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第漆拾伍話 イザナミ作戦

"テラーバードよりブッチャーズ。艦隊前方二〇〇キロに落雷多数。推定シーサーペント、潜航中と思われる"

「こちらブッチャーボス。水面下に影は見えるか?」

"こちらテラーバード。海面の状況が悪く確認出来ない。嵐も勢いが強まっているため、帰投を許可されたし"

「こちらブッチャーボス、帰投を許可する」

"テラーバード了解。これより帰投する"


 もうそろそろ昼だというのに、辺りは薄暗い。分厚い曇天が太陽光を遮り、暴風雷雨の吹き荒れる海原だ。レシプロ機には辛い空模様、亡霊艦隊と航空機たちもよくやってくれている。


 現状まだ波は穏やか。しかし、これまでの報告と先のテラーバードの報告を加味して考えると、ここから一層波が強くなることが予想される。


 旗艦を兼ねる防空巡洋艦であれば、かなりの荒波でも航行に支障はない。それはイージス艦らも同様で、亡霊艦隊の空母や巡洋艦にとっても同じことだ。


 問題は同行している亡霊艦隊の、大戦期型の中でも特に旧型の駆逐艦らだ。彼女らは構造も古く、これから強さを増すであろう波に堪えられるかどうか。


『ヒギンズよりブッチャーボス。ソナーに感アリ。本艦より二時方向、距離五〇〇〇、深度八〇〇。クラーケンと思われる』

「ブッチャーボス了解。攻撃のタイミングは任せる」

『ヒギンズ了解』


 交信が終わり、ヒギンズ指揮下のイージス各艦がアスロックを発射。やや感覚を置いて短魚雷が順次射出され、波状攻撃の構えを取る。


 一度魚雷で迎撃した経験からか、迷いの無い火力投射だ。


 ──水平線の彼方で大きな水柱が上がる。


「命中か......これで引いてくれると助かるが」


 その後も三度、四度と立て続けに水柱が上がる。


 だが、先程大量に撃ち込んだにしてはあまりにも水柱が少ない。幾ら相手が生物だからとはいえ、命中率が低すぎる。


「......ん? あれは.............」


 ふと海面下に白い筋が見えた。クラーケンが居る方向から、艦隊の方へと近付いてきている。


 周辺に敵艦隊はおらず、レヴィアタンの出現以後は異生物群(グレートワン)の海洋種の姿も見ていない。


 つまるところ、砲艇種(ディアラパクス)ではない。


「クソッ!! 魚雷だ!! ヒギンズに今すぐ魚雷を自爆させるよう伝えろ!!」


 通信を受け、ヒギンズは即座に魚雷を自爆。


 ほとんどは遠方で巨大な水柱を上げるも、艦隊のすぐ近く。果ては艦の目の前などでもポツポツと水柱が上がっている。


 先に放った魚雷のうち、ざっと三割程度が撃ち返されていたようだ。


「化け物め......!!」


 何をどうしたかは分からないが、タコの知性はかなり高いという話を聞いたことがある。恐らく、以前の攻撃から学習したか、対策を取ったのだろう。


「ブッチャーボスよりキャリアーズ、航空支援要請!!」

"こちらキャリアーズ。要請を承認する。しかし、悪天候のため長くは援護できない。それでもよいか?"

「問題ない。爆撃機とロケット攻撃機を回してくれ」

"キャリアーズ了解。これより発艦準備に移る"


