第肆拾話 シーレーンの略奪者
「全艦被害報告」
『こちら駆逐隊、損傷軽微』
『こちらイージス艦隊、同じく損傷軽微』
周囲の補助艦艇からは煙一つ上がっておらず、目立った損傷も見られない。だが、唯一大和だけが右舷の一部より黒煙を上げていた。
「本艦の被害は?」
「は、右舷至近にて迎撃した自己誘導飛雷の衝撃でCIWSが一基大破。ですが、レーダー設備に異常はありません」
「なら大丈夫だろう。すぐにダメコンを」
「了解」
自己誘導飛雷の迎撃が無事に終わり。母船である飛雷母種も、一匹取り逃がしたが主砲とミサイルで撃滅した。
あとの懸念点と言えば航空隊を送り付けてきた謎の敵性艦隊。
そしてルカの反応消失。
「そういえば、例の艦隊は?」
「航空隊を追跡していましたが、結局レーダーの映りが悪く......詳細な居場所は特定出来ていません」
「接近はしているか?」
「いえ、どうやら......離脱するようです。反撃致しますか?」
「それは......」
VLSの残弾はまだたんまり残っている。敵が過去に囚われた古い艦隊であるならば、全艦のVLSによる飽和攻撃で仕留められるだろう。
だが、こういう局面で逃げる敵を追うのは悪手だと相場が決まっている。ここは手を引こう。
「いや、反撃は無しだ。敵の素性が掴めない以上、迂闊に手は出せない」
「了解」
「ところで......ルカ軍曹の反応はまだ消えたままかね?」
「はい。反応が消失した地点を監視していますが、未だ反応ありません」
戦闘も落ち着いたタイミングだ。救助ヘリでも出そうかと指示を飛ばしたタイミングで、電探が艦隊の頭上に出現したルカを捉えた。
「あーもうどうなってんだ!! 艦隊直上、ルカ軍曹の反応を確認しました!!」
「それは何よりだが......はぁ、何がどうなっているんだか」
戸惑いながらも近くの海面に落着したルカを救出。何が起きたのか、話を聞くことにした。
しかし──。
「困ったな......まさか記憶が曖昧とは」
「新たな敵の攻撃でしょうか?」
「いや、ルカ軍曹はこの事象自体は前にも遭遇したことがあるようだ。まぁ、肉体ごと消えたらしいというのは初めてだそうだがね」
念のため薬物も疑ったが、簡単な検査では一応陰性。例え何かが間違って陽性が出たにしても、機器類は誤魔化せない。
「で、あの不埒なサメはまだ我が艦隊についてきているのかい?」
「そのようです。艦隊後方、距離二〇〇〇を保ち追跡している模様」
「そうか......いいだろう。世界で屈指の対潜能力を誇る海上自衛隊を付け回すとは、敵も命知らずだね」
「どういたしますか?」
高野大佐は薄く笑みを見せる。
「答えは決まっている。全艦に対潜戦闘を用意させたまえ。全世界の打撃艦隊を支えている中東の石油を運ぶ輸送路を、これ以上荒されるわけにはいかないからね」
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"こちらU-09。敵艦隊に攻撃の予兆見られず。進路は以前ソコトラ島と推測される"
「りょうか~い。そのまま監視続けといてね、お願い」
"了解"
敵艦隊を監視していた潜水艦からの報告を受けて、本命の艦隊も逃げるフリから離脱へと行動を移す。
先程の威力偵察でかなりの数の航空機を損失してしまったが、航空機程度なら海底を漁れば無限が如く補充出来る。ただ一つの問題は──。
「機体は補充できるけど、"中身"はどうしよっかな~。また盗んでくるしかないけど、目付けられてもめんどくさいし」
"それなら、航空機の使用は控えた方がよろしいのでは?"
「武蔵~、君は航空機の価値を分かってないね~。あの艦隊には空母が無い。対空弾幕は確かに強力だったけど、隙さえ作れれば航空機が無双できる相手だよ」
かつて航空機に沈められた武蔵としては思う所があるのだろうが、お姉さまの為だ。四の五の言われては困る。
"......では、また彼らの領域に襲撃を?"
「するしかないよね~、私は密航者だしさ~」
とはいえ、まだ機体の中身に余剰はある。少しの損害で一々ソマリアまで遠征するのも馬鹿らしい。今はまだ時機ではない。余剰分でやりくりすべきだろう。
"......今後の予定は?"
「艦隊がソコトラ島に近付くまでは待機かな~。んで、ソコトラ島から買えるタイミングを狙うの。あとは~、航空機で偵察とちょっかい掛けるのも忘れずにね~」
"では機動艦隊にはそのように連絡しておきます"
「ん~、助かる~。じゃ、お願いね~」
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"こちらU-09。敵艦隊が進路を変更。ソコトラ島沖六五〇キロ地点にて南下を──"
U-09の交信が途絶え、大和率いる艦隊の後方には巨大な水柱が上がる。
「対潜魚雷命中。潜水艦の撃沈を確認」
「まず一匹。次のサメに移ろう」
「了解......艦隊より五時方向で突発音!! 魚雷を発射した模様!!」
潜水艦の魚雷発射を受け、全艦が各自回避行動を起こす。だが、敵潜水艦は迂闊にも魚雷を発射している。潜水艦の所在が丸わかりであり、すぐさまアスロック対潜ミサイルが発射される。
「敵の魚雷は?」
「無誘導のようです。距離もありますし、回避は容易です」
「よし、撃沈確認を待って次に移るぞ」
直進するだけの魚雷を艦隊は容易に回避。数十秒待って、またしても後方で水柱が上がる。
水柱は仄かに赤みを帯びており、黒い鉄片が空に舞っている。ソナーで確認するまでも無く、撃沈は明らかだ。
「この調子で行けるかどうか......」
「......どうやら、この調子では行けないようです。艦隊より一一時、三時、八時方向より連続した突発音。我が艦隊は包囲されています......!!」




