表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/11

5

「デボラの形代だな。俺に何か用か、使い魔」

「……私はデボラさんの使い魔じゃないわ。通りすがりの名もなき幽鬼よ」

 声の震えを押し隠しながら、エレナはへらっと笑ってしらを切った。

(何て美しいの……)

 鈍色(にびいろ)の仮面に、顔が半ば隠されていてもわかる。

 とうに四十は過ぎているはずなのに、冴え冴えとした美貌は二十代の青年にしか見えない。しかし、仕立ての良い黒一色の衣装に身を包んだ立ち姿は堂々としていて、辺りを払うような威厳がある。

 風の便りに、魔力が顕現したと聞いていた。

 魔術師には、長寿で美しい容姿を持つ者が多い。精霊の力とも呼ばれる魔力は、遠い祖先の時代に交わった精霊の血が表に出たものとされている。だからなのか、年を重ねるにつれて、魔術師の外見は人ならざる者に近くなる。

 昔から彼は容姿が整っていた。きれいな金髪だった髪は、今は月光を跳ね返す硬質な銀に変わっていたけれど、エレナを見つめる瞳の色はきっと、彼女の身を包むドレスの色と同じ、藍色のままだ。

(そういえばデボラさんも、昔より耳がとがっていたわね)

「!! ………っ、……そう、か……」

 クレメンスがかすれた声で答えるまでに、何かを飲み込むような間があった。

「ところで魔術師さん、あなたには奥様はいらっしゃって?」

「………は?」

 エレナがのんびりと問うと、今度は呆気に取られたような間が入った。沈黙にも色んな種類があるのね、とのん気に感心しながら、エレナは男の答えを待った。

「いや、独り身だ」

 その答えに、エレナの胸が小さく高鳴った。念のため、さらに確かめることにする。

「それならご結婚のお約束をされている方や、お付き合いをされている方は?」

「個人情報が好きな幽鬼だな。それもいないぞ」

 今度はちょっと笑って、クレメンスはあっさりと答えをくれた。

「ああよかった」

「何が『よかった』なんだ?」

 エレナが安堵のため息をついている間に、クレメンスはすぐそばに近づいていた。記憶の中より更に高くなった背や広い肩幅に、幼馴染もまたひとりの大人の男になったのだ、と遅ればせながら実感する。

「奥様や恋人がいらっしゃる方に、こんなお声がけしたら失礼でしょう?」

「まあ、そうだな。律儀だな」

 くっくと笑いながらクレメンスは答えた。ぶっきらぼうなのに温かい声に、エレナの胸は締め付けられる。彼はぱっと見、気難しそうな印象を与えるし、態度も偉そうだから分かりづらいけれど、実は気の優しい人なのだ。

「ねえ魔術師さんーー」

「おい幽鬼、今夜は昔話をしたい気分なんだ。少し付き合ってくれないか」

 ためらいがちにエレナが口を開いたところに、クレメンスの声が重なった。その言葉には、どこか切羽詰まった響きがあった。

 エレナも「お暇ならお酒でもご一緒しない?」とお誘いしようとしていたので、もちろん異存はない。

「まあ、素敵。お話、聞かせてくださいな」

 エレナが一も二もなく承諾すると、クレメンスの肩から力が抜けた。

「それなら広場へ行かないか? こんな晩なら、屋台の酒も悪くないぞ」

「いいわね。ちょうどホットワインが飲みたかったの。広場はこっちね」

「おい、どこへ行く。逆方向だぞ」

 明後日の方向に向かおうとしたエレナの腕をさりげなく取ると、クレメンスはエスコートするようにゆっくりと歩き出した。

「まったく……。変に行動力があるところも、方向音痴なところも、ちっとも変わっていないな……」

「え? 何か言った?」

「いや、何でもない」

 彼の腕の暖かさを感じながらうきうきと歩いていたエレナは、クレメンスが何かをつぶやいたような気がして、自分より頭ひとつ分、高いところにある彼の顔を見上げた。けれども返ってきたのは、昔と変わらない、ちょっと呆れたような優しい笑顔だけだった。

(……もう、昔とおんなじ笑顔なんて、ずるい……)

 死ぬまでの人生にはそこそこ色んなことがあったから、自分は身も心も擦り減ってくたびれたというのに。この人は想像の何倍も素敵になっている上に、いいところは変わっていないなんて不公平だ。

(心臓、持つかなあ……)

 デボラの腕を信じるしかないが、夜は穏やかに過ぎてくれなさそうで、エレナはうるさく鳴る胸をそっと手で押さえた。


読んでいただきありがとうございます。

お気に召していただけましたら、評価や「いいね」していただけると作者のはげみになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