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第漆拾陸話 杞憂の大海獣

 急速浮上による減圧症に悲鳴を上げる身体を無視し、ルカは海面から飛び出す。海水に目をやられ、朧げな視界で僅かに見える巨大な輪郭へと鎖を投擲。


 ガキンッ、と鉄か何かに弾かれる音が聞こえ、狙いを外したことを確認。即座に足裏の鎖を発破。どうにか輪郭から距離を取ろうとする。


"ほう、狙いは悪くないねぇ......ただ、ちょっと工夫が足りないかもね~"


 耳鳴りの酷い耳でもハッキリと聞こえるのはレヴィアタンの声。脳内に響くような、どこか不快なノイズを含む声だ。


 視界が回復していくと、レヴィアタンの身体を赤い触手が守っていた。


 自由落下していく最中、触手の奥に擦り傷のようにしか見えない傷痕を発見する。


「そんな、触手までっ!!」


 負けじと二発目の鎖を投擲。されど、鎖は触手に弾かれてしまう。


「とにかく高度を取らないと......!!」

"そうはさせないよ~。もう一度、深海まで叩き墜としてあげる!!"


 戦艦の全幅をも越えそうなほどの太さの触手が振り下ろされる。


 マトモに喰らえば文字通りパンケーキになってしまう。


 生やした鎖を幾重にも束ね、絡めて巨大な鎖の縄を生成。ミチミチと筋肉が張り、ブチブチと千切れるのも気にせずに横薙ぎに振るう。


 触手と鎖が激突。僅差でルカが勝ち、振り下ろされた触手はルカの真横を掠め海面に叩き付けられる。


 休む暇を与えまいと生やした砲口から鎖弾を発射。同時に距離を詰め、傷口にようやく鎖が届く。


 しかしレヴィアタンも水流ジェットを以て反撃。海面で複数の渦潮が現れ、人間体の時よりも数倍は太い水の弾丸が襲い掛かる。


"むぅ、避けちゃうか~。なら、数で押そうか!!"


 続けて二発目。三発五発と、一息する間には二発の水流ジェットがルカに集中。


 一発一発が太く打撃力に優れ、数百トンにもなる質量弾は曇天すら貫き光の柱を形成し始める。その光の柱も、発達し勢いを強め続ける嵐により塞がれ消えていく。


"ん~。小虫みたいでなーんかイライラするなぁ......"

「イライラするならっ!! もうやめたら!!」


 余裕綽々(しゃくしゃく)のレヴィアタンに対し、ルカには焦りがあった。


 波の高低差が数十メートルにもなる現状では、最新鋭のFCSを用いても照準など付けられたものではない。故に精密狙撃というのは不可能で、浮上直後の僅かに安定するタイミングでの決め打ちが作戦の要。


 そして、決め打ちのタイミングでどれだけの火力を叩き込めるかも作戦の成否に関係する。


 艦隊の浮上速度はそこまで速くは無いが、かといって今のままでは間に合わない。


「......突っ込むしか......無いか??」


 この太さの水流ジェットを喰らえば、恐らく余裕で雲の上まで吹き飛ばされるだろう。そうなれば戦線復帰には時間が掛かる。


 幸いにも、大質量であるがゆえか、弾速自体はまだ見てから避けられるレベルだ。


「ええい!! なるようになれ!!」


 連続して放たれた二発の水流ジェットを避けた後、即座に突撃を開始。直線的な動きになり過ぎないよう、より小刻みに方向転換を繰り返しジグザグ状の軌道を取る。


"軌道を複雑にしたくらいでぇ、避けられると思うなよー!!"


 水流ジェットの猛撃が止んだかと思えば、ルカの真下の海面に今までの数倍巨大な渦潮が形成されていく。


 丸ごと吹き飛ばす腹積もりらしい。


 水流ジェットそのものは物理的なルールに沿わない超常的な代物だろう。だが渦潮自体はどうか。


「......やるだけ、やってみるか!!」


 背中から鎖を生やし、バラバラにした鎖弾を投擲。数十の鎖弾が着弾したのを確認した後、バラバラに発破。渦潮を生成しようとする異常な海流を破壊。


 攪拌(かくはん)された海流はそれぞれ大小バラバラに新たな渦潮を形成。そのまま発射体制に入り、真上に水流ジェットを射出。


 ルカを狙って放たれた水流ジェットもあれば、誘導が切れてしまったのかただただ真上に打ち上げるだけの水流ジェットもある。


"へぇ~、まぁそれなりにぃ? やるじゃーん??"

「隙がデカいんだよっ!! よっしゃ、隙あり!!」


 無数の水柱を掻き分け、迎撃に来た巨大な触手も、目には目を歯には歯を。こちらも巨大な鎖の砲弾を叩き付け、爆風と質量で跳ね返す。


"むぅ、図体がデカいとこういうとき不便だなぁ~......ま、どうとでもなるけど"


 自身の質量ゆえかのっそりとした動きで身体を後ろに引き、下顎の無い口腔から唐突に水流ジェットが放たれる。


「うわっ?! あっぶな!! 口からも出るの?!」


 一発一発は短い弾丸型で威力もそこまでは高く無い。だが、シャワーの如く放たれるものだから、避けずらいことこの上ない。


 だが、ここで引いては艦隊の浮上に間に合わない。吹き飛ばされないのであれば、強引に突破した方が速い。


 正に肉を切らせて骨を断つ。


 右腕の鎖をなんとか傷口へと打ち込み、巻き上げ発破と共に増速。身体中の肉が水流ジェットに抉り取られ、まず右の前腕が半分千切れ飛んでしまう。


 骨肉が露出した右前腕から新たに鎖を生やし、すかさず抉り取れた右手に接続。細かい鎖を筋肉の代わりに。太い鎖を骨の代わりとして接着。あとは鎖を体外に排出。再生能力で強引に右前腕を再生させる。


 意外にも、一息に腕が飛ぶ分には痛みは強くない。一番痛いのは味方の砲撃に巻き込まれた時だ。


"ッ!! 小癪な真似を!!"

