第漆拾弐話 加速する滅亡
機関銃の残弾を気にしつつ、バースト気味に射撃。また一機撃墜するも、次の瞬間には背後に別の敵機が現れる。
気を抜いて航空猟兵種の突撃を許そうものなら、自爆攻撃で一網打尽。機銃座を操る副パイロットも神経を張り詰め、疲弊がたたり命中精度に影響が出始めている。
母艦からの連絡は未だなく、ただただ作業的な撃墜と回避と迎撃を繰り返し続けおり、気がおかしくなりそうだった。
機体を捻り、目に映った敵機を落としていると、何やら敵機の様子がおかしいことに気付いた。
「......なんだ? あいつらなんか動きが変だぞ」
相変わらず、重機関銃を浴びせかければ回避機動を取るが、敵攻撃機の後部銃座からの反撃が来ない。ケツに張り付いていた戦闘機は追撃を止め、YF-35の隣へと移動し始めている。
端的に言えば、攻撃が止んだ。
「ネームレス01より全機、攻撃中止だ。繰り返す、攻撃中止。編隊を組み直すぞ」
『『『『了解......』』』』
どうやら、状況を理解してくれたようだ。
現状、撃墜された機体は無し。軽微の損害はあれど、三七機全機が生存。三桁の敵機を相手にして、よく持ち堪えてくれた。
「あれは......まさかバンクか??」
こちらが編隊を組み終わると、相手方も編隊を組み直し、こちらの横に位置を変えてくる。敵意が無い。そう示すには十分だろう。
『マザー01よりネームレス01。現在戦闘中か? 送れ』
「ネームレス01よりマザー01。いや、今は違う。敵の攻撃が止んだ。現在休戦しているところだ。送れ」
戦闘中か、などという若干違和感を覚える問いに、こちらも少しからかうような口調で返答する。
『そうか......よし、マザー01よりネームレス01。帰投を許可する。送れ』
「............ネームレス01よりマザー01。それはありがたい申し出だが、急だな。何があった? 送れ」
『マザー01よりネームレス01。込み入った話だから、今は話せん。だが、彼ら......亡霊艦隊と和解した。現在は現海域からの離脱を図るべく行動を共にしている。そちらの敵機編隊も、攻撃を止めているはずだ。送れ』
「ネームレス01了解。ところで、先に帰投させた四機はどうだ? 無事か? 送れ」
『マザー01よりネームレス01......残念ながら、現状こちらに帰投した機体は確認されていない。送れ』
「ネームレス01......了解......これより帰投する。終わり」
何が起きたのかは分からないが、悔しさだけが心に残る。離脱させなければどのみち燃料切れで、良くて不時着。悪くて撃墜されていただろうが、あまりにも運が悪い。
ただ、悔やんでも仕方がない。捜索して、遺体の回収くらいはしてやりたいが、燃料もそう余裕があるわけではないのだ。
「......少しだけ、奴らに別れの挨拶でもしてやるか」
ネームレス01は元敵機に対しバンクを振り返し回頭。どす黒い曇天が蔓延る空へと向かっていった。
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「大和より武蔵以下亡霊艦隊に達す。これより、我が艦隊は現海域からの撤退を図る。敵の攻撃を受けた場合、各個に迎撃されたし」
"了解"
暴風雨と落雷に異常なサイズの波により、木端微塵に破壊された氷の屑の中。海藻を全身に被りボロボロの亡霊艦隊と、洗練され塗装もしっかりと成された現代艦が入り混じる。
そして、YF-35各機も荒れ狂う突風の最中、米空母の甲板へと墜落するように着艦。ネットで戦闘機を受け止め、なんとか格納庫へと収容していくも、幾らかの機体は着艦後に海上へと投棄されていった。
日米艦隊と、亡霊艦隊。合わせて九〇隻に迫ろうかという大艦隊はシーサーペントにとって見失いようの無い目印となってしまった。
二体のシーサーペントは落雷を伴いつつ艦隊へと迫る。
「くッ、荒波で狙いが定まらん!!」
数十メートルの乱高下を繰り返す熾烈な波により、大和や米戦艦に巡洋艦など。ほぼすべての艦艇では照準もままならない状態となっていた。
発射した弾丸は虚しく大空へと放たれ、海中に突き刺さる砲弾はごく僅か。着弾したところで、ほぼ盲撃ち同然の状況ではシーサーペントに命中するはずもなく。
魚雷を放てばデタラメな海流と波に弄ばれ、しまいにはイルカのようにジャンプして落雷を受けて空中で爆発してしまった。
手をこまねいていると、米戦艦らが一斉射。シーサーペントの頭上で巨大な閃光を発生させ、降り注ぐ雨が水蒸気と化す。
「なるほど、サーモバリック弾か............しかし、大和もアメリカの戦艦に倣って前部と後部に主砲を分散配置するべきだったかね......今となってはどうしようにもないが......」
