第伍拾玖話 第二戦闘正面
ルカ達が無限にも思える敵群体と対峙している頃。レヴィアタン率いる亡霊艦隊も、また敵群体と対峙していた。
「地上戦力は無し、航空猟兵種だけ......やれるよね?」
"は。問題ありません。機動艦隊もそろそろ合流する頃合いです"
「よ~し。それならぁ、機動艦隊に通達。全機発艦。波状攻撃は無し、一回で仕留めきるよ」
"了解。第一前衛艦隊より機動艦隊全艦。全力出撃。一回で仕留めきる"
テラーバードの捨て身の突撃偵察により、敵群体は陸上兵種を伴っていないことが分かっていた。貴重な偵察機を一機失ってしまったが、これだけの大規模襲撃の編成を割れたのはその損失に見合っていると言えるだろう。
機動艦隊から全ての艦載機が飛び立ち、艦隊上空を覆い始めた頃。遂に航空猟兵種の群体が目視圏内へと入った。
「極低空飛行、通りで......」
"電探にも反応がありませんでしたからね。大まかな座標は割れていましたので主砲で削りは入れたはずなのですが......"
「あんまり減ってないねぇ~。ま~ぁしょうがない。ここからでも叩き潰せるよ」
"......それなら良いのですが"
「心配は今は邪魔だよ。それよりも、戦闘機隊を前に。ファイタースイープだよ」
"了解。戦闘機隊全機、噴進弾使用許可。ファイタースイープを開始せよ"
レヴィアタンと武蔵の号令により、上空待機していた戦闘機隊が雪崩を打って敵群体への突撃を開始する。横隊二列で横長く射線を形成。射撃体勢に入った。
"イーグル01より全機、噴進弾用意"
多種多様なレトロな戦闘機の編隊が同じ速度で横隊を成し、翼下にはロケットランチャーを満載。
敵群体との距離は更に縮まり、相対距離一五〇〇〇に迫る。
"イーグル01より全機、敵群体が有効射程に入った。噴進弾第一波、撃ち方始め"
横一線にロケット弾頭が白い尾を引く。対生物用に研ぎ澄まされた鋭敏な信管は航空猟兵種と接触した瞬間に起爆。前衛として突出していた航空猟兵種の群体を破壊。
削り取った前衛群の第二陣、航空猟兵種群中腹に差し込むようにロケット弾頭の第二波攻撃を叩き込む。
"イーグル01より全機、ランチャードロップ。各個に掃射しつつ帰投せよ"
数百機の戦闘機が一斉に機銃掃射を行いつつ回頭。航空猟兵種を引き付けながら、前衛艦隊前方へと誘導していく。
"武蔵よりイーグル全機、これより対空制圧射撃を開始する。即座に艦隊後方へと退避せよ"
"""了解"""
戦闘機隊は背後に迫る航空猟兵種に臆することなく直進し、前衛艦隊上空をフライパス。そのまま後方の機動艦隊の下へと去っていく。
"武蔵より第一前衛艦隊全艦。イーグル全機の安全地帯への退避を確認した。これより、対空制圧射撃を開始する。各個に射撃を開始せよ"
駆逐艦、巡洋艦、戦艦の多層縦深構造たる前衛艦隊が一斉に対空射撃を開始。イーグル隊を深追いし突出していた航空猟兵種の群体を腹から突き崩す形となり、航空猟兵種群はこの攻撃に対し即座に反応。ターゲットを前衛艦隊に移し、プラズマ光球を腹に抱えつつ降下を開始した。
前衛艦隊は主砲による制圧射撃を続行しつつ近接防空戦を展開。密集陣形により発揮される超高密度の十字砲火に晒され、ターゲットを艦艇へと移した航空猟兵種群は瞬く間に壊滅。
イーグル隊の追撃を継続し、浸透していた群体も機動艦隊に護衛として配備されていた防空駆逐艦により全て撃墜された。
しかし、未だに航空猟兵種の群体は正面から迫ってきている。突出群体を殲滅してもなお、艦隊前方に展開している航空猟兵種群は底が知れない。
加えて──。
"U-47より報告。艦隊前方四〇〇〇〇の海中にてソナーに反応アリ。規模からしてヒュドラと推察される"
「遂に来たねぇ......先にこっちに来ちゃったか......」
"先制雷撃を行いますか?"
