第伍拾捌話 迎撃開始
"揚陸隊よりヒュドラ、敵が白リン弾を使用。進路を阻害された。現在、汚染領域を迂回しつつ進──"
ヒュドラに対し事態の通達と対応の報告を行っていた群体との交信が途絶。続いて、後方で先遣隊の後を追いかけていた先行掃討種の群体からヒュドラに一報が寄せられた。
"こちら揚陸隊、敵部隊の大規模攻撃を確認。先遣隊として突出していた浸透襲撃種群体が大きな打撃を受けている。このままでは作戦の続行が不可能と判断し、一時進攻を停止。現地点を大きく迂回し進攻を再開する"
通常であれば鈍足かつ信管が敏感なミサイルは、航空猟兵種の天蓋に防がれ起爆。地上部隊には届くことなく役目を終えるが、現在の異生物群陸上兵種部隊に航空猟兵種の援護はほぼ皆無である。
常に二重三重四重と分厚く展開された航空猟兵種の肉壁は無く、空を埋め尽くすことも無く所々隙間が空いている。
故に、日米艦隊から放たれた全巡航ミサイルが地上部隊を見事に粉砕。続いて、ネヴィルの能力によって強引に射程を延伸された四六サンチ、及び四〇・六サンチ砲のサーモバリック弾頭が襲来。
ミサイルに同調させられたことで速度を落とした砲弾が、砲弾とは思えぬ遅さで陸上兵種上空へと飛来し、時限信管が作動。五〇〇〇度にもなる熱の光球が陸上兵種を呑み込み焼滅させる。
空気を一瞬にして失った空間は周辺の空気を貪り。瞬間的に空気がほぼ真空状態の空間へと雪崩れ込み、異生物群を巻き込んで爆縮。熱だけでなく、その血肉をも使い潰して群体を焼き尽くした。
その間地上では光球が輝き、遥かな上空からでもその光を視認することが出来ていた。そして、その光を観測。日米艦隊に向けて弾着観測と敵進攻群に対する加害状況を報せるのが、アフリカ東海岸の超高空で偵察活動をしていたSR-71ブラックバード、コードネーム[ストラト・アイ]である。
『ストラト・アイよりマザー01。敵群体への着弾を確認。効果アリと認む。現在、敵群体は進攻を停止。後方から進出中の先行掃討種群は攻撃地点を迂回する動きを見せている。送れ』
「こちらマザー01。報告に感謝する。詳細な戦果は確認可能か? 送れ」
『こちらストラト・アイ。詳細な戦果は黒煙により確認が難しい。しかし、黒煙から出現されるであろう群体が確認できない以上、突出群体の殲滅には成功したものと思われる。現在、後続の群体の動向を監視中である。送れ』
「マザー01了解。後続群体に動きがあれば報告されたし。終わり」
超高空。高度二万メートルを越える成層圏は、今現在安全圏となっている。この場に限って言えば、航空猟兵種の探知範囲外。現在敵群体に追従している航空猟兵種の展開高度が通常の侵攻時よりも極低空であるため、たまたま探知されていないというわけだ。
そして、総攻撃により一時的に超長距離打撃手段を失った日米艦隊は詰められればジリ貧。予想されている大陸規模の大攻勢に対し、如何に砲弾薬と砲身寿命が無限であるとはいえども防衛、もとい敵群体の殲滅は不可能。
無論、それを防ぐ最後の砦も考えていないわけではない。
「マザー01よりアローヘッド。敵先遣隊の殲滅に成功。後方から進攻中の先行掃討種群は攻撃地点を大きく迂回。予想より接敵が遅れるものと予想される。よって作業を延長、追加で主砲弾薬及び機材を輸送する。尚、不測の事態に備え、アローヘッド回収用の輸送ヘリは定刻通り送られる。以上」
矢じり。日米艦隊より約一〇〇キロ地点。YF-35が帰投した後、ヒュドラが確認されていた地点に展開している工兵隊の呼び出し符号である。
現在アローヘッドは出番も無く持て余している現代型戦艦の主砲弾薬を利用した簡易爆発装置を作成。これを地雷として、氷の大地に埋め込んでいる最中だ。
ネヴィルが健在である限り、主砲弾薬に関しては無尽蔵。IED作成のための機材も同様。これを活かさない手は無いだろう。
しかし、大陸規模の進攻群ともなれば幾ら地雷を敷いても焼け石に水である。それでも、何もしないよりはマシ。そういう気休め程度の作業。無論、この地雷原に敵群体が引っ掛かるのを待ってから迎撃をしては異生物群の物量に押し潰されるだけだ。
そこで作戦の第三段階。敵群体の掃討及び全艦のVLS再装填までの遅滞戦闘を、パヴロフ・ルカ軍曹ただ一人で行う必要がある。
「さて、第二段階までの一通りの作戦行動はこれで終了......続いて、作戦の第三段階に移ろうか。ルカ軍曹、一人で心許ないだろうが、どうかよろしく頼む」
「はい!!」
ネヴィルは艦隊で待機、砲弾とミサイルの補充をしなければならない。航空機の発着艦も不可能かつ、ネヴィルの能力を以てしても捲れ上がった飛行甲板の修復などできない。ミサイルが無ければ主砲の射程延伸も不可。
