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第参拾壱話 ジークフリート作戦

『こちらタイガー、CP。目標を視認。これより誘導砲撃を開始する。フラクタルはどうか。送れ』

「CP了解。フラクタルも準備完了している。いつでも始めてくれ。送れ」

『タイガー了解。誘導砲撃を開始する。終わり』


 無線を切り、指揮官がルカ達に向き直る。


「作戦内容は頭に入っているな?」

「イエス!!」

「もちろん」

「大丈夫です」


 たった小一時間で練り上げられた簡素な計画だ。流石のルカでも、頭に全て詰め込める。


「ジークフリート作戦。ゲルマン神話、竜殺しの英雄の名か......タイガー隊の連中はさぞ士気が高いだろうな」

「そうでないと困りますわ」

「まぁ、ともかくトリニティも配置に付いてくれ。こちらは我々だけでどうかする」

「頼みますわよ。背後の一突きは勘弁願いますもの」

「......善処しよう」


 ヴォルゴグラードを進発してから実に九時間。夜が真っ暗なせいで朝も昼も夜も見分けが付かないが、現在時刻は二〇時頃。


 敵の伏撃こそ警戒すれど、防衛線など皆無な荒野を進むだけ。それでも疲労は蓄積している。小一時間の間に食事は済ませた。作戦の詰めとシミュレーションで休めたとは言い難いが、ここが山場だ。


「それにしても、パイルバンカーが効かないってのは困りますわね......これ以上の火力となると瞬時には出せませんし......」


 手元に展開したパイルバンカーをガチャガチャと弄りつつ呟く。


「そういえば、そもそもなんでその、パイルバンカー? 近接武器なんですか?」

「単純に瞬時に展開出来て、一番火力が高いからですわ。レールガンなどではついでに電力も要りますし。何より見栄えがいいですわ」


 ガチャンっと音を立てて槍が引っ込む様は、確かに中々イカしている。焼け付くような熱の籠った蒸気を吹かすのも、未だ少年のルカにはそそるものがある。


 それはそうとして。果たして攻撃直後の硬直時間も長く、常に対多数戦闘を強いられるこの戦争とは相性が悪そうではある。


 それをロマンというただ一つの長所だけで使っているのだから、全くどれほど力量を隠しているのか。


「まぁどうであれ、これ以上の火力を求めるなら下準備が必要ですの。今の状況には合いませんわ」

「それは......確かに......」

「眷属。そろそろ配置に」

「あっ、そうでした......すみません......」


 ジークフリート作戦第一段階。ルノレクスの指定座標への誘導。この段階における主役は、最高の火力と機動力と練度を誇るタイガー隊であった。


 目標を視認したタイガー隊──レオパルト2A5の隊列は威勢よく砲火を吹き上げ、ジークフリート作戦の開始を告げた。


「......来たっ!! タイガー01、フラクタル!! 目標の誘導に成功!!」

『フラクタル了解。クリスタル01から04、状態良好。誘導地点に変更なし』


 瓦礫を焼き焦がしつつ迫るルノレクスに、タイガー隊は後退を開始。引き撃ちを持って、ルノレクスを瓦礫の山の谷間へと誘引していく。


 後退するにつれて道は狭くなっていく。レオパルトの車列は最初の横隊から縦隊へと移ろい、急激に火力が落ち込む。


 その隙を逃さんと、ルノレクスはその巨大な両翼を空に叩き付け増速。急激にタイガー隊との距離が詰まる。


『タイガー02、タイガー01!! まだですか?!』

「まだだ!! 堪えろ、惹き付けろ!!」


 焼けた大地の熱波が車内にまで浸透し、汗が沸き立つ。軍服が張り付き、手汗で取っ手を掴む手が滑り落ちそうになる。


 垂れ流れる汗に視界を妨害され、冷たい汗を拭い。ペリスコープ越しにルノレクスを捉え続ける。ルノレクスは急速に空を埋め尽くし、目の前に迫る。


 そして、口の中で揺らめく光球を視認した。


「タイガー01、フラクタル!! 光球を確認した!!」

『フラクタル了解。クリスタルを展開する。援護せよ』


  瓦礫の隙間より、巨大な水晶を荷台に積んだトラックが飛び出す。トラックはタイガー隊の最後尾から同隊に追従。


 少し道が開け、タイガー隊は二列縦隊へと隊列を変更。煙幕を展開しつつ、牽制射撃を開始する。


 時限信管の煙幕弾が空中で炸裂し、白煙が幕を下ろす。白煙越しでも光球の揺らめきが強まっていくのを感じ、今度はHEAT-FSを装填。光球に向けて打ち込む。


 爆発は無い。やはり蒸発してしまったようだ。


「報告通りか......タイガー01、フラクタル。そろそろ目標地点だ。後は頼んだぞ。送れ」

『フラクタル了解。生きてまた会おう。終わり』


 無線が途絶え、タイガー隊は盛大に煙幕を炊いて散開。一台のトラックを残し、瓦礫の山に身を隠す。


 名も姿もしれぬが、この作戦に参加するだっけあって度胸は相当なモノのようだ。


「生きてまた、か......」


 そう言って殿を務めた奴を見たことがある。そいつは結局死んでしまったせいで、今じゃ生きてまたなどという妄言は禁句になっている。


 だが、殿を務めた奴が居たのはベルリンの戦いでの話。今は戦女神が付いている。


「............タイガー01、フラクタル。武運を祈る」


 <<>>


「こちらフラクタル。クリスタル01、02、フラクタル準備完了。間もなく目標地点到達。誤差修正11」

『クリスタル01了解。修正継続......射角調整完了』

『クリスタル02了解。修正継続、射角調整完了』


 瓦礫の隙間で、水晶が煌めく。簡易的な砲台に備え付けられた水晶は鋭い切っ先をルノレクスへと向け、ただその時を待っている。


"このようなくだらないことをして何になる?"