「お前がデカすぎるだけだ!!」


 人間サイズの傷口に張り付き、新たに生やした鎖の尾で一斉砲撃。続けて左手を突っ込み、鎖をレヴィアタンの体内に広げていく。


"ぐがッ!! このッ!! 傷口を抉るなんて卑怯だぞ!!"

「卑怯なのはどっちだ!! バカみたいに図体ばっかデカくなりやがってェ!!」


 悪あがきに背後から放たれた水流ジェットを鎖の尾で防ぎ、十分に鎖の根が広がった所で一斉発破。


 くぐもった爆発音と、生臭い焼き魚の臭い。傷口から漏れ出る血生臭い煙。


"ちょっと中身を焼いたくらいでいい気に──"

「まだまだぁ!!」


 もう一度鎖をウニの如く四方八方に展開。一斉発破で岩石のような筋肉を掘削する。


 内側から二度も爆破したというのに、鱗自体には何の変化も見られない。爆圧で表皮が浮かび上がる様子も無ければ、鱗が剥離する様子も無い。


 これでは傷口が広がらない。


 ならば──。


"クソォォッ!! 出ていけ、出ていけぇ!!"


 いくら鱗が硬い魚でも、内側からなら鱗を切ることができる。なればあらゆる攻撃を弾くレヴィアタンの鱗でも、同じことが出来るはずだ。


 幸いにも傷口は人間サイズ。小柄なルカであればこの傷口から中に入るのも容易いことであり、二度の発破で広げられた傷口直下の空洞は人が十分に内部で動けるほどだ。


 そして、レヴィアタンほどの巨体でも人間サイズの異物が体内へと侵入すれば強烈な拒絶反応を示す。


"ぐッ、うぇ......動くな!! 踏むな!!"


 異物を排出しようとレヴィアタンは激しく身体を捩じりくねらせる。


 だが、人間サイズといえど傷口は狭い。こじ開けて入るような傷口では、ただ暴れただけでは自然に出ていかない。


「それはこっちのっ!! セリフっ!! 動くとっ、もっと痛いぞ!!」


 ルカは足に巻き付けた鎖を肉壁に突き立て、姿勢を安定化。背中からも鎖を肉壁へと打ち込み、傷口内の空間で自身を拘束する。


 未だに若干揺れるものの、これでスーパーボールのようになることはない。


「よぉし......これでぇ、トドメェ!!」


 表皮に向けて鎖を発射。肉壁に向けても鎖を打ち込み続け、内部空間自体も拡張。傷口を広げるために手当たり次第に爆破していく。


「よし、開いた!! これで行ける!!」


 たった一メートルと少しそこらの傷口を、数十メートルの大穴にまで広げることが出来た。これなら戦艦の砲撃も余裕で飲み込める。


"よくも......よくもォ!!"

「ぐっ......二度も三度も、水流ジェットはもう慣れたっての!!」


 乱雑に放たれる水流ジェットはお手の物。感覚は掴めた。


"ならァァァ!! これで、墜としてやる!!"


 突然、曇天全体が赤く脈打ち、暗い碧色の稲妻が雲を這って一点に集中し始める。


 ドンッ、と大きな爆発音が響き、小さな稲妻がルカの頬を焼き切った。


「いつッ......くっそ、雷まで?!」


 ルカを狙った落雷の数が増え、威力とサイズも増していく。恐らくまだ照準を定めているだけだろう。死にこそしないが、蓄積された稲妻の塊を喰らえばどうなるか。


「り、離脱を......いやでも引き付けないと......」


 逡巡の中。海原の下に巨大な影が出てくるのが見えた。


 時は来た。


 細かい稲妻を避けつつ、鎖を束ね、纏め、それを繰り返す。強固かつ巨大な鎖の縄を作り、レヴィアタンの身体に幾重にも巻き付ける。


 触手の生えたヒレごと固定し、攻撃手段を僅かにでも減らす。


 固定して縛り上げられれば良かったのだが、足場の無い海上では難しい。今から錨を下ろそうにも、そんな余裕はない。これが精一杯だ。


"へぇ~、このレヴィアタンも巻き添えにしようって? 残念だけど、あの稲妻は私のだから効かな──"


 統合打撃艦隊が波の壁から飛び出すように浮上。所定された座標に浮上し、決められた方向に向けて一斉射。


 一発限りの大博打は見事に成功。砲撃はほとんどが広がった傷口へと叩き込まれ、レヴィアタンの首を爆炎が包み込む。


 黒煙で傷の深さのほどは分からないものの、曇天に燻っていた稲妻は霧散。レヴィアタンは声も上げずに海中へと倒れ込み、巨大な水飛沫を上げる。


 倒したかどうかは分からない。


 だが、暴風雷雨は未だなお苛烈に吹き荒れている。

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