 キャリアーズは艦隊より遥か後方から追随している。航空隊の到着は、ざっと二〇分前後といったところか。


 とはいえ、恐らくクラーケンとの接敵の方が先だろう。


「ブッチャーボスよりブッチャーズ!! 二〇分、持ち堪えるぞ!!」


 <<>>


 陽動艦隊の出撃より二時間。無事に潜航し、統合打撃艦隊は荒れ狂う海原を傍目に海中を進んでいた。


 舷側の窓から見える真っ暗な海中の景色は、底の見えない海原の不気味さを象徴しているようにも思える。


「......なんだか、進んでいるんだか進んでないんだか分からないですね。まぁ水上の時もそうだったんですけど、やっぱり景色が変わらないと分からなくなってきます」

「そうですね......レヴィアタンの影響で魚群もほとんど身を潜めているようですし、何より速度自体も八ノット前後の鈍足ですから」


 ルカは体力温存のためにやることが無く。艦隊全体の潜水同調を維持しているネヴィルもまた、無駄に体力を消費しないようにと厳命されており大してやることが無い。


 無線封鎖に加えて、潜水行動ということで艦内でもデカい音は鳴らさないようにと命令されている。


 だから食事も戦闘糧食くらいで、艦内の調理場は静まり返っている。


「八ノットってどんくらいですか?」

「一五キロ前後ですね。一日で三〇〇キロ近くは進めますから、レヴィアタンがコモロ諸島沖から移動していなければ、明日の昼頃には懐に潜り込めるはずです」

「............そこから先は、僕の出番......ですよね」

「えぇ。ルカ軍曹がまず傷口を押し広げ、そこに戦艦と巡洋艦の一斉砲撃を叩き込みます」


 この作戦において、ルカの責任は重大だ。最先鋒であるがゆえに、初動をミスれば後の作戦が総崩れとなる。


 ルカは現状唯一レヴィアタンの鱗を破壊し、真っ当にダメージを与えられる可能性を持っているが、所詮は可能性に過ぎない。


 それに、ただ一人の少年に神だのなんだのという複雑怪奇な制約と責任を負わせたくはない。ネヴィルは元神として、神になるということと神であるが故にめんどうな事柄をよく知っている。


「本当にそれだけで倒せるんでしょうか?」

「......倒せなくとも、レヴィアタンの再生能力は大して強くはありませんから。深手を負わせられれば、通常の火器による攻撃も多少通るようにはなるでしょう」

「確実じゃ......無いんですね......」

「............」


 ネヴィルは罰が悪そうに黙り込む。


「ルカ軍曹。あなたは今はまだ眷属ですが、いずれ神になる存在です。あなたには、神になれる資格があり、神になるための条件を満たしている」

「か、神?! いやまさかそんな、僕が神?!」

「そんなに動揺せずとも......神と一言に言っても、そんな大層なものではありませんよ。ただ......そうですね。別になれというわけですし、今すぐなれるというものでもないので......この戦争が終わる頃にまた考えてみてください」

「は、はぁ......なんというか、思ってたよりも雑? なんですね......」

「そんなものですよ。私やジャガーノート、ブラフマーを見れば......まぁ分かるでしょう?」


 確かに、サーリヤはまだいいとして、ノルトフォークからは微塵の神性も感じられないとルカは妙に納得してしまう。


「......作戦海域に着くまでにはまだまだ時間が掛かります。レヴィアタン、ヒュドラ、シーサーペントと戦闘の連続でしたから、少し横になったらどうですか?」

「そうですね......それじゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます」


 ── 一一月二六日、一六時二七分 コモロ諸島沖──


「レーダーに感は?」

「感アリ......とんでもないデカさですよ。これは......少なくともキロ単位の影です」

「レヴィアタンで間違いないな......気付かれてはいないようだが、慎重に行こう」


 音を立てぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと艦隊は浮上を開始。海中の彼方に微かに見える蛇の体躯を目印に海上へと遡上していく。


「現在深度五〇メートル。レヴィアタンに動き見られず」

「一番主砲、二番主砲、撃てるね?」

「は、見てくれはドロドロですが、問題ありません」

「......ネヴィル君には感謝してもしきれないな......よし、それではルカ軍曹、初撃は頼むぞ」

「了解しました!!」


 敬礼を返し、ルカはCICを後にする。


「大和より全艦、無線封鎖解除!! これよりイザナミ作戦を開始する!!」

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