第漆拾話 最強の海獣
深海からの急速な浮上は、流石のヒュドラであっても大きなダメージを負う。ルカはそれを知ってか知らずか。目を覚ますと同時にヒュドラの首根っこから拳を勢いよく突き上げ、鎖の爆発による推進を以てヒュドラを海上へと押し込んでいった。
"眷属の分際で!! クソ、叩き墜としてやる!!"
ゼロツーは氷のブレスをデタラメに放出するも、首元に張り付いているルカには掠りもしない。ゼロツーの両隣の首は破壊され、急速浮上による減圧症のダメージで再生は滞っている。
短い手足はルカに届くわけも無く、ジタバタともがくのみだ。
「まだ......もう......少し......」
"ええい!! 諦めろ!! 貴様とてただでは済まんはずだ!! 諦めろ!! 諦めろといっ──"
何度も口を開閉させ、ブレスを吐き続けたゼロツーの頭部も遂に減圧症に負け損傷。目玉がボンっと眼窩より吐き出され、機能を喪失。陸上生物由来の肺は破裂し、ゼロツーの口から気泡が放出される。
ルカは見上げた先に朱い光が灯り始めるのを確認し、気力を振り絞って増速。半ば不死身の再生能力だが、強烈な減圧症に晒されて身体はボロボロだ。
だが、無理をした甲斐もありこの減圧レースで勝利したのはルカであった。勢いそのままにヒュドラを海中から空へと蹴り飛ばし、今度は空から真下へと叩き墜とす。
ヒュドラの巨躯はその質量だけでも巨大な爆弾に匹敵する破壊力がある。そこに加速度が加わったヒュドラは亡霊艦隊の戦艦一隻を両断。数万トンにも及ぶ鉄の塊が、まるで爪楊枝の如く折れ曲がり、艦の残骸が垂直に立てられる。
そこに迎撃態勢を整えていた日米艦隊各艦が集中砲火を開始。ヒュドラの姿は熾烈な砲撃の爆炎と黒煙で掻き消され、敵戦艦の残骸が周囲に砕け散っていく。
「......もっと、もっと叩き込まないと!!」
ヒュドラの再生能力を直接見てきたルカにとって、ただの戦艦の一斉射撃では心許なかったのだ。
そして、その判断は正しかった。
砲口を向け、追撃の鎖弾を撃ち込もうとしたルカに対し氷のブレスが放たれる。
「うっ......危な?!」
ブレスはルカの指先を掠り、瞬時に凍結した指先がボロボロと崩れ落ちていく。
「いつっ、ほんっと無茶苦茶な.....!!」
日米各艦もブレスを確認した後、一層苛烈な砲撃を浴びせかける。もはやマトモに攻撃してこない亡霊艦隊のことなど気にも留めていないようだ。
ルカも態勢を立て直して攻撃に加わろうとした時、一際巨大な敵戦艦の甲板が一瞬煌めいた。咄嗟に身体を捻り、放たれた水流ジェットの狙撃を躱す。
「つ、次から次へと鬱陶しい!! なんだよもう!!」
どれだけ気を立たせても水流ジェットは嘲笑うように狙撃してくる。砲艇種の雑な弾幕に比べれば狙いが正確な分避けやすい。しかし、こうも正確な狙撃を立て続けに飛ばされては段々と焦りが募ってくる。
次第に一発、二発と掠める水流ジェットが出てくると、もはや焦りは怒りへと変貌していった。何よりも、狙撃の犯人には恨みがある。
ルカは即座に急降下。因縁のある戦艦の甲板へと降り立った。
「ちぇ、流石にだめか~。でも、生きてたんだぁ......よく生きてたね?」
「レヴィアタンッ!! よくも!!」
「ねぇそんなかっかしないでよ~? キミが頑丈過ぎるのが悪いんだよぉ? あの時死んでれば楽だったのにー」
「うるさい!!」
ルカはレヴィアタンの足元に向けて鎖弾を発射。続けて鎖を鞭のように振るい、力任せにレヴィアタンの首を落としにかかる。
「おっと、その手は効かなぁい」
目くらましに放った鎖弾の爆発は効果が無いようで、黒煙に包まれながらも正確に首元を狙った鎖を水流ジェットで弾いてしまう。
視覚だけではなく耳も良いのかは分からないが、生半可な攪乱は逆にこちらが不利となるかもしれない。
となれば一か八か、力押しだ。どっしりと腰を落とし、突撃の構えを取る。
「ふーん......やってみぃ~?」
レヴィアタンは自信満々と言った様子で笑みを浮かべる。
一々動作が腹立たしいが、挑発に乗って安易に突っ込んだところで前と同じ目に遭うだけだ。鎖を背に回し、慎重を期して隙を伺う。
「来ないんだ。じゃあー、こっちが先手取っちゃうね~」
レヴィアタンの足元が揺らめき、無駄のない予備動作で距離を詰めてくる。腹を狙った蹴りを躱し、水流ジェットも織り交ぜた追撃にジリジリと後ろへと下がってしまう。
瞬間的な加速であればこちらにも利がある。しかし、機動の柔軟性では大きく劣ってしまう。
「ほらほらぁ。押されっぱなしじゃ~ん」
「小手先で勝てないなら......纏めて吹き飛ばしてやる!!」
攻撃を躱す動作から流れるように、拳に鎖を巻き付け足元に叩き付ける。
即座に発破。ほぼ不意打ちだったが故に意表を突けたのか、距離を取らせることには成功したようだ。もちろんルカもダメージを負ったが、再生能力にモノを言わせて連続で足元に拳を叩き付ける。
「おっとと、なにぃ~? 急に野蛮になるねぇ」
「......」
「えぇ~? なんか反応してよ~。悲しいじゃんかー」
なんとも腹が立つ言い方だ。挑発には乗れないが、その分怒りを拳に込めて、足元の鎖を爆破させて殴り掛かる。
頬を掠った感触があった。やはり、瞬発力はこちらが上か。
「......へぇ~......ちょっとは出来るようになったの~?」
「まぁ、ちょっとね!!」
続けて二発目。鎖の爆破で拳を弾丸のように撃ち出してやると、また掠めることが出来た。同時に水流ジェットの反撃を受け、突き出した腕が吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ......くっそ!! まだまだッ!!」
「全くキミも野蛮な戦い方をするなぁ!! なにがぁ、あったっていうわけぇ~!?」
吹き飛ばされた場所から鎖を生やし、鎖の塊を同じ要領で叩き込んでやった。結局また掠るだけで命中、とは言えないが。これなら腕を吹き飛ばされても攻撃を続行出来る。
しかし欠点もある。新鮮な傷口から無理に大量の鎖を生やすせいで、いつもよりも強烈な痛みが失ったはずの腕を襲うのだ。幻肢痛、というやつだろうが、厄介だ。
「べ、べつに......ただ、能力を存分に活かしてるだけだっ!!」
「なんだ、辛そうじゃん。やっぱ、無理すると身体にクルよねぇ~!!」
流石に顔に出ていたのか。レヴィアタンはまた距離を詰めてくる。
今度は砲撃で応戦して見るが、鎖弾は結局水流ジェットに弾かれてしまって命中が期待出来ない。であれば、と尾を細長く成形し触手のように振り回す。
デタラメに振ったおかげか、明確にダメージと呼べる傷を負わせられた。胸部のど真ん中、斜め一直線に切りつけたのだ。
「ッ............?!」
「よし!! 当たった!!」
レヴィアタンは意外にも、心底驚いたような表情を見せた。直後に俯き、両手に握りしめられた拳が小刻みに震えはじめた。
これは、マズイかもしれない。そう直感して距離を取る。
「よくも......傷を~......お姉さまのためのぉ......大事な、大事な身体なのにぃぃぃぃ!!」
「な、なんなんだよ......」
何やら自分を抱きしめてブツブツと独り言を漏らすようになってしまった。ただ、これは好機だ。
ざっと周囲を見渡したが、ヒュドラは日米艦隊との交戦に夢中でまだこちらに構っている暇は無いように見える。
「今のうちにぃッ?!」
「私はァ......最強のぉ......海獣なのぉ......!! 創造神様に作られたァ!! 唯一無二!! お姉さまの......あの子の大事な......大事なァァ!!」
目を離した一瞬で、レヴィアタンの全身が海水に溶け始めているような形状になっていた。表皮と服とがスライムのように溶けていっているのだ。
ロシアの戦場で焼け焦げた死体や液化した死体に、バラバラ死体は見てきてある程度の耐性はあると思っていた。だが、これはそれとはまた別格の気持ち悪さをしている。
しかし、お姉さまとはいったい何のことなのだろうか。やけに目の敵にしているようだが、その理由が分からない。まずもって心当たりがない。
「いいよぉ......見たいんだァ。いいよぉ、見せてあげる......ふふ、ふふふひひひっ!!」
「よくわかんないけどさせてたまるか!!」
今なら避けられないだろうと確信して、鎖弾を砲口が割れる撃ち込んでやるも、全て周囲に集まって来た海水に受け止められてしまった。
「なっ、防がれた?!」
「私は......最強の......神獣!! 海の支配者!! 神を殺すための、神を喰らう為の獣!! お前みたいな!! 半端な半神半人如きに!! 傷を付けられるはずがないのに!!」
レヴィアタンの声がどんどんくぐもっていく。海水はより多く集合し、レヴィアタンの身体は霧のように散り、海水と同化し始めているようだった。
強烈に嫌な予感がして、ルカは痛みも忘れて大量の鎖を展開。撃ってダメなら捻じ込めと、生やした鎖を海水の集合体内部に注ぎ込み続けた。
「流石に......足りるよな......」
ほとんど鎖で埋め尽くされたのを確認して、一気に起爆。見事に海水の集合体は弾け飛び、雨のように辺りに降り注いでいた。
レヴィアタンの声も聞こえず、気配も無くなった。これで倒せていたら良いのだが。
「......うわっ?! なんだ?! 急に揺れが!?」
艦の揺れが変化した。通常、この規模の戦艦ともなれば揺れもそこまで大きくはない。だが、唐突に数十メートルは動いたのではないかと思うほどの縦揺れが襲ったのだ。
舷側から海面を見ると、不自然なほどに隆起した波が発生していた。そして、暗い夜の海原で分かりづらかったが、信じられない程巨大な何かがそこに居た。
恐らく、この戦艦の数倍は優に超えている。
続けてゴロゴロと、雷鳴の唸りが空から聞こえてきた。見上げた空はどこから来たのか、真っ黒な曇天に包まれていた。中心に向かって渦を巻き、あちらこちらで稲妻を纏った竜巻が伸びてきている。
これはマズイと、大和に戻って状況を知らせようと助走を付ける。だが、走り始めた段階で目の前に現れた巨大な針の列に目を奪われ立ち尽くしてしまう。
高さだけでも六〇メートルはあろうかという針のような何かが、戦艦の真横を通過していたのだ。
"ざ~ん~ね~ん。ゲームオーバーで~す"
聞き慣れた声の響き方だ。これはそう、ルノレクスや、ヒュドラと同じ。脳内に直接響くような声の響き方だ。
"ご挨拶。私はレヴィアタン、最強にして不死身の神獣レヴィアタン"
遥か前方に姿を現したそれは、遠く離れているはずなのに、遠近感でも壊れたかのように巨大に見えた。
"さぁ、滅亡へのカウントダウンを始めましょう"