唯一運用可能な航空戦力たるYF-35は数が足りず、垂直離陸では搭載可能な兵装、弾薬、燃料も限られる。先程の出撃とて、氷上で最悪不時着も出来るからと本来の必要量より少なめの燃料搭載量だったのだ。
つまり、自由に動かすことができ、敵の大規模群体に有効な打撃を与えうる駒というのはルカしか居ないのである。
「......大丈夫、いつもと同じだ......いつも通り、一人で敵を撃退する。よし、いつも通りに......」
いつも通り。ルカはそう自分に言い聞かせ、大和より進発。艦隊前方、約五〇〇キロ地点で敵群体を待ち構えていた。片手には工兵から借りた個人携帯の無線機を携え、全方位は何も無い氷原。
酷く殺風景だ。空は雲一つ無い晴天。空気はロシアの冬のように凍てついていて、刺すような冷たい風が微かに吹いている。
だが、地平線の向こうからは敵の気配が暴風の如く流れてきている。サーリヤの眷属になってから感じるようになった悪意の気配。空を真っ黒に埋め尽くすような、ドス黒く粘りっ気のある風のような何か。
『マザー01よりボールドイーグル。ストラト・アイから報告。迂回中の先行掃討種群に後詰めと思われる浸透襲撃種の群体が合流、航空猟兵種を伴い進攻中。なお、当群体は迂回後に再集結する動きは見られず、群体は二つに分離したままである。留意せよ』
「ボールドイーグル了解......迎撃を開始します」
留意せよ、とはつまり逃すなということでもあるだろう。確かに、大陸規模の進攻群ともなれば、二つに分離した内の一つでも相当な物量になる。
「......来た」
地平線の奥から、黒い波が沸き起こる。氷上で反射した太陽光と合わさって見えづらいが、緑色の煌めきが見える。
目を凝らせば先頭に浸透襲撃種。その後ろに先行掃討種。地上より二〇メートルほどの極低空に航空猟兵種が展開している。重装甲殻種の姿は未だ見えない。
あまり派手な動きは出来なさそうだ。
「まだ遠いな......気付いてないと、いいんだけど」
ルカの手首からは既に鎖が伸びている。鎖は氷原に埋め込まれ、目を凝らせば黒い筋が延々と伸びているのが見える。目のような器官を持っているのは航空猟兵種のみ。いくら極低空を飛んでいても、真下の地面の中までは目が回らないはずだ。
一〇秒、三〇秒、一分と時間が過ぎていき、敵群体は怯むことなく突き進んでくる。もう間もなく二キロを切る頃だろう。
敵群体も既にルカを認識しているようで、突出している浸透襲撃種の群体からは絶え間なく絶叫のような威嚇声が発せられている。海戦続きだったせいか、慣れたと思っていた浸透襲撃種の絶叫が悍ましく感じてしまう。
鼓膜を切り裂き、腸を芯から冷やし足を竦ませる地獄の断末魔のような叫び声。
「っく......耳が......」
甲高い絶叫に耳を傾けてしまえば、即座に強烈な耳鳴りに苛まれる。これ以上距離を詰められては危険だが、まだ罠に掛けるには遠すぎる。もう少し引き付けなければ、苦労して撒いた罠も徒労に終わる。
「まだ......まだ......あとちょっと、もう少しだけ............」
想像を絶する量の浸透襲撃種が入り混じり、互いの絶叫を増幅していく。頭が引き裂けそうなほどの耳鳴りで鼓膜も弾けそうだが、まだだ。
ジッと。ジッと待機して、遂に突出群体との距離が一キロを切った。
「もう少し......もう少し......よし、発破!!」
ルカが鎖の繋がれた手を引き上げ、氷原の下に敷設されていた鎖から分離。埋設されていた鎖の爆薬が起爆し、津波のように氷を巻き上げながら爆発の連鎖を引き起こす。
爆発の熱と衝撃で霧が発生。視界が遮られる。氷の小雨が降り、パラパラと炒めるような音が辺りに響く。敵の気配は近くにはない。一匹を除いて。
「......やられるかよ!!」
不意打ち気味に真正面から現れた浸透襲撃種を一刀両断。二枚卸に仕立て上げる。嫌なことだが、これも慣れたものだ。
霧と雨が晴れれば、爆発で大きく割れた氷原が姿を見せる。爆発で生じた渓谷は深く、底には波打つ海原が見える。浸透襲撃種の肉片と先行掃討種の欠片が散乱し、朱く染まっている。
突出群は殲滅。だが、渓谷の向こうには未だに殲滅しきれなかった後詰めの先行掃討種の群体が犇めいている。航空猟兵種は渓谷などお構いなしに渓谷を渡り、プラズマの光球を抱えながら突っ込んできている。
まだ、群体の第二陣や重装甲殻種は見えない。
「くそっ、全然減ってないじゃないか......!!」
まだまだ、踏ん張る必要がありそうだ。