主砲が全損し、それ以前に後方への射撃が不可能な大和のCICで高野大佐は奥歯を噛み締める。
確かに後部の垂直発射ミサイルは生きているが、半潜航状態の目標に対し撃ち込むような代物ではない。出来ても相手が生物であり瞬時に複雑な機動を行える以上、命中は期待出来ない。
「......ソナーを注視してくれ。効果のほどを確認するんだ」
「............ソナー、感あり。効果認められず」
「やはりダメか......!!」
そもそもサーモバリック弾は空間制圧用の兵器だ。相手が水中に潜っていては、大して有効打とはならない。
魚雷も爆雷も、この海模様では役に立たない。
「仕方ない、か......早速で悪いがルカ軍曹に出てもらうことにしよう」
帰投して間もないルカを呼び戻すのは忍びないとは思いつつも、現状有効打を与えられそうなのはルカのみ。高野大佐はマイクを手に取り、艦内放送でルカを招集するのだった。
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──同日、二二時一三分 南アフリカ戦線──
夜間。昼間の熱気も消え去り、冷え込み始めたアフリカの大地。マラウイ湖にほど近いムズズ近郊の米陸軍分遣隊駐屯地。
後方の補給基地の守衛に回された米陸軍兵士は、今日も暇そうに金網のゲートの前で欠伸をしていた。
「あー......今日も暇だなぁ......」
「そう言うなよ。これも大事な仕事なんだからよ」
「そうはいってもなぁ......連日こうもずーっと突っ立ったままってのは、中々クルものがあるぜ......」
彼らにとっての脅威は異生物群ではなく、現地人と避難民達である。
ただでさえインフラが未発達で物資も乏しいアフリカだ。北部、中部からの避難民が南アフリカに押し込まれるように雪崩れ込んだ影響で、信じられない程治安が悪くなっている。
スリや詐欺は当たり前。毎日どっかで死体が見つかり、週に一度、補給部隊が襲撃されそうになる。
政治家連中はそそくさに国外逃亡。指導者不在で国家はボロボロ。今や軍の司令官が政治家を兼任している。
異生物群は何故だか最近、東方への大移動が観測されてからは全く動きを見せていないと聞いている。とはいえ、前線から来る補給部隊から聞いた話で、その場に居たわけではない。ただの噂かもしれないが。
「ま、ここはある意味平和だよなぁ」
「否定は出来ねぇな......ドルさえあれば市場での買い物には困らねぇし......女には困るが」
「へっ、言ってやるなよ。こんな土臭い土地の女でも抱いた日にゃ、性病塗れだ」
「ははははっ!! 間違いねぇや」
無駄に綺麗な夜空をたまに見上げ、こうして戦友と雑談するのがここの日課。噂に聞く地獄のロシア戦線や、極寒のアラスカ戦線に比べればここはそんなに悪い場所ではない。
しかし、平和は長くは続かなかった。
「......なぁ、なんか揺れてね?」
「あぁ......こりゃぁ......揺れてるな。地震か?」
「地震なんて初めて......おい、やばくねぇかこれ。どんどん揺れが大きなって──うわっ?!」
ゴゴゴゴ、と音がしそうなほど揺れは激しくなっていき、姿勢を保てずについ転んでしまう。
「っつてて......クソ、まだ揺れてやがる......こりゃ暫く立てねぇな」
「畜生、おれもそろそろ限界か......立てなくなってきた......」
揺れは更に強く、強烈になっていった。
遠くの町ではただでさえ少なかった灯りが完全に消滅。停電したかと思えば、今度は火の手が上がり始め、すぐ後には大きい建物から順番に崩壊し始めた。
「クソッ!! クソッ?! なんだこれ?! なんなんだよ?!」
「立てないってレベルじゃないぞこれ!! 身体が持ってかれる!!」
もはや膝を付いて座ることすら困難になり始め、大地に転がり込んでしまう。
視界ごと、身体全身が地面と連動して激しく揺れ続け、吐き気がせり上がってくる。
そうして揺れと吐き気に耐えて数分か、数十分か。何分経ったかは分からない。しかし、揺れは収まる気配など無く、ただただ勢いを増し続けていた。
「ふざけるなふざけるな死にたくない死にたくないっ!! 死にたくないっ!!」
「ゆ、ゆるして......ごめんなさい、ゆるして、ごめんなさい......!!」
もう悲鳴の如く、ただ死にたくないとしか叫べなかった。
大の大人が、屈強な軍人が。世界の終わりかのような地揺れの前に泣き叫び、許しを請う。
誰もがそうした。誰もがそうせざる負えなかった。
そして、苦痛の絶叫も。祈りの言葉も。願いも。何もかも全てを、青い怪物は喰らい尽くした。
アフリカ大陸は沈降し、アフリカ全土は大海に呑み込まれた。地上に存在したあらゆる命は、人も、動物も、異生物群も隔てなく消え去ったのである。




