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「ま、こんなもんかしらね」

 着付けを終えたエレナを上から下まで眺めて、デボラは満足げな笑みを浮かべた。

「うわあ……」

 結局デボラは、下着や服だけでなく、靴やアクセサリーなどの小物も用意してくれた。

 今エレナが着ているのは、藍色のクラッシュ・ベルベットのドレスだ。濃紺より少し明るい青の地には、銀の星を散らしたような刺繍が入っていて大人かわいい。

 大きく開けられた胸元には同色の繊細なレースが重ねられ、見えそうで見えない、絶妙な線でとどまっている。身ごろは膝下までぴたりと肌に添うように細身で、そこから先は、花開くようにふわりと広がっている。

 サイズがちょっとでも違っていたら着られそうもないデザインだが、デボラが魔法でちょいちょいっと調整したらぴったりになった。

 それにしてもーーーーーーー

 生きていた頃だったら、間違っても選べない大胆な装いだ。

(こんなドレスで夜会に行ったら、『破廉恥!』とか言われて、あっというまにスキャンダルよね)

 貴婦人らしい淑やかで慎ましやかな衣装しか袖を通したことがなかった。

 ようやく、もう生きていた頃の自分ではないのだと実感できて、心がふわりと軽くなった。

 頬を紅潮させて鏡をのぞき込むエレナを、魔女がいとけない子供でも見守るような目で見ていたことに、彼女は気づいていない。

「なかなか似合ってるじゃないの。あんた地味だけど妙な色気があるし、様になってるわよ」

 ドレスを着る段になってエレナは気づいたが、体の曲線が、こう、前よりも大胆なカーブを描くようになっていた。鏡に映った顔も、なぜか二十歳くらい若返っていた。これも魔女の力のご利益だろうか。

「ううん、デボラさんの腕がいいからよ」

 彼女はエレナの髪を綺麗に結い上げて、化粧もしてくれた。なかなかサービスがいい。


「そうそう、これも忘れないで」

 支払い依頼書を書き終わって、テーブルから立ち上がったエレナに、デボラは何かをぽいっと投げて寄越した。見ると、ドレスのレース飾りと同じ素材で作られた、目元だけを隠すマスクだった。

「知ってるでしょ? 今夜のしきたり」

 片眉を上げて確認する魔女に、エレナはゆったりと微笑み返した。

「ええ、もちろんよ」

 この地方では、ハロウィンの日の日没以降に外出する者は、素顔が隠れる仮面を着けるか、仮装で正体を隠すことになっている。

 闇を徘徊する魔物に狙われないようにするためだとか言い伝えられているが、今ではすっかり仮装パーティの趣きだ。広場には屋台が並んで出し物も行われ、皆、飲んで食べて踊って、非日常の解放感にふける夜なのだ。

「じゃ、さっさと行きなさい。体も服も返さなくていいから、未練を残さず楽しむのよ」

「ありがとう。お世話になったわ、デボラさん」

「あ、ねえーーーー」

 魔女が開いた玄関ドアをくぐって、夜の冷気を頬に感じたところで、エレナは呼び止められた。

「なあに?」

「ひとつだけ、すごく難しいけど朝日が昇っても魔法が解けなくなる方法はあるの。知りたい?」

 そう問いかける彼女の表情は、今までとは打って変わってどこか緊張していた。

「ううん、いいわ。思い残したことって、ひとつだけだもの。一晩で充分よ」

 エレナがあっさりと断ると、デボラは二、三度迷うように口を開け閉めした後、自分を納得させるようにつぶやいた。

「そう、そうよね。滅多に上手く行くことじゃないし、望みをかけて後で泣くくらいなら、はなから知らない方がいいよね……」

「それにうっかり生き返っちゃったら、色々と困るんじゃないかしら? 身分証明とか、お仕事とか住む場所とか」

 死んでまで路頭に迷うのはいやだ。

「あんた、変なとこで現実的よね。じゃあ、最後に一個だけ大事なことを言うから、よく聞きなさい」

 気を取り直した様子の魔女は、真剣な顔で言い渡した。

「自分の本当の名前、ぜったいに名乗っちゃダメよ。術が解けちゃうからね」

「わかったわ」

(どのみち、そうするつもりはないもの)

 エレナがしっかりとうなずいたのを確認すると、「それじゃいってらっしゃい」とデボラに送り出された。

「さてとーーーー」

 自分が立つ裏通りをエレナは見回した。先ほどまで降っていた雨が止んで、今は石畳に月の光が静かに降り注いでいる。

「では、行ってみますか」

 最後にデボラが「右よ、右の方に行きなさい」と妙に強く念を押してきたので、素直に従ってみることにした。


読んでいただきありがとうございます。

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