第四拾漆話 第二次攻撃隊、襲来
「右舷に被弾!! 火災発生、第三速射砲塔沈黙!!」
曇天が覆う暗夜の下、大和の右舷中央で火の手が上がる。
「ダメージコントロール、急げ!!」
地獄の烈火が如く、未だ敵弾は降り注いでいる。敵の砲火は補助艦艇を無視して大和へと集中しており、致命的な打撃こそ受けていないものの、大口径砲の被弾が嵩むことで戦闘能力を奪われつつある。
現状、大和率いる護衛艦隊はルカが撃沈した戦艦を含め、敵の戦艦二隻と巡洋艦一隻を沈めてはいるものの、船体形状や艦橋構造からして撃沈したのは戦間期の代物。
武蔵などの近代戦艦は未だ健在であり、打撃力は衰えていなかった。
「右舷、消火終わりました。ですが、これ以上被弾が嵩むと.....」
「分かっている。主砲の残弾はどうだ?」
「現在、搭載弾薬の約四○パーセントを使用。長期戦では弾薬の枯渇もありうるかと」
「厳しいな.....ネヴィル君が居ていれれば、弾薬の心配など要らないのだが」
悩む間にも、鬱陶しく砲撃の着弾音が脳を揺らして止まない。だが、霰の如き砲撃が、損害だけをもたらしているわけではないのも確かである。
大和自身の主砲の衝撃波、着弾時の波紋に、水中で炸裂した砲弾などで艦隊の足を掴んで離さぬ渦潮の勢いが弱まりつつある。
現状の大和は一二ノットから一九ノットにまで回復。舵も多少は効くようになり、耳障りな船体の軋む音も聞こえなくなってきている。
「操舵手、この渦潮から脱出するにはあと何ノット必要かね?」
「渦潮も弱まってきていますから、二五ノットもあれば脱出できると思われます」
「よし、それならもう少しだけ持ち堪えるだけで良さそうだが......イージス、駆逐艦隊が同様に脱出出来るかどうか」
巨大な船体に依る圧倒的な安定性、走破性と莫大な機関出力を誇る大和であれば速度さえ乗れば十分ではある。
しかし、小柄故に波に吞まれやすい小艦艇はそうもいかない。ネヴィルであれば、大和の走破性を共鳴させ共有することも容易いだろうが。
「無線機でも渡しておくべきだったか......事を急いたな......まぁいい。この距離なら発光信号でも届くだろう。ルカ軍曹とネヴィル君に連絡を──」
「レーダーに敵影!! 敵航空隊です!!」
「なんだと?!」
急いでレーダーを見れば、推定二三〇機もの大編隊が大和率いる艦隊に向けて殺到していた。
「距離と高度は?!」
「距離一二〇〇〇、高度は一二〇機が二〇〇〇、残りが六〇〇〇にて接近中です!!」
「くそっ、第二次攻撃隊か!! となると敵戦艦隊は陽動か......?!」
あれとこれと思考が巡るが、今は考えている暇などない。何か策を打たなければ。ネヴィルが不在かつダメージを受け、弾薬と各対空砲群の銃身の焼け付きを心配しなければいけない現状では航空機の飽和攻撃に対処しきれない。
「ネヴィルとルカを呼び戻す!! 早急に発光信号を......」
フリーズしたかのように動きを止める高野大佐に、他の乗組員は眉をひそめる。
「......いや、待てよ......航空機、ヘリ......」
「どうかなさいましたか?」
長い沈黙を経て、高野大佐は今の状況にはそぐわないであろう命令を下達した。
「ヘリをいつでも発艦できるようにさせておいてくれ。ネヴィル君とルカ軍曹を回収し、現海域より離脱する」
「へ、ヘリを?! ですが潜水艦の脅威も無い現状で、ヘリなど飛ばしても──」
「考えがある。まずは発光信号だ。二人を呼び戻さなければこの考えも泡と消えることになるからね」
「......了解しました」
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駆逐艦の魚雷を誘爆させ、早速一隻撃沈。といったところで、ルカは大和からの発光信号を視界の隅に捉えた。
「あれは......大和からの発光信号?」
軽く周囲を警戒し、撃沈した駆逐艦の残骸を盾にしながら内容を確認する。
『コチラ大和。アヴァターラ、ボールドイーグル両名ハ、現在の作戦行動ヲ中止。至急、大和ニ帰投サレタシ。両名ノ帰投ヲ確認シタ後、現海域ヨリ離脱スル』
この状況での突然の帰投命令と、そもそも離脱できるかどうかに疑問を抱いたルカであったが、それ以上の懸念事項があることをルカは知っていた。
「ネヴィルさんをどうするべきか......」
現状、敵の催眠に掛かっているネヴィルを元に戻す方法は不明である。心当たりが無いことも無いのだが、やや危険な選択肢だ。
「でも、四の五の言ってられる状況でもないよな......」
チャーム状態のネヴィルと最初に遭遇した時、不自然な紋様が浮かび上がっていたのは片目だけだった。
もしあれがチャーム状態の根本的な原因なら、その片目を切ってしまえばいい。