 ふと、ルノレクスの声なき言葉が辺りに響く。言葉は空気を介すことはなく、人々の脳髄に刻み付けるように囁かれる。


"我らが主も、さぞ嘆いておられることだろう"


 光球の揺らぎが収まり、収束。


"死を以てして、我らが主への供物となるがいい。それだけが、お前たちが在る価値だ"


 ルノレクスは煙幕の漂う一帯へと向けて、溜めに溜めた光線を撃ち放す。


 光芒一閃。極熱の光線が煙幕を吹き飛ばし、水晶に命中。水晶は焼け付くような光を放ち、光線を二手に分けて反射する。


 正しく光の速さで突き進み、瓦礫の山に隠れた第二、第三の水晶に正確に命中。軌道を曲げられ、ルノレクスの後背へと回り込む。


 続いて第四、第五の水晶が光線を受け取り光り輝く。


 ルノレクスの放った光線は水晶に反射され、一秒も掛けずにルノレクスの背中──翼の付け根へと着弾した。


"ッ?! 謀ったな!!"


 数舜遅れて熱波が表皮を溶解させ、目に見えて空間が歪む。次いで爆轟。翼の付け根からルノレクスの全身を包み込むほどの爆炎が発生し、姿が見えなくなる。


 同時に鮮やかな赤色の稲妻が上空へと昇り、明滅して軌跡を残す。


「うわっ、クッソ!! 機器がイカれやがった!!」


 その光景を捉えていた観測手が荒々しく声を上げる。


「目視で......行けるか?」


 首から下げた双眼鏡で空へと舞い上がる粉塵を睨む。辛うじて、目視での観測は続行出来そうだ。


 あの翼が捥げていれば、ようやく作戦の第二段階に進める。


「頼むぜぇ......」


 視界を埋めていた黒煙が薄くなっていく。プラズマが空で明滅する下で。その巨竜は血か何かの液体を口から垂れ流しながら大地に伏せている。


 禍々しく大空に広げていたルノレクスの翼は根元から存在せず、生々しい焼け跡だけが残っている。


「よしっ!! 来た!! 成功だ!!」


 手探りで無線機を掴み取り、待ちに待った言葉を送る。


「第一フェーズ、目的達成!! 効果は大打撃、大打撃!!」


 <<>>


 大打撃。その報告にただ感極まることなく、瓦礫に乗り上げ、大きく仰角を取った鉄獅子が閃光を吹き散らす。


 事を急いて、ミハイロフカに突入した機甲部隊。彼らに充実した砲火力は無く、前線から幾らか戦車を引き抜いての曲射射撃。弾種はHEAT-FS。


 引っ張りだこの二〇三ミリ重砲には及びもつかない火力だが、無いよりはマシ。そうして空を切り裂き、一二〇ミリHEAT-FSはルノレクスへと拙い砲撃を浴びせかける。


 未だ地面に釘付けにされているルノレクスの周囲に着弾。土煙を上げて視界を遮っていく。苛立ちをそのまま解き放ったかのように、ルノレクスを中心として稲妻が放射状に奔る──。


 ──という光景を、測量データの数値から思い描く。


「全く、数字と睨めっこしながらの狙撃なんて、前代未聞もいいところですわ」


 装着したHMDに映っているのは測量機が観測したデータ、その数値のみ。映像などは何もなく、暗闇に緑色の数値が延々と垂れ流されている。


 風向き、温度に湿度。電磁波に果てはコリオリ力に放射線まで。観測可能なありとあらゆるデータが瞳を照らす。


 常人であれば処理することなど到底不可能な、情報の暴力。それを処理してしまうのは、流石は神と名乗るだけはあるのだろう。


「蓄電量は......八〇。まだですわね」


 カチッと一つボタンを押して、後方の戦車部隊と連絡を取る。


「こちらブラフマー、ヴェルダンへ。まだ時間が掛かりますわ。砲撃はもう少し続行してくださいまし」

『ヴェルダン了解。砲撃を続行する......フラクタルは任務を完遂した。クリスタルの展開はここまでで大丈夫だ。送れ』

「ブラフマー了解。クリスタルを回収しましたわ」


 無線を切り、すぐ隣で待機しているルカとサーリヤに状況を知らせる。


「蓄電八〇。ルノレクスは放射状に雷撃を放ち砲弾をいくつか迎撃。ま、今の状況はこんなところですわね」

「よく分かりますね......それ、数字しか見えてないんですよね?」

「身体は腐ってても、中身は神でしてよ。これくらい当然ですわ」


 ルカはいまいち納得のいかないような顔をして、水筒に口を付ける。瓦礫で築いた壁に背を預け、来る時を待つ。


 機会は一瞬。たった一撃。


 ノルトフォークの全身を包み込む巨大な加速器。後ろで列を成し、空間が歪んで見えるほどの蒸し暑い蒸気を吐き出す発電装置。五メートルにもなろうかという長大な砲身からは、絶え間なく白い煙が地面へと垂れ流されている。


「っと、第二射が来ましたわね。流石は戦車、威力こそ劣れど回転率は高いですわ」


 加速器からヴーっと唸るような音がし、排熱版が展開される。


「そろそろ行けますわ。そっちも準備をしてくださいまし」

「了解です。アルバトフ大