり色々思い出そうとしたからパンクしちゃったみたいな感じですかね?」

「ええ。本当に申し訳ありません」


また深々と頭を下げるので慌てて止めに入る。

人は忘れていると認識したものは思い出そうとするものなのだから葉さんのせいではないと言葉を尽くすが、いま一つ彼は納得がいってなさそうだ。

「そんなことより!」と無理やり話題を変えることにした。

自分の絶望的な会話力の無さに自分でも驚く。


「魔力って何ですか?俺がいた世界には言葉としてはあったけど実際見たことはなくて」

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