第肆拾肆話 総員、切リ込ミ二備エ!!
「主砲、敵艦に挟叉!!」
「よぉし......諸元そのまま、修正無し。ッてー!!」
先の斉射の諸元を追いつつ、大和の主砲が放たれる。続いて斉射。
「......まだ渦潮は収まらないのか?」
「恐らくは敵の策でしょうから、私たちが撃沈されるまで消えないでしょうね」
とネヴィルは瞳を眇めたまま答える。
そうしてどうこの状況を切り抜けようかと考えている間にも、敵の弾着点は大和をじわじわと包囲するように迫り、皆の思考を焦燥で掻き乱していく。
ここで一つ、高野大佐は賭けに出る。
「ネヴィル君、ルカ軍曹。直接敵艦隊に赴いて撃沈することは可能かね?」
「「直接?」」
ネヴィルとルカの声が重なる。どうやら、二人とも考えていることは似ているようだ。
「いやー......戦車くらいなら行けましたけど、戦艦は流石に分からないです......」
「戦艦は数万トンの鉄の塊です。装甲もさることながら、非常に高い堪航性もある。ルカ軍曹の鎖を巻き付けて発破でもすれば、あるいはあり得るかもしれませんが......そう容易くもないでしょう」
もっともなネヴィルの意見を聞いて、高野大佐は苦い顔をしてしまう。
確かに、戦艦を撃沈しろというのは容易いものではなく、それこと荒唐無稽で無理難題。だが、僅かにでも可能性があるならばやる他に無い。
「確かに、ネヴィル君の言う通りだ。だがどうか、頼まれてくれないかね? 今は君達だけが頼りだ」
「............分かりました。やってみます」
「はァ......貴方も大概お人好しですね。ルカ軍曹」
やるのであれば、僅かであっても成功率を上げるが吉だ。そう思い、ネヴィルは渋々ルカと共に承諾する。
「分かりました。命令は敵艦隊に肉薄。特に戦艦に対し切り込みを行い、極至近よりの攻撃を以てして撃沈すること。でよろしいですか?」
「言い回しが古いな......もっとこう、そこまで硬く無くてもいいと思うぞ?」
「......古い人間なものでして」
「そうか......まぁ内容はそれで大丈夫だ。ルカ軍曹と協同し、少しでも我が方に有利になる結果をもたらしてくれ。頼んだぞ」
「了解しました」
ネヴィルとルカの協同とはいえ、ルカからしてみればネヴィルに果たして戦闘能力があるのかについては疑問であった。どちらかというと後方の支援要員であるべきだと思うのだが。
そんな疑問がルカの顔に出ていたのか、ネヴィルは自信満々な笑みを浮かべて話しかけてくる。
「私に戦闘は出来ないと、そう思っていますね?」
「え? え、あぁ......まぁ、はい」
「安心してください。貴方の力を借りられれば、それなりには戦えます。それで、よろしいですか?」
「そういうことなら......まぁ......」
──交戦より約二〇分──
両艦隊の距離は三〇キロを切り、遂に命中弾が発生する。先に砲弾を命中させたのは、数で勝る亡霊艦隊であった。
大和から離艦した直後、背後で発生した爆炎にルカは驚きを隠せずにいた。ルカは咄嗟に振り返り、渦潮に呑まれている大和を注視する。
「うわっ?! あ、あれ!! 戻らないと!!」
「あの程度なら軽傷です。大和であれば、軽い砲撃の一〇発二〇発は耐えるでしょう。私たちは数で劣っています。今は、大和に踏ん張ってもらうほかにありません」
「で、でも!!」
「戦艦が簡単に沈むわけないでしょう。見て見なさい」
背中にしがみつくネヴィルが諭すように言う。それに従い様子を見ていると、空に昇っていた黒煙は直ぐに姿を消し。被弾したであろう甲板は表面の装甲が少し削れている程度であった。
ダメージコントロールは上手く機能しているようだが。いやはや、凄まじい堅牢さだ。
「自己誘導飛雷は最も大きい標的を狙う。つまり、大和は自己誘導飛雷にとって格好の獲物です。故に、水雷防御、対弾防御共に世界トップクラスの性能を誇っています。旧時代の戦艦の砲撃では有効打足りえません」
「それは......凄いですね......」
「それでもなお、不安ですか?」
問題無さげに主砲の砲炎を上げる大和を見て、ようやくルカは決心がついた。
「大丈夫です。行きましょう」
「よろしい。大和は武蔵に火力を集中しています。私たちは取り巻きを狙うとしましょうか」
「了解!」
いざ征かん、となれば三〇キロ程度、ルカにとっては一つ飛びである。
しかし、敵艦隊は小さな人間二人を無傷で通してくれるほど、優しくもないらしい。艦隊へと近付いた途端、対空砲火が弾幕を張ってきた。
「......強行突破しましょう。行けますね?」
「もちろんです」
足元に鎖を固め、一斉に発破。武蔵に追従する戦艦の甲板へと砲弾が如く着弾する。
「さすがに甲板に乗ってしまえば撃てないようですね。乗員らしきモノも居ないようですし、これはワンチャンス。あるかもしれません」
「けど、戦艦の主砲の衝撃波って相当強いんですよね? 甲板なんかに居て大丈夫なんですか?」
「貴方は不死。私も半分は神ですから、核弾頭でもなければ死にません。それより......」
ネヴィルはそっと片手を差し出してくる。
「鎖を二つほど分けてくださいますか? もちろん、信管は抜きで」
「いいですけど......どう使うんです?」
「見れば分かります」
切り取った鎖を渡すと、ネヴィルは血が出るのも気にせず鎖を強く握りしめた。ルカは一瞬身を引いてたじろいでしまったが、よくよく考えるといつも自分がしていることだ。
傍から見ていると、なんとも痛ましい。ルカはつい自分の手首をさすってしまう。
「ルカ軍曹。貴方の力は、貴方だけの特権というわけではないのですよ」
そう言ってネヴィルが両手を振り下ろすと、ルカの鎖を引き延ばしたような長剣が飛び出してくる。剣はルカの鎖と同じように鈍色の輝きを放っており、遜色など無いように思える。
長剣の生え方も二の腕の半ばから両腕を裂くように生えており、ルカのものとよく似通っていた。
「い、痛くない......ですか??」
「えぇ。慣れてますので」
ルカが若干引いてると、乗り移っていた戦艦の主砲が撃発。身体が吹っ飛ばされそうなほどの衝撃波をモロに喰らい、全身の内側からズキズキと痛みが襲い掛かる。
「あ"ぁ"!! また耳が!!」
「全く、貴方もですか」
二人共々、極至近で戦艦の主砲の衝撃波を受け、ものの見事に鼓膜が弾け飛んでいた。
故に。後背からの奇襲に対し迅速に対応することは、半ば不可能であったと言えよう。
「隙あ~り!!」
レヴィアタンは三叉槍を構え、ニンマリと歪んだ笑みを見せていた。




