第陸拾話 捕捉
「こちら......ボールドイーグル......敵群体を殲滅............」
ルカはゼェゼェと息を吐きながら、置きっぱなしだった無線で日米艦隊との回線を開く。
後詰めと合流して二つに分かれた群体は殲滅出来た。しかし、流石は大陸から引き抜かれたらしいとだけあって戦闘は云時間単位で続き、精神的な疲労はピークだ。
『......らマザ......き......るか?』
「うっ......ノイズが......」
ノイズが酷い。戦闘の余波で何かしらぶっ壊れたらしい。ルカに整備兵として通信機を弄れる知識も当然あるわけも無く、実質的に孤立状態である。
だが、もしかしたら一時的に何か不調が発生しているだけかもしれない。なんていう僅かな希望に縋るように、再度通信を試みる。
「こちらボールドイーグル。マザー01、聞こえますか」
『......こちらマザー......ノイズが酷いが............今しがた回復した。感度良好』
「良かった......報告、敵群体の殲滅に成功しました」
『マザー01了解。よくやった。だが、敵群体の第二波が迫ってきているとストラト・アイから報告が入っている。接敵予想時間は概ね二時間後、次の総攻撃までは六時間だ。ボールドイーグルは現地点で待機。敵進攻群を確認次第遅滞戦闘に移れ』
「............分かりました」
少しばかり唸ってルカは命令を受諾する。
『......ボールドイーグル、これは君にしか出来ない任務だが......必要とあれば、限定的な航空支援も可能だ。我が空母は甲板が捲れ上がりYF-35以外の戦闘機は使用不能。従って我が最新鋭の航空隊も暇を持て余している。緊張と腕が訛らない内に出番をくれてやってくれ』
「そういうことならまぁ......何かあったら、通信を入れます」
『それでいい。いいか、君は一人ではない。後ろには我々が──世界に誇れり米海軍が居ることを忘れるな。以上』
励ましの言葉を最後に、無線が終わる。
正直、今は励ましよりもちゃんとした休息が欲しいものだ、とルカは氷の上に寝そべりながらに不満を心に積もらせる。氷の上で寝そべっても別に身体がバキバキになることは無いが、やはりハンモックでもなんでもベッドの上に寝そべりたいものだ。
暇が過ぎる待機任務だが、戦闘の予想される待機任務故に眠ることは許されない。ルカの肉体は疲労も回復させてしまうが、心は嫌に疲れるものだ。
「でも、これは僕にしか出来ないこと......」
そうやって自分を説得し、ルカは接敵までの空虚な時間を過ごしていった。
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── 一一月二二日 一四時三〇分 日米艦隊より北方四〇〇キロ地点──
"こちら第三七駆逐艦、対空制圧援護を要請。繰り返す、対空制圧援護を要請"
"こちら第三攻撃隊、攻撃目標の指示を請う。敵は何処に居る?"
"こちらU-98、海上に巨影を確認。飛雷母種と断定し、雷撃を──"
「U-98!! それは味方!! あーもう、めっちゃくちゃに搔き回してくれちゃってもー!!」
ヒュドラの頭が海上から姿を現して数十分。レヴィアタンの艦隊は異常な混乱状態へと陥っていた。
駆逐艦は航空猟兵種の居ない大空に向けて無造作に対空主砲と機関銃を乱射。上空の航空部隊は敵影を完全に見失い、彷徨い、果ては海に突っ込んで自滅する有り様。潜水戦隊は敵と味方の識別が困難となり、味方の戦艦を飛雷母種などと誤認して雷撃。
駆逐艦などの小型艦を筆頭に隊列が乱れ、艦隊陣形の維持が困難に。各艦艇の速度にもムラが生じ、一部陣形から突出、逸れた艦艇は援護する間も無く単艦処理限界を超える航空猟兵種の物量に押されて灰燼と帰した。
ヒュドラの精神感応は亡霊艦隊に対して異様なまでの効果を示し、亡霊艦隊はそれはもう滅茶苦茶だ。
「にしても、執念深いったらありゃしない......身体を喰われたくらいでこんな手品まで用意するわけ?」
レヴィアタンは艦隊へと接近するヒュドラに水流ジェットの狙撃を幾度も放ちつつ、混濁する艦隊の指揮も執っていた。
「はぁ~......武蔵、どうにか出来ないの?」
"そ、そうは言われましても......制御が難しく......"
「ッチ、まぁいいや。味方に誤射しなければ好きにさせておいて」
"了解......"
一応、世界最大の戦艦の一つなだけあるのか、他の艦艇よりは混濁が酷くは無い様子だ。しかし、やはり指揮は取れず艦隊は制御困難。
ヒュドラはレヴィアタンの放つジェット水流など意にも介さず、狙撃され続けてグズグズになった頭を再生させながら強引に接近し続けている。
「......ほんと、再生能力だけは一丁前だよねぇ......」
既にヒュドラと対面している以上、わざわざこそこそ力を隠す必要も無い。だが、まだ時機ではない。狙うは漁夫の利。まだもう少し、日米艦隊には損耗してもらわなければ困るのだ。
"どうした? あの時のように暴れはしないのか?"
