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第漆拾玖話 人類種最大の天敵

 ──旧ルーマニア コンスタンツァ港より二〇キロ南方──


 負傷者で溢れる指揮所近くの野戦病院。呻き声と悲痛の叫びで溢れるものの、手足の無いような悲劇的な姿の者は僅かである。


「こうして見ると、ほとんど軽傷ばかりですわね」

「手足が飛ぶくらいの怪我だったら死んでる」

「そうですわねぇ......まったく、運がいいのやら悪いのやらっと、アレですわね」


 誰も彼も、どこか血やら泥やらで小汚い中。嫌に小綺麗な少女が一人横たわっている。


 海色の長髪。黒鉄色のやや作り物っぽい派手な軍服。


「日本で人気のコスプレってやつですの?」

「私に聞かないで。でも、この顔......どこかで見たことある」

「どこかで、ねぇ......」


 サーリヤとノルトフォーク二人して、ジッと覗き込む。確かにどこか見覚えのある顔。しかし、どれだけよく見ても思い出すには何かが引っ掛かる。


「......んう??」

「あ、起きましたわ」

「寝言じゃない?」

「............だれ......」


 声は問題なく聞こえているようだが、目は開こうとしない。そこまで照明は明るくはないはずなのだが。或いは目を開きたくないのか。


「ほらほら、起きてますわよ」

「私はサーリヤ。あなたは?」

「ちょっと? 無視しないでくださいまし??」


 サーリヤの声を聞いて、少女の眉がピクリと動く。


「声、聞いたことがある。私は......リヴァイアサン。大海のリヴァイアサン」

「ほう、リヴァイアサン。うーん......あぁ、確かネヴィルの............」


 ネヴィルの子供だと思い至り、ノルトフォークの機嫌が露骨に悪くなる。


「あれ? レヴィアタンじゃなかった?」

「レヴィアタンもリヴァイアサンも読み方の違いでしかありませんわ。で、リヴァちゃん。なぜ貴女はこんなところに居るんですの??」


 古の戦いで姿を消してからというもの、リヴァイアサンの姿は見たことが無かった。


 なぜ今更、それもこんな辺境の黒海沿岸に流れ着いていたのか。


「わかんない......何も、覚えてない......」

「記憶喪失?」

「そんなところでありましょうね......ま、それならここでジッとしていなさい。下手に動かれても困りますわ」


 ノルトフォークが強めの勧告を行うと、リヴァイアサンはゆっくりと目を開ける。


「............何か、やらないといけないことがあった気が」

「直前のことでも、覚えてない?」

「分からない......でも、なんか、見たこと......ある??」

「私?」

「ジャガーノートちゃんの知り合いですの? 顔に見覚えがあるってさっきも言っていましたし」

「んー......あ、そういえば」


 サーリヤはリヴァイアサンの頭にそっと手を添える。


「色々、世話頼まれてたんだった」

「世話って、動物じゃあるまいに......いや、確かに動物......かも??」

「動物じゃない......たぶん......」


 撫でられるがままのリヴァイアサンはサーリヤをジッと見つめ、首を傾げる。


「お姉さま?」

「うん? 姉??」

「お姉さま!!」


 パッと明るい笑顔を見せ、サーリヤに抱き着くリヴァイアサン。サーリヤの対応はおざなりで、抱きしめ返そうともしない。


「......妹なんていないけど」

「いえ、お姉さまはお姉さまですよ~」

「わかんない......ねぇ、これなんとかして」

「は? 嫌ですわ。自力でなんとかしてくださいまし」

「えぇ......」


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 ロシア陸軍の参謀本部より遠く離れた内地も内地。極寒の僻地オムスク、その近傍


