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第捌拾伍話 最後の賭け

「......大方予想はついてそうだけど、話す必要あるの?」


 サーリヤはホワイトボードに張られた写真を見て、つまらなさそうに呟いた。


「まぁ、必ずしも話す必要は無いんだが......官僚組織というものは仮説だけでは動かんからな。情報には裏付けが必要ということだ」

「次の人類を犠牲にしてでも?」

「次の人類......?」


 セルゲイは困惑した表情を見せて押し黙るも、すぐに顔を上げる。表情は険しく、冷や汗が一筋。


「ま、まさか......」

「あの、次の人類ってどういう......」


 耐え切れずにルカがそっと手を上げる。


「それについてはわたくしが説明致しますわ!!」

「うわぁっ?!」


 突然ドアをぶち開け、騒がしく乱入したのはノルトフォーク。当然の如くセルゲイの隣に並び立ち、ジッとルカと、イヴァンナと、サーリヤと見渡していく。


「全員揃っているようですわね!!」

「はぁ、全くこんな状況だと言うのに元気だな。貴様は」


 呆れ声でセルゲイが呟いて、倒れ込むように椅子に腰掛ける。


「それで、次の人類とはどういう意味か。そういう話ですわよね?」


 ピシリと指揮棒をルカに突き付ける。


「え、えぇまぁ......」

「これを話したら、もううだうだ言ってられる暇は無くなりましてよ。それでもよろしくて?」

「そんな話今更だろう......もう再起のチャンスは今しかないんだ」

「後にも先にも引けず、というやつだな。ま、よくあることだ。負けそうになったら一か八かやってみたくなる」


 確かに、ユーラシア大陸の崖っぷちまで追い詰められたのだ。ここから大逆転を狙うならば、もはや先ばかり見据えていては動けない。


「じゃあお話しましょう。けれど、まず質問。あなた方は何番目の人類でしょうか!! はいジャガーノートちゃん、答えて!!」


 名指しされたサーリヤ。しかし、眉一つ動かさず沈黙。


「ちょっと!! 折角振ったんだから答えてくださいまし!!」

「六七番目」


 少し目を逸らしつつサーリヤが答える。


「正解!! そう、あなた方は六七番目の人類......もとい知的生命ですわ」

「つまり私達は創られた命だと?」

「いえ、そうではございませんわ。全ては進化の結果ですの。地球上の全ての生命が消えた後に、もう一度やり直しているだけですわ」


 セルゲイは頭を抱えつつ、ため息混じりに問う。


「我々が六七番目だとして、ではなぜ石油や鉱物資源がまだ地中に眠ってるんだ? 生物史全体をやり直してるなら既に空っぽじゃないのか?」

「そんなの、再利用されているだけですもの。石油も、鉱物資源も。前の知的生命のリサイクル品に過ぎませんわ」


 ちんけな会議室には不釣り合いなほどの重たい静寂が包み込む。


 何度も負け、繰り返してきたということは、それがある意味必然であるということだ。六七回もやって勝てないのなら、今回で奇跡が起きて勝てるなどということはあり得ない。


 そういう風に考えるのが妥当というものであり、奇跡を願い焦がれるほどに、奇跡は遠ざかっていくのも世の常だ。


「......狼狽えても仕方がないか......しかし、それが事実だとして、どうやって国際社会を纏め上げるつもりだ? 政治を動かすには証拠が必要だぞ」

「それには心配及びませんわ!! 月面に動かぬ証拠がありますもの!!」

「はぁ、月面ってな、どうやって月まで行くつもりだ?」

「いえ、月まで向かう必要はありませんわ。好奇心旺盛なのに臆病な人間のことですもの、きっと月で見つけたあの碑文も公開せずに隠し持っているに違いありませんわ!!」


 セルゲイは世界地図を指差し、声のトーンを上げて言う。


「今からアメリカに行くってか? 内戦中でしっちゃかめっちゃかのアメリカにか? そんな余裕なんてないぞ??」

「証拠が必要と言ったのはそちらでしょう?」

「だからといって──」


 セルゲイが立ち上がろうとした瞬間、イヴァンナが一枚の写真をセルゲイに投げ渡す。


「ん? なんだ急に......」


 椅子に座り直し、写真を眺め、セルゲイの顔に浮かぶ表情は疑問から驚きへと変わっていく。


「この写真は本物か?」

「本物だ。神に......いや、我が祖国に誓おう」

「なんの写真ですか?」

「......まぁ、見せても良いか」


 受け取ったのは酷く古めかしい風体の写真だ。薄いフィルムに覆われてこそいるものの、中身はかなり劣化している。


 写っているのは灰色の大地と、真っ黒な空。そして無秩序に石ころが落っこちている中で一際整った台形のモノリスと、見たことも無い謎の文字列。


「月の碑文......NASAが秘匿していたものだ」

「な、なんでイヴァンナさんが......」

「アメリカが内戦になる前に、チラッと話を聞いてな。こっそりと持ち出してきただけだ。なに、追手の心配は不要だ」

「イヴァンナさんって一体......」

「詮索してもいいが、そんな余裕は無いだろう。さて、証拠はあるわけだが......」


 イヴァンナはノルトフォークに目配せし、ノルトフォークはよろしい、と言って誇らしげな表情を見せる。


「では、わたくし達が叩くべき地点をお教え致しますわ。各国との交渉、頑張ってくださいまし」

「はぁ、また俺なのか......」


 嬉しそうな顔でため息をつくセルゲイを横目に、ノルトフォークの指揮棒が地図の一点を指し示す。


「ズバリ!! 叩くべきは全ての始まり、ロンドン──の上空に滞留している巨大積乱雲ですわ!!」

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