「うるさい、煽りには乗らないから」
足で水面を叩き、一際巨大なジェット水流で口の回る頭を消し飛ばす。
"──我が身体を喰われた恨み、この鈍重な身体に甘んじる屈辱"
"人であることに甘んじる愚かさを、貴様の身に叩き込んでやろう"
"力に溺れぬ内に消してくれる。感謝するといい"
消し飛ばされた首は即座に再生。ゼロワンとゼロスリーが顔を出し、琥珀色の瞳がレヴィアタンを睨み付ける。
「妄言をつらつらとねぇ~......前もそうやって調子に乗って死んでなかったァ?!」
足元の水面を蹴り付け、水の刃を飛ばし三つの首を同時に切断。ヒュドラの動きが一瞬止まるものの、切断面の肉がブクブクと泡立つように増殖し、再生する。
「しつっこいっ!!」
"悪手だぞ"
レヴィアタンはもう一度ジェット水流を飛ばすも、ゼロツーのブレスにより凍結され、固まったところを噛み砕かれてしまう。
"どうした?"
"好きに暴れてみよ"
"""次は我らが勝つ"""
ニヤリと口角を上げるヒュドラに、レヴィアタンも震える口角を上げ、同じ笑みを返す。
「へェ......首と頭だけの不格好な姿でよくも言えたねぇ......」
今必要なのは時間稼ぎだ。日米艦隊を消耗させ、ついでに亡霊艦隊が航空猟兵種を掃討するまで。
故に、挑発に乗って暴走してしまうなどということはあってはならない。ヒュドラは海陸の戦力をこちらに向けてはいないし、時間はある。舌戦で煙に巻かなければ。
まだまだ、ヒュドラには付き合ってもらおう。
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── 一一月二二日 一五時〇〇分 コモロ諸島上空二五〇〇〇メートル──
空気も極端に薄く、遥か先の地平線は丸く歪み、暗く深い青色の空が包む超高高度。SR-71のマッハ一~二にもなる巡航速度でも、この広大で何もない上空では移動しているという実感はない。
「......そろそろアフリカ大陸に入るな。一度ターンだ。洋上に進路を戻すぞ」
「了解」
GPSから送られる自機の現在地点をひたすらに確認、記録。アフリカ大陸に僅かでも侵入してしまわぬよう、手前で旋回を開始。進路を洋上に向け直す。
「にしても、面倒な仕事だぜ。アフリカ大陸の沖合での偵察活動なんてな」
「仕方ないだろ。地上での航空猟兵種の展開高度は二〇〇〇メートル前後。俺達の高度は探知範囲内だし、速度的にも逃げきれんからな」
「肝が冷えるぜ、まったく......」
超高速で旋回している間、SR-71の飛行経路は元の経路からは大きく離れてしまう。マッハ速度域におけるSR-71の旋回半径は普通の戦闘機と比べられるものではない。
この大きな飛行経路のズレにより、機体下部に搭載されている光学カメラが日米艦隊北方に展開する巨大な艦隊を捉えることが可能となった。
「おい、これ見てみろ。コレ、なんだと思う?」
「......艦隊、か? やけに規模のデカい艦隊だが......こんなところに艦隊が居るなんて聞いてないぞ。それに周りの氷も綺麗に砕けてやがる」
「あぁ俺も聞いてない。だが、少なくとも味方じゃ無いだろうよ」
「味方じゃない......ん? ってことはまさかとは思うけど、例の亡霊艦隊だってか? あいつらどうやってこんだけの範囲の氷を......」
「砕氷船でも連れてたんじゃないのか? んなことより、こいつらはたぶんアラビア海で活動の報告があった奴らだ。それもこの規模なら総出だろうぜ」
「マジかよ......分かった、早速艦隊に報告しよう」
緩やかな旋回を維持しつつ、艦隊との無線を開く。
「こちらストラト・アイよりマザー01へ。聞こえるか。送れ」
『こちらマザー01。感度良好。送れ』
「ストラト・アイよりマザー01に報告がある。マザー01より北方四〇〇キロ周辺の海域に大規模な艦隊を確認した。詳細は不明だが、報告の上がっていた亡霊艦隊と思われる。送れ」
『......マザー01了解。報告に感謝する。亡霊艦隊の動向は分かるか? 送れ』
「ストラト・アイよりマザー01。敵の動向は不明。しかし、原因不明ながら亡霊艦隊の陣形が乱れている。送れ」
『マザー01了解。報告に感謝する。終わり』
「............ひとまず、これでいいか。アフリカからの進攻群に加えて、亡霊艦隊も偵察対象に追加かぁ......ボーナスが欲しくなる忙しさだな」
「おいおいどんだけ金が欲しいんだお前は。もう十分手当貰ってるだろ」
「何を言う、金はあるに越したことはねぇ。戦争が終わったら、もう働かなくても良くなる」
「戦争が終わったら、ねぇ......終わると思ってるんだな、お前は」
「あぁ、終わるに決まってるさ。一次大戦も、二次大戦も、冷戦だって終わったんだ。今すぐ戦争が終わるなんてことは思わねーけど......ま、今年のクリスマスには一旦帰れるだろうさ」