とはいえ、確証はない。もし切ったところでチャームが解けなければ、それこそ無駄骨である。が、現状の具体的な打開策はこれしかない。
「すみません、ネヴィルさん......」
武蔵の甲板からルカに睨みを効かせるネヴィルに向けて、先に謝りを入れておく。
「片目、貰います!!」
ルカは駆逐艦隊の撃滅より、大和からの帰投命令を優先すべきと判断。一路、武蔵の艦上へと向かう。
武蔵に近付くにつれて、尋常ならざる対空弾幕が展開されるも、小柄なことが幸いし軽々突破。主砲の衝撃波を警戒しつつ艦首に降り立った。
「どうするつもりですか? ルカ軍曹」
ネヴィルは長剣を構え、淫紋の刻まれた片目を閉じて睨み付ける。
「発光信号は......」
「確認しています。そして、この状況を打開する為に貴方が成そうとしていることもまた、重々承知しています」
ネヴィルは一歩づつ、ゆっくりと距離を詰めてくる。長剣を握る手は力強く、血と殺意が悍ましい程に感じられる。
「......上手く行けばいいんですけど」
「上手く行きますよ。ジャガーノートに魅入られた貴方であれば」
言い切ると共に、早速ネヴィルがルカに対し斬りかかる。ルカは咄嗟に斬撃を躱し、続いて襲い来る二撃目を鎖で受け止める。
急な斬撃に体勢を崩しそうになるも、三つの尾を甲板に突き立ててどうにか持ち堪える。
「ぐっ、き、急すぎっ!!」
「時間が無いのですから、当然でしょう。それよりも集中を、ルカ軍曹」
「わ、分かりました......」
力押しで姿勢を崩そうとしてくるネヴィルに対抗し、ルカは脇腹から尾を一つ覗かせ撃発。鎖弾こそ避けられたものの、ネヴィルに距離を取らせることに。
ルカに立て直す暇など与えぬと、ネヴィルはすぐさま切り返し長剣を振ってくる。
「反応が遅いですよ」
「そんなこと言われてもっ......!!」
斬撃こそ鎖で弾き、躱し、受け止めて被弾皆無であるものの、休む間もない連続した斬撃を凌ぎ続けるのは集中力を摩耗させる。
防戦一方ではジリ貧だ。短期決戦に持ち込む必要があるだろう。
頭を捻っている間にも、武蔵の主砲が再び黒煙を上げる。
四六サンチ砲の衝撃波は、甲板上の全てを震撼させる。波の打ち付ける船体を軋ませ、空気を焼き払い。海面を歪ませる。
ルカもネヴィルも、戦艦ほどの巨砲の衝撃には動きを止めてしまう。
「......これだ」
ルカは足元で鎖を起爆。武蔵の主砲の真横へと向かい、ネヴィルも後に続く。
「なるほど、妙案ですね。根競べと行きましょう」
両者が睨み合うと同時に、武蔵の主砲が再度火を吹く。不意打ち染みた主砲の衝撃波は二人の身体を硬直させ、人間を三回殺して余りあるブラスト圧は内臓を粉砕。
破裂した鼓膜とスクランブルエッグと化した内臓の修復では、ルカに軍配が上がる。
「いましか......無いっ!!」
痛みに悲鳴を上げる身体を無理やり動かし、ネヴィルに向かって吶喊。傷の再生で動けないネヴィルの左目だけを狙って鎖で斬り付ける。
鮮血が僅かに飛び散り、ネヴィルが片目を抑えてうなだれる。
「──お見事」
勢い余ったか。耳元まで裂傷が伸びており、抑えている手の下には血の滝が出来てしまっていた。
「問題ありません、読みは当たったようです。早く大和に帰投しましょう」
「は、はい!」
罪悪感に締め付けられる心を後回しにして、ルカはネヴィルを背負って武蔵の甲板より離脱を開始。
手負いのネヴィルを逃すまいと再び対空弾幕を張ってきたが、海面スレスレを飛翔して掻い潜り。ルカとネヴィルは闇夜の海原に紛れ、全速で大和への帰路に付いた。
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「へェ~、上手いことやるもんだねぇ~」
レヴィアタンは闇夜に消え入る二人を、武蔵の艦橋から見届けていた。
"追撃致しますか? 三式弾であれば、撃墜は容易かと思われますが"
「いや、いいよ。もう少し粘ったら~、航空隊に任せるからね」
"粘る......また彼らですか"
「そう。よくもまぁ、懲りないもんだよね~」
レヴィアタンの艦隊も、この海域にこれ以上留まるつもりは無い。否、留まれないのである。
"艦隊より四時方向、距離六五〇〇〇"
「規模は?」
"飛雷母種五、砲艇種多数"
「ッチ、主力じゃんか~」
自らのシマで騒音を立ててドンパチを繰り返す大和、武蔵両艦隊に対し、異生物群の海洋種編隊がこれを撃滅する為に向かっていたのである。
だが、海洋種編隊の主目的は武蔵率いる第一打撃艦隊であった。護衛艦隊は二の次である。
「まぁいいや。第二次攻撃隊の到着を確認してから離脱。そしたらもう一狩り......いっちゃおうか!!」