 僻地の駐屯基地にしては比較的重武装の、戦車も含む機械化戦力が守衛するは地下に秘匿された特別収容施設。


 核シェルターを流用した収容施設の最奥に、モスクワを燃やした主犯。エカテリーナは収容されている。


 最低限の冷暖房、質素な食事、硬いベッドに薄暗い照明。窓も無ければ空気も薄く、シャワーとトイレでさえ女性兵士の監視が付いて回る。


 有り体に言えば独房。


 エカテリーナは殺してくれと願えど、現状唯一の異生物群(グレートワン)側の情報をよく知る存在として生かされている。


 死にたくても死ねない。床に頭を打ち付ければ、コンクリートの床だ。死ねるかもしれない。だがその勇気も無ければ、覚悟も無い。


 エカテリーナはただただ生きた。置き物のように。何日も、何日も。気が狂うほどの孤独と檻の中で。


「久しぶり。元気してるかな?」


 聞いたことのある声に、エカテリーナは顔を上げる。足元には霧が立ち込め、白いワンピースの少女がしゃがみ込んでいる。


「エリ......シャス......」

「せいかーい。さて、意気消沈な貴女にご朗報があります」

「殺してくれるの?」

「いやいやいやー、そんな物騒なことじゃぁない。ただ、そうだね......」


 エリシャスはエカテリーナの顔を真っ直ぐと見つめ、手を差し伸べる。


「貴女に、もう一度チャンスを上げる。根回しは済んだし、準備は整った。演劇に必要な最後のピースはあとは悪役だけ......」

「嫌だ」


 即決だった。殺してくれないのなら、何をやったところで意味がない。もう世界への復讐にも興味がない。全ては終わったのだ。


 もう、何を餌にされても面倒なだけ。


「うーん、それは困るなぁ......」

「そもそも、もう何も出来ないでしょ。こんな状況じゃ......」

「そこが私がなんとかするよ。その後の最後のピースに、貴女の手助けが必要なの。分かる?」

「めんどくさい」


 投げやりなエカテリーナの応答に、エリシャスは頭を悩ませる。


「しょうがないなぁ......他の人に頼むか......」


 エカテリーナはただ顔をもたげ、うずくまる。


 結局のところ、エカテリーナである意味など無かった。


「............結局、私じゃなくてもよかったんだ」


 引き戻された現実の独房の中で、消えるような声で呟く。自分が何をしたかったのか。復讐なのか、特別になりたかっただけなのか。分からないけれど、このままエリシャスの好きにさせるのはなんだか癪に思えた。


 久しぶりに自分で立ち上がり、独房のドアをノックする。


 少し待って、守衛の声が聞こえてくる。


「......どうした?」

「話したいことが......ある。セルゲイを呼んで」


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 ──アメリカ合衆国 クリーブランド州の廃工場にて──


「我らが真なる神を信ずる敬虔な信徒たちよ。今、新たな天啓が下った......」


 血濡れた魔法陣を取り囲む蝋燭の真ん中で、ローブに身を包んだ男がひっそりと呟いた。


「時は、来た......審判の時が」


 辺りに跪く信者たちが、感嘆の声を上げる。


 待ちわびた。やっとだ。これで悪魔共に天罰が。様々な喜びと怨嗟の声が蝋燭の火を揺らす。


「さぁ、敬虔たる真なる神の信徒たちよ!! 偽りの神を破る時が来た!! 二〇〇〇年もの間続いたキリストの支配に終わりを告げるのです!!」

「「「あぁ、我らが主よ、邪なる偽りたる神々に終焉を」」」

「古き者達よ今ぞ立て!! 我ら、世界を救する者なるぞ!!」


 そう叫ぶ彼らの手には、似つかわしくない多種多様な小銃が握られていた。


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 ──アメリカ合衆国 テキサス州の旧石油採掘場にて──


 月明かりに照らされ、汲み上げポンプに掲げられた黒い太陽の旗印が不気味に(なび)く。


「当の昔に廃棄された石油採掘場......まさかまだ油が取れるとはな」

「これで、我らの戦車も動かせる」

「テキサスの空軍基地を奪えば、航空戦力すらも我らの物に......」


 整えられた軍服。腕章に描かれるはジーク・ルーンと黒い鈎十字。


 ライヒスアドラーを模った軍帽を深く被り、目は伏せ口は不気味な笑みを描く。


「我らが主の命に従い、我らは我らの目的を果たす」

「経済帝国アメリカの破壊。そして......」

「偉大なるアメリカの破壊と、再生。我らは暴力により国家を内より突き崩し、真に世界に覇を轟かす超国家へと再生させるのだ!!」


 ザッと足を揃えて大地を踏みつけ、右手を空高く掲げる。


「我らが祖国の未来のために!! ジークハイル!!」

「「「ジーク・ハイル!!」」」


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「遂にこの日が来た!! もはやアメリカはクソだ!!クソの色付きの為に国家に成り下がっている!! アメリカは白人の国だ!! 薄汚いイエローモンキー共の為の国家じゃない!! 俺達が思い知らせてやるんだ!!」


「白人の圧政から黒人たちを解放しなければならない!! もはや交渉など不可能だ!! 解放の時は今、武力を以て成す他に無い!! 同志諸君、私の声を聞け、皆と共に起て!! 今がその時だ!!」


「ロシア人のせいだ!! ロシア人のせいで俺達はこんな目に遭ってるんだ!! あいつらさえ、あいつらさえ居なければ!!」


「日本はなんで兵を出さねぇんだよ!! 何が武装中立だ!! いつまで島に引き籠ってやがるあのクソ野郎共が!!」


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 目には見えぬ。表社会には姿を現さぬ、裏社会の狂犬たちの声が聞こえる。


 今まで静かに燻っていた黒い炎が、徐々に形を成し、その炎は遂に顕現する。


「ふひっ、面白くなってきた......!!」


 自由の女神の頭上から街を見下ろすエリシャスは、一人静かに笑みを浮かべていた。


 ルカから奪った力は、正に今この時のために。


「全部壊れる。死体蹴り......うんうん、いい感じだ......」


 これでアメリカは完全に機能不全となる。アメリカが壊れてしまえば、南北米大陸の防衛線は崩壊したも同然。ともすれば、アメリカからの支援に大いに頼っているロシア戦線も崩壊へと近付く。


 そして、日本と中国、インドを合わせてもアメリカに匹敵するだけの全世界的なカバー能力は担保できない。


 結局のところ、全世界の誰も守りたがらない戦線の防衛はアメリカ頼み。何よりも、大西洋における制海権維持はアメリカによるワンマン防衛。


 加えてアラスカの戦線も崩れれば──。


「さて......どうするんだろうね? これからさぁ」

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