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冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~  作者: kulzeyk
第四章 忘レ去ラレシ者達ノ慟哭
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第陸拾弐話 タイムリミット

 大和に帰還したルカを最初に出迎えたのは高野大佐であった。布切れと化した軍服を見て、高野大佐は報告は後回しに、まずは着替えてくるよう促してくる。


 ルカの自室には、セルゲイが持たせた替えの軍服がダンボールにぎっしつと詰め込まれている。五〇着くらいはあるんじゃなかろうかという量の軍服から適当に選び、ボロ雑巾となった軍服は空のダンボールに投げ捨てておく。


「はぁ......甘い物が食べたいなぁ......」


 ルカにとって軍服は実質消耗品だ。皮膚と筋肉を切り裂いて生えてくる鎖は軍服をズタズタにし、戦闘では先行掃討種(クリューエル)の酸弾と航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の自爆攻撃をモロに喰らえば一発で焼け朽ちる。


 今日は運よく自爆攻撃を受けることは無かったが、毎回毎回そんな運良く回避出来るモノでもない。


 故に自室に積まれているダンボールの全てがルカ用の軍服というのも理解は出来るのだが、少しくらいは嗜好品が欲しかった。確かに、軍艦なのだから持ち込める品物に限界があるのは理解できる。ルカの自室だって、本来の用途は懲罰房だ。そもそも長期の滞在を想定しておらず、居住環境は劣悪だ。


 とはいえ、その代わりとでも言わんばかりに食事は優先して多めに分けてくれてもいるものだから、こんなことで文句も言えない。


 言えないのだが、今は戦前に食べていたチョコレートがとても恋しい。戦争が始まってからは、二〇ルーブル程度だった板チョコが今や八〇〇ルーブルにまで爆騰していた。これでは本当に手が出せない。


 最初期の訓練期間ではたまにチョコが出ていた。だが、それも味が悪ければ量も少なかった。


「紅茶の一つや二つくらい入れておいて欲しかったなぁ......頼んだら入れてくれてたのかな......」


 艦内の酒保にならあるだろうが、ルカの手持ちはルーブルだけ。流石に軍艦の艦内じゃルーブルと円の両替なんて出来ないだろう。これは失敗だった。


「はぁ......よし、まぁ過ぎたことは仕方ない......よね......」


 愚痴を漏らしながらもパパパッと着替えを済ませ、高野大佐に報告する為に艦橋へと繋がる長い長い階段を登っていく。


「艦長。ボールドイーグル、只今帰還しました!!」

「うむ、ご苦労だったね。早速で悪いが、報告を頼むよ」


 ルカは群体の殲滅と、取りこぼした大まかな数。進攻してきた群体の編成などを報告。


 しかし報告とはいえ、大方は高野大佐の方でもストラト・アイからの報告で把握出来ている内容であり、ルカの報告に関しては情報の信頼性を高める為の補助的なものであると言えよう。


「......報告に感謝する。おかげで情報の信頼性がより確実なものになったよ」


 そう語る高野大佐の目は水平線の彼方を見つめている。高野大佐の見つめる先には何も見えないが、それに違和感を感じぬほどルカも鈍麻では無かった。


「何かあったんですか?」

「何か......うむ、まぁいずれルカ軍曹にも出番が来る事柄だろうし、今のうちに話しておこうか............北方の海域で活動していた件の亡霊艦隊が、南下を始めたとストラト・アイから報告があった」


 亡霊艦隊と聞いて、ルカの表情が強張る。


「規模は......どのくらいなんですか?」

「戦艦、空母、巡洋艦などの大型艦艇が推定七〇隻。駆逐艦などの補助艦艇が推定二〇〇隻。推定速力九〇ノットで南下中、先鋒の接敵予想は二時間半後との予測だ」

「ってことは......ざっと三〇〇隻、ってところですか? にしても九〇ノットって......軍艦ってそんなに速くは動けない、ですよね??」

「あぁ、軍艦としては異常な速さだよ。けど、相手は大戦期に沈んだはずの沈没艦。普通でないことの一つや二つあるだろう」


 正直、規模感が掴めない。だが、前のソコトラ島沖海戦の数十倍であることは確かであり、間違いなくレヴィアタンも居るだろう。


 レヴィアタンの能力は厄介どころの騒ぎではない。ルカもネヴィルも、迂闊に動けなくなってしまう。


 そして、それが異常な速度で迫ってきている。


「......せめて身動きさえ取れるようになれば、何とかなるのだがね」


 日米艦隊は未だ、足を囚われ身動きが出来ない状態だ。普通に考えて、ミサイルの一つも持たない大戦期の寄せ集めと、レーダーによる先制発見とミサイルによる完全なアウトレンジ攻撃が可能な現代の艦隊が負ける道理はない。


 しかし、相手は常識を容易に打ち砕いてくる。亡霊艦隊の艦艇と航空機は、レーダーによる捕捉が絶望的であり、レーダーによる先制発見という前提がまず崩壊する。


 ミサイルも、再装填可能と言えどインターバルが長すぎる。下手にミサイルを発射しようものなら敵陸上兵種に対する総攻撃は不可能となり、亡霊艦隊は迎撃できてもそこで王手となる。


「こうなることなら、脅し付けてでも米艦隊に原子力潜水艦を同行させるべきだったな......」


 この艦隊に原子力潜水艦は随伴していない。何なら一部の空母やその他の補助艦艇だって、南シナ海やアラビア海などの輸送船護衛に引き抜かれている。


 ふと、高野大佐はある案を思い付く。


「ルカ軍曹、帰還して早速で悪いのだが......一つ頼めるかね?」

「はい、なんでしょうか?」

「......我が艦隊の身動きを封じているこの氷床を、どうにかして破壊出来ないかね?」


 日米艦隊の目の前に広がっているのは、広大な氷の大地。日米艦隊の規模を考えると、艦隊を包み込んでいる氷床は約五〇〇平方キロメートルほど。モスクワ市を円状に圧縮すれば似たような広さになるだろうか。


 高野大佐はその人間にとってはあまりにも広大な範囲と周囲の氷床を、粉々に粉砕してくれと言っている。


 確かに、艦隊の足を(すく)う氷床はやけに脆い。二〇メートル程度飛んで跳び蹴りすれば足元が僅かに砕け、鎖が爆発した時には数十メートルの氷床は連鎖的に砕け散った。時間を掛ければ何とかならないことは無いだろう。


「それは......時間を掛ければ、なんとか......ってところでしょうか」

「時間、時間か......」

「あ!! そ、そうだ、戦艦の主砲弾を埋めて爆破すれば──」

「いや、それは難しい。戦争が始まってからは、戦艦の主砲弾薬はほとんどサーモバリック弾頭。榴弾や徹甲弾を使ったとしても、爆発で弾けた氷床が各艦にどのような被害をもたらすのか分からない。迂闊にその手は使えないね。残念ながら」

「そう......ですか......」


 戦艦の主砲弾もダメ、ルカの鎖で爆砕しようにも時間が足りない。


 ──だが、だからといって何もしないわけにはいかない。


「......分かりました、出来る限りやってみます」

「あぁ、助かるよ......いつもすまないね、ルカ軍曹に任せてばかりで」

「いえ、これは僕にしか出来ないことですから、文句は言いません。任せてください」

「......では、どうか頼んだよ」

「了解!!」


 ルカは大和から離れ近くの氷床に降り立つと、鎖を氷に突き刺して氷床の中に鎖を這わせていく。


 鎖が氷を削って進む度に、バキバキと音を立てて亀裂が伝播していく。右手の手首から生える鎖は、グルグルと渦を巻いて広がっていく。幸いにも大和は艦隊の中心で、艦隊は輪形陣。変に工夫なぞせずとも全域をカバーできる。


 果たして二時間半でどこまでいけるかものか。例え周辺の氷床から切り離されたこの氷の島を破砕出来ても、周辺の氷床をどうにか出来なければ身動きが取れないことに変わりはない。


「......いや、今はそれでもやらないと......」


 <<>>


 日米艦隊北方四〇〇キロの海の底。完全な暗黒の中、無数に積み上げられた艦の残骸の一部が内側より弾き飛ばされた。


 ゼロツーは残骸の山の中から首を出し、水圧の影響で上手く動かせない首を振って周囲を見渡す。


"全く、小賢しいことを考える......"


 ゼロツーは身体を押し潰している残骸に噛み付き、適当な場所に放り投げる。


 水中ではただでさえ低い純粋な身体能力は更に低下。噛み付いて放り投げた鉄塊も、数十メートル程度しか飛ばずにふわりと墜落して砂煙を上げる。


"まぁ焦るなゼロツー。揚陸隊に追撃命令は出している。レヴィアタンも、隷下の艦隊も、人類の艦隊も、物量には勝てん。我々はあくまでも全体の統率だけに集中すればよい"


 肉体を持たぬヒュドラが戦場に立っても、出来ることと言えば囮となる程度。個として強大な力を持つルノレクスのように、直接赴いて敵を壊滅させることは不可能に近い。


 だが、元より個としての力などは不要だ。個として最強たる存在──英雄とは、負けている者が欲するものだ。我々は勝っている。そう確信するヒュドラにとって、一騎当千の英雄など必要ない。


 全ての戦局は物量と戦術によって決定される。そこに英雄が介在する余地は無い。


"艦隊を殲滅し、マダガスカルを奪ったら次は喜望峰だ。その次は南極大陸。そして、オーストラリア、ニュージーランド、南米に上陸。太平洋には海洋種を進出させる。我らの最大の武器は物量だ。この物量に、世界同時打撃に、人類は対抗する術を持たない。あのピエロも動いている。これで、我らの勝利だ"

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