第漆拾壱話 願わくばもう一度、彼らと共に
ふと見下ろした水面で、巨大な影が蠢いていた。
影は水平線の彼方まで続き、果ては無いように見えた。
ある日、影が大きく動き、顔を上げた。
そして、島が一つ沈んだ。島だと思っていたものは、巨大な影の背中であった。
海原そのものとも言えるその影は、再び顔を海原へと隠した。
すると、また一つ。大陸が海の底へと沈んでいった。
沈んだ大陸は、これで三つ目であった。
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「な、なんだよ......あれ......デカいってレベルじゃない、なんなんだ......なんなんだよ?!」
米空母の艦橋。双眼鏡でレヴィアタンを見続けていた士官の一人が震え出す。奥歯は強く嚙み合わされ、両の手は震え今にも双眼鏡を落としてしまいそうだ。
「おい!! 落ち着け!! 双眼鏡を下ろすんだ!! 下を向いて、ほら、深呼吸だ!!」
「あ、あぁ......」
恐慌状態寸前の士官を艦橋内へと退避させる。そういえばこいつは信心深いクリスチャンだったな、と宥める士官はふと思い出す。
確かに、あの巨大な蛇のようなやつの識別名はレヴィアタンで、そしてその姿形とサイズも神話で語り継がれるリヴァイアサンそのものだった。
自分だって怖いと士官を宥めつつ、レヴィアタンの方に目を向ける。双眼鏡なんざ無くとも肉眼でその特徴がハッキリ見える程度にはデカい。顔を出している部分だけでも数百メートルはありそうだ。
瞳は歪で、琥珀色の水晶が表現としては近いだろう。頭部の付け根の辺りからは棘付きの首輪の如く太く長い針が生え揃っている。
牙こそ生え揃っているが、下顎が無く、口というよりも巨大な王冠そのもの。まるで頭部全体が飾りのような形で、神話に出てくるドラゴンとは似つかない。
巨大なヒレは付け根から赤い触手を生やし、たまに海面から触手の先端が顔を出している。
そして、その両隣からも比較的小さく見える竜のような何かが顔を出す。襟巻きのように首の付け根からヒレを生やしているのと見ると、こちらも水生のようだ。
違う点と言えば、レヴィアタンとは違い下顎があり、それこそ神話に出てくる竜のような凶暴な顔立ちであることだろう。
「ソナーに感!! 巨大な何かが......!!」
「臆するな!! 報告は正確に行え!! サイズは、深度は!! 潜水艦か、それとも別の何かか!!」
「は、はっ!! 推定五〇〇から一〇〇〇メートル!! 深度四〇〇......三〇〇メートルから急速浮上中!! もう間もなく水上に来ます!!」
「潜水艦じゃないな......全艦迎撃準備!! 巡洋艦と駆逐艦はヒュドラを牽制、戦艦の一斉射撃を叩き込むぞ!!」
戦艦が砲撃を中断し、両用砲と対空砲座の細かい射撃音のみが響く中。唐突に亡霊艦隊の巡洋艦が巨大な触手に襲われ、船体をバラバラにへし折られ海中へと没した。
味方がやられてもなお、亡霊艦隊は沈黙。ただただ、ジグザグに回避機動を描くのみで脅威にはなりえていない。
そうして遂に、巨大な触手の本体が浮上。巨大な頭をもたげ、八本の触手で米戦艦アラスカに襲い掛かった。
駆逐艦の如く太く伸びる触手が船体に纏わりつくも、アラスカは怯むことなく主砲を斉射。直撃を受けた触手はのけぞり、海中へと姿を消していく。
「なんだあの......バカでかいイカは......まさかクラーケンか?!」
「いや、あれはタコだ!! 見ろ、触手が八本だ!!」
「バカを言うな!! 頭にヒレみたいなのが付いてんだ、イカに決まってる!!」
「ええい、貴様らどうでもいいことで騒ぐな!! 戦闘中だぞ集中しろ!!」
アラスカを人質に取ったクラーケンに対し、米戦艦は攻撃を躊躇してしまう。
下手に撃ってアラスカに命中すれば大惨事だ。
「全艦、頭だ!! 頭を狙え!!」
「艦長!! あれは頭じゃなくて腹ですよ!!」
「どうでもいい黙ってろ!!」
艦長の指示の後、クラーケンの頭部に砲撃が集中。これがよく効いたのか、クラーケンは黒い霧を吐き出しながら潜航を開始。一部の駆逐艦とイージス艦がアスロック対潜ミサイルを撃ち込み、追撃。
続けて短魚雷を放ち、これまで出番の無かった対潜兵装をありったけ叩き込んでいった。
