第肆拾伍話 内部ゲバルト
三又の槍がルカの頭上に迫り、これは捕った。とレヴィアタンは笑みを深める。
だが──。
「殺気が隠せていませんね」
「ちぇ、つまんな~」
殺気に気付けないルカに代わり、ネヴィルが振り向きざまに長剣を振るう。重く鈍い衝突音が響き、レヴィアタンはバックステップを踏んで後退。
微かに聞こえる衝突音と脳に振動を感じ、ルカも奇襲されたことに気付く。
「い、いつの間に......」
「鈍いですね、貴方も」
「すみません......まだ慣れてなくて」
ルカも鎖を構え、ネヴィルと共に臨戦態勢を取る。
「あ~もうつまんないな~、めんどくさいな~......」
レヴィアタンはフラフラとやる気無さげに立ち上がり、三又の槍を構える。
ネヴィルはその槍にどこか見覚えでもあるのか、突き付けられた槍を睨み付けていた。
「その槍、どこで手に入れたのですか?」
「え~? 教えなぁ~い!! 知りたいならァ~、力づくで。ね?」
「ッ!! 不届き者め!!」
「え、ちょ、ちょっとネヴィルさ──」
ルカの静止に耳を貸さず、ネヴィルは一気呵成に斬りかかる。ルカからしてみれば消えるような俊足であったが、レヴィアタンは振り下ろされた長剣を容易く受け止め、ぐるりと槍を回転させて受け流す。
ネヴィルは受け流され、地面に突き刺さった長剣を支えにレヴィアタンの横っ腹に蹴りを叩き込む。
軍靴の鋭い爪先が横っ腹に深く突き刺さり、レヴィアタンは甲板上から放り出されてしまう。
「す、すごい......」
「いえ、まだです」
感心するルカの真横から、巨大な水柱が上がる。一瞬砲撃かとも思ったが、水柱の天辺で鈍く煌めく凶器を見て砲撃ではないと悟る。
ルカの真横に三又の槍が着弾。槍に一瞬気を取られてしまい、ルカは続くレヴィアタンの飛び蹴りを腹に喰らってしまう。
「ごっ?!」
「ルカ軍曹!!」
蹴られた勢いのまま甲板より放り出されたルカは、嫌な予感を感じて即座に鎖を発破。急速に切り返し甲板に着地。
先程までルカが居た洋上からはレーザーの如き水柱が撃ち出されており、嫌な予感は杞憂では無かったようだ。
「ちぇっ、外したか~」
レヴィアタンは槍を抜き、構え直す。すぐさま攻撃には移らず、こちらの様子を伺っているようだ。
「うっ......く、速いっ!!」
「ルカ軍曹、奴の足元を」
「足元?」
傍目で怪我が無いことを確認したネヴィルが、レヴィアタンの足元を目で示す。よく見れば、レヴィアタンの足元はユラユラと蠢き、若干のテカりを帯びている。
その上、どうやら少し浮いているようにも見える。
「......海水?」
「恐らくは。摩擦を極端に減らし、水圧の増減であれだけの瞬発力を得ているのでしょう」
言い終えると共に、レヴィアタンは槍を肩に担ぎほくそ笑む。
「ご明察~。流石はお母さま!!」
「もう母親と呼ばれる筋合いはありません。邪神レヴィアタン!!」
「え......え”ェっ?!」
ルカの困惑を吹き飛ばすかのように、戦艦の主砲がまた一発放たれる。雷鳴の如き咆哮と、空を揺する衝撃波がジンと内腑に重くのしかかる。
「邪神だなんて酷い物言いだな~、お母さま? 私を産んで欲しいって頼んだのはお母さまの癖に~」
煽るようなレヴィアタンの言い草に、ネヴィルは瞳を吊り上げていく。
「な、なにがあったんですか??」
「......レヴィアタンはあの邪神らに対抗するため、私がブラフマーと共に生み出した神獣です」
「ってことは......元々は味方?」
「えぇ。邪神らに取り込まれて、今やあのザマですが」
レヴィアタンは卑しく笑みを浮かべ、媚びるような声で話しかけてくる。
「お母さまァ~? 親子水入らず、すこ~しお話とかどうかなぁ?」
「断固拒否させていただきます。反逆者と交渉などできません」
ネヴィルは長剣の切っ先を突き付け、即座にレヴィアタンへと斬りかかる。
「おぉっと。危ない危ない」
槍で斬撃を受け止め、続く連撃も無駄なく弾いていく。
ルカは目で追うだけでも精一杯な二人の戦闘に飛び込む勇気も無く、どうしたものかと機会を伺っていた。
「つ、ついていけない......あっ、いやでも」
ふと二人の戦いから目を外し、目の前の巨大な楼閣を見上げる。作戦の主目的は戦艦の破壊だ。二人の関係性は非常に気になるが、今はこの鉄の城塞を粉砕しなければならない。
とはいったものの、如何にしてこの鉄塊を沈めるかというのが難問である。船体にはあちらこちらに巨大な破孔や亀裂が入っており、海水が入り放題な割には沈む様子がない。
浮力とは別の何かで浮いているようだが、そうだとするとどう撃沈すべきか悩んでしまう。
だが、いくら浮力が関係ないと言えど船体そのものが断裂などしては戦闘不能にはなるだろう。
「やるだけ......やってみるか」
ルカは甲板上で激しく鍔迫り合いを繰り返す二人の視界から逸れるため、一度甲板から離脱。
船首付近に空いていた巨大な破孔から艦内部へと侵入する。
「うっ、また臭い......」
艦内へと入った瞬間。先程までは微塵も感じえなかった異常なまでの臭気が鼻を麻痺らせる。
腐った水と死肉の臭いだ。
「肉なんて見えないのに......どうなってんだよ......」
狙うならば弾薬庫。手始めに二発、分厚い隔壁に鎖弾を撃ち込む。
くぐもった爆発音が反響し、見事隔壁に大穴を開けることが出来た。戦艦といえど、中身は案外脆いようだ。
その後も主砲塔直下にあるであろう弾薬庫を目指して隔壁を破壊。艦内部の奥深くへと突き進み、遂に弾薬庫を発見した。
砲塔直下の弾薬庫には無数の巨大な弾頭、装薬が敷き詰められており、肉塊のような触手が砲塔へと揚弾を行っていた。これまた悪趣味な内部構造だ。機械類はほとんど錆切っているが故だろうが、これまた気持ちが悪い。
「ひとまずこれを......いやでもこのままじゃな......」
このまま鎖弾を撃ち込んでは自分も爆発に巻き込まれてしまう。そうであるならば、と手首から生やした鎖を慎重に垂らす。
そのまま鎖を伸ばしつつ艦内部から脱出。これで導火線が出来た。
あとはネヴィルと合流し、一旦離脱したいところだが。
「ネヴィルさーん? ......居ない?」
流石に勝手に爆破して何かあっては困る。ネヴィルと合流したいのだが、さっきまで激しく殺り合っていた二人の気配がどこにもない。
片手の鎖を遊ばせたまま、甲板上から辺りを見渡す。海上、甲板には居ない。であればもしや、と艦橋を見上げてみると、銀髪をなびかせルカを見下ろしていた。
声を掛けようと思ったのも矢先。どうにも様子がおかしい。
ネヴィルは艦橋から甲板へと降り立ち、顔を俯かせたままユラユラと近付いてくる。まるで亡霊だ。
「ルカ軍曹」
「な、なんでしょうか?」
ただならぬ気配を感じたルカは片方の手で鎖を構え、臨戦態勢を取る。
「どうやら私は、貴方と敵対しなければいけないようです」
ネヴィルはゆっくりと顔を上げ、ギラギラと朱く光り、淫紋の刻まれた片目を見せる。
これはどうやら、面倒なことになってしまったようだ。




