第捌拾弐話 次の火種
──西暦二○○二年 一月二日──
シベリア鉄道に対し襲撃を繰り返していた武装難民に対し、シベリア鉄道近隣に駐屯していた部隊が攻撃を開始。
武装しているとはいえ、避難民に対し攻撃したという事実は他の避難民達の闘志に火を付ける結果となった。
どこから情報が広がったのかなんて、もはや捜査する必要はない。
いま目の前に、必死に戦っている兵士と人々が居て、そんな有難い価値ある人々に、なんの役にも立たない避難民が邪魔立てしてきたというだけ。
誰も彼も、我慢の限界だった。
だから、盛大に撃ち放した。これまでの溜まりに溜めた鬱憤の、その全てを唾棄するように。
この日この時、ロシア全土で同時多発的に避難民が蜂起を宣言した。
シベリアの軍管区は指揮下の部隊を集め、中央からの命令を無視して独自に武力鎮圧に乗り出した。
極東では幾つかの自治共和国が独立を宣言。極東軍管区は武力による鎮圧は避け、共同で防衛線を構築し始めている。
中国は中華人民及び要人の保護を御題目にシベリア鉄道沿線へと進駐を開始。
シベリア鉄道は事実上、中国の支配下となった。
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──同月五日 ウラジオストク臨時ロシア政府──
隙間風は冷たくとも仄かに暖かい、暖炉付きの贅沢な執務室。目の前には両手を手錠で縛られた女性が一人。
セルゲイは口元を隠し、鋭く目線を吊り上げて問う。
「全く、作戦行動中で不在だというのに急に呼び出そうとして、指揮権を委譲して急行すれば今度はそこかしこで火の手が上がっているときた。それで、話とは? 罪人エカテリーナ」
第二次アメリカ内戦が始まった辺りから、国家の中枢機能は比較的安全な極東のウラジオストクへと移していた。
ルーマニア南部で展開していた部隊は中東諸国やインド、中国を経由して帰還する予定で、内戦により本国に居た軍もバラバラに争い混迷を極めている。
この状況で、エカテリーナが先とはいえ話があるなどと呼び出したのだ。裏を読まずにはいられない。
「......話すことは、もうない。もう手遅れだから」
「ほぅ? わざわざお前に護衛まで付けてやり、大混雑中のシベリア鉄道に無理を効かせて、安全なウラジオストクまで輸送してやったというのに......感謝くらいしたらどうだ?」
「......」
エカテリーナは黙りこくって話さない。
とはいえ、なんの話をしたかったのかは大方予想が付いてしまう。
「さて、現在ロシアは事実上の内戦──第二次ロシア内戦の火中にある。話というのもこのことに関してか?」
「......そう」
「ならば話せ。既知の情報だろうとなんだろうと、なんでもいいから話せ。今のお前の価値は何か情報を持っているという可能性のみだ。死にたいのなら話せ。価値が無くなれば、殺してやれるぞ?」
警備兵から、エカテリーナの自殺願望については報告を受けている。
揺さぶるなら生よりも死の方が効果的だろう。
「......まず、これはエリシャスのせい」
「これ、というのは我が国の現状に関することか? それともアメリカの件についてか??」
「アメリカについて。ロシアは......ただの巻き添え。詳しくは......知らないけど......」
「ただの巻き添え......そうか巻き添えか......」
確かに、爆心地はあくまでもアメリカ。ロシアは誘爆しただけと言えばその通りかもしれない。
事の発端はアメリカの対中東工作の失敗。そこから芋づる式に過激派、思想集団、反政府組織や被差別の民が声を上げ、拳を上げ、銃を握り締め。そうして冷戦期から燻っていた火種は巨大な炎となって燃え上がった。
言ってしまえば、それまでのことだ。
「それで、お前はエリシャスについて何か知っているのか?」
「異生物群の一味......ではあると思う。指示を受けて動いただけだから......」
「ほう、指示か。ともすれば、モスクワを焼いたのもエリシャスの指示か? それともお前の意思か?」
「私は異生物群を改造しろとしか言われてない。モスクワを燃やしたのはルノレクスの仕業。私は関係ないっ」
エカテリーナの目は未だ虚ろだ。生きようとも、死にたいとも思っていなさげな曖昧なオーラを纏っている。
しかし、少しづつではあるが言葉の尻に覇気が宿ってきている。もう少し詰めれば、あるいは。
「だがモスクワが燃えた時。お前は嬉しかっただろ。喜んでいたんだろ? それはお前の意思か? 大量の民間人を理由もなく殺しておいて、何か思うことの一つもないのか?」
「死んでもいいでしょ......人間なんか、多すぎるくらいなのに!」
「なるほど、そういう思考か......」
人間を恨んでいる。そういった類いの感情だろう。
だが、そうであるならばなぜアラビア海の怪物に関する情報を渡したのかが謎だ。
アフリカ大陸が沈没したことと何か関係しているかどうかは定かではないが、完全に関係ないというわけでもないだろう。情報を伏せたままであれば、より良くない事態に発展していた可能性もある。
とはいえ、それはアラビア海の怪物とアフリカ大陸沈没の件が関連していればの話。ルカの報告を待つべきだが、回収用の輸送機すら飛ばせない。
インド、太平洋を経由しての航路だと、もう数日は待つことになりそうだ。
「他に知っていることはあるか?」
「............ない」
沈黙が長い。迷っているな。
大罪人であるエカテリーナが死のうがどうでもいいが、情報を墓まで持っていかれた挙句に敗北を喫するというのはごめん被る。
「はぁ、精々そうしていろ。だが、どんな手を使ってでも情報を吐かせてやる。情報を吐くまでは死にたくても死なせんぞ。いいな?」
長い沈黙が過ぎ、警備兵を呼びつけてエカテリーナを送らせようと電話に手をかけたタイミング。
エカテリーナが待ったをかけた。
「......なんだ? 飯についてなら聞かんぞ」
「話す......知ってることを話す」
「............ようやく話す気になったか。それで、何を話してくれるんだ?」
「アフリカ大陸が沈んだってことは、それなりに二次被害も出たんでしょ......何人死んだの?」
死んだ人数について気にしている、といった様子では無さそうだ。
「死者については、未だ正確な数値は出ていないが......」
紙の山から何枚か資料と報告書を抜き取り、ざっくりと足し合わせていく。
「............そうだな......ざっと一億人......行かないぐらいか。内戦による同士討ちと三次被害の影響を加味したら、といったところだが......世界的な食糧危機も近いからな、今後加速度的に死者数は増える見積もりだ」
「それなら、備えた方がいい」
「備えると? 何にだ?」
「......指示を受けて、異生物群を改造してた。夜間でも活動できるようにして、攻撃の頻度を増やして、人類側の情報も知ってる範囲で流してた」
「ほう......」
もはや一々咎める気など起きないが、とんでもないことをしてくれたものだ。
情報を持っていなければ、極刑すら生温かっただろう。
「色々やってきたけど......結局、目的は全部死者を増やすため。とにかく死者を増やして......ポイントを稼いで、溜めて、一発大きな致命打を放つ。ルノレクスもそうだった。大量の死者の魂で、ああやってこっち側に持ってきた」
「............また何か来るのか」
「たぶん、一億人を越えたタイミングでまた何かが来る。今度はもっと、強い奴が来る」