「クラーケン、現海域より離脱を開始しました」
「よーし......命令無視のバカ共がありったけ叩き込んでくれた甲斐はあるな......」
クラーケン撤退後、レヴィアタンの両隣に控えていた竜の顔を持つ海蛇も行動を開始。身体を上下にくねらせ、胴部が海面に無数のアーチを描いている。
海蛇が通る場所に、不自然なほど無数の稲妻が落ちている。恐らくはあの海蛇の能力だろう。
「......あの海蛇をシーサーペントと呼称する。対潜戦闘用意!! 落雷には十分に気を付けろ!! 屋外の人員は全て艦内に退避だ!!」
「了解」
警報が鳴り、一層激しさを増す暴風雨から隠れるように艦内へと人員が逃げ込んでいく。
『ミリアスよりマザー01。ヒュドラが活動を再開。未だ攻撃続行なれども、効果は認められず』
「マザー01了解。攻撃は中止、シーサーペントに備えてくれ」
『ミリアス了解』
再生速度が砲撃によるダメージを上回り、ヒュドラも遂に活動を再開。海中へと潜航し、日米艦隊を無視してシーサーペントへと一直線に突き進む。
激しく損傷した大和は混乱の間に回頭。ヒュドラとすれ違うように艦隊後方へと退避していく。
落雷が数を増していく中、ルカも大和に帰還。ずぶ濡れの軍服を素早く着替え、CICへと報告に赴く。
「只今帰還しました!!」
「よく戻ってきてくれた。報告は......まぁ、するまでもない状況か。報告は不要、今は休んでくれ」
「し、しかし......」
「大丈夫だ。ネヴィル君からもある程度話は聞いたからね。必要になったら艦内放送で呼び掛けるから、今はいざという時に備えて体力を温存してくれ」
「了解しました」
ルカがCICを離れ、高野大佐はネヴィルに向き直る。
「さて、中々厳しい状況となったが......我々はアレに対してどうするべきかね? ネヴィル君」
「レヴィアタン............黙っていても仕方がありませんか......いいでしょう、お話しましょう。但しこの戦争、必ず勝ってください。次はありませんので。いいですね?」
「言われなくとも」
「......分かりました。ハッキリ言いましょう、アレは私が生み出した魔物です。ずっと昔、あなた方が生まれるよりも前の昔の出来事ではありますが」
レヴィアタンはネヴィルが生み出した神獣であり、神々の戦いに対抗する為に生み出したのだと言う。
曰く、それは神を殺すべく生まれ、そして神にしか殺せぬ正真正銘最強の神獣。その鱗はあらゆる攻撃を弾き、寄せ付けず。
曰く、それは大海の王として、水を操り、海を支配する。
曰く、それは数多の眷属を従えるという。
曰く、それはいつしか大悪魔として善なる神々に仇を成したのだという。
曰く、ヒュドラはレヴィアタンに対抗するための外なる神々が生み出したのだという。
曰く、それは外なる神々も操れぬ、暴走する破滅だという。
「未だレヴィアタンが神話として語り継がれているのには驚きましたが、ともかくレヴィアタンは人の手には負えぬものです」
「......あまり安易に持ち出すものではないが、我々には核の力がある。それでもかね?」
「多少、怯ませられるでしょう。ですが、レヴィアタンを鎮めるには足りません。レヴィアタンは生物を越えた存在として生み出したのです。少なくとも、有限の命を持つあなた方に太刀打ちできるものではありません」
ネヴィル、サーリヤ、ノルトフォーク。彼女らはもはや神ではなく、レヴィアタンに対抗しうるだけの神性を持つ者は外なる神を除いて存在しないという。
しかし、可能性はあるのだとも。
「ルカ軍曹が最後の可能性です。彼は、神になれる。ですが今は撤退するべきです。彼女らも、呪縛から解放され、私達に続いてくれるようですから」
「彼女ら?」
直後、大和は古臭く音質の悪いモールス信号を受信した。
「艦長、敵艦隊......武蔵からのモールス信号を受信しました」
「なに? 武蔵から?? ......読み上げてくれ」
「了解」
ノイズの多いモールス信号だったが、暗号化はされておらず平文であった。ベテランの通信手は間違うことなくリアルタイムで読み上げる。
発武蔵、宛大和
ワレラ、コレマデノ行イニ最大ノ謝意ヲ申スト共ニ
火急ノ危機ニ際シ、モウ一度、六〇年前ノヨウニ並ビ戦ウコトヲ希求ス
ワレラ、大和ノ指示ヲ請ウ