「いや、もっと引き付けて。距離二〇〇〇〇まで引き付けて、潜水艦で包囲雷撃ってことで」
"了解"
現状、砕氷しながら戦闘もしつつ前進する水上艦隊は動きも制限され鈍足である。対して潜水戦隊はこの状況下にあっても氷の大地の下の海中にて自由な行動が可能である。
とはいえ、自由に動けるだけで魚雷は第二次大戦期の無誘導型。包囲からの飽和雷撃まですれば流石に命中弾無しと言うことは無いだろうが、潜望鏡も無しのソナー頼りではまさか命中無しということもあり得るかもしれない。
「対空砲火、ちゃんとやってる?? 弾幕薄くない??」
"は。しかし、艦隊は密集陣形です。火力密度の高い艦隊近接で迎撃することで、弾薬を温存出来るかと"
「まあァさ~。確かに今後を考えるなら、そうかもねぇ......でもさ、一つ忘れてない?」
"......? 何をでしょうか?"
レヴィアタンは艦橋から甲板へと飛び降りて、不敵に笑みを浮かべる。
「私は"最強"の海獣、レヴィアタンだってことをだよ」
レヴィアタンとは人類の神話の中に名を残す偉大にして強大な神話上の怪物。しかし今、その非現実な怪物は人の形を取って立っている。
繰り返され淘汰された歴史の中で、名前は異なれどその存在だけが脈々と受け継がれてきた理由。
"ですが、よろしいのですか? 派手に動けばあちらも......"
「そんなの今更でしょ! 現にこうして、あっちから動いてきたんだからさ......今更コソコソする必要も無いんじゃない?」
"それは......まぁ、なるほど。一理ありますね"
「でしょ? じゃ、一旦指揮は任せるから、私はひと暴れしてくるねぇ~」
レヴィアタンは手を振りつつ、海洋を操作。盛り上がり加速する波の上に立ち、分厚い氷の大地を波の質量と勢いだけで砕氷。波は次々と波及し、広がり、辺り一帯の氷原を砕き割りながら前進していく。
亡霊艦隊の目の前には少しぶりの青い海が開け、血の気の悪そうな氷の瘡蓋は剥ぎ取られ、細やかな残骸がプカプカと漂い始める。
「何も殲滅しなくたっていいんだから、航空猟兵種は楽なものよね。羽を休めるための地面が無いと、ロクに飛ぶことも出来ない鳥なんてありえないったらない」
航空猟兵種は元来足の短い鳥である。以上に発達した発熱発光器官は、航空猟兵種の身体疲労を誘発し続け、常に身体は休息を求めている。
そして、ヒュドラに連れられての長距離進軍。ここで疲弊していないわけがない。この盤面で航空猟兵種が羽を休めるための足場を破壊し、持久戦へと持ち込めば航空猟兵種は飛行能力の維持が不可能になり墜落。砲弾薬を浪費せずとも自滅する。亡霊艦隊は対ヒュドラ戦に比重を置くことが可能になる。
ヒュドラのアフリカ大陸南部、東岸周辺の凍結による疑似的な地上の延伸はある意味では大成功だろう。現に艦隊は足を取られ、身動きが大きく制限されていた。航空猟兵種も居ることから、恐らくはアフリカ大陸から陸上兵種戦力を引き抜いての切り込み戦でも想定していたのだろう。
「でも相手が悪かった......」
海の魔竜と最強の海獣とでは格が違うのだよ格が、なんて頭に浮かべつつ、レヴィアタンは笑みを深める。
「"今回"も~、残念ながら私の勝ちになるかもねぇ~?」
空から自爆攻撃を仕掛けてくる航空猟兵種を易々と退けつつ、艦隊前方の進路を塞いでいた氷原を完全に破壊。海は血の気の悪そうな薄水色の薄氷から解放され、深く黒い蒼色の海原としての姿を取り戻した。
これでもう、航空猟兵種は帰れない。
あとはこのまま持久戦を展開すればいい。艦隊の行動の制約となっていた氷原は無いのだから、残る不安要素はヒュドラだけ。
レヴィアタンは早速指揮艦となっている武蔵へと帰投し、潜水戦隊からの報告を待ち受けていた。
"U-49より報告。魚雷一部命中、しかし効果は認めず。ヒュドラは進路を維持したまま第一前衛艦隊へと接近している模様"
「ん~ダメかぁ......」
レヴィアタンは軽く伸びをして、事の深刻さをさも理解していないかのような浅い溜息を付く。
「仕方ない......全艦、対空制圧射撃は継続。前衛艦隊戦艦群は主砲は徹甲榴弾に換装して待機。機動艦隊は戦闘機も爆装させて出撃で」
"了解。第一前衛艦隊戦艦群に通達、主砲弾薬徹甲榴弾。機動艦隊は戦闘機を爆装、攻撃機隊も全機発艦。指示を待て"
「よろしい......では、ちょ~ぜつ久々の正面勝負と洒落込もうか......」
そう呟くレヴィアタンの片目には、上位淫魔の淫紋が不気味に揺らめいていた。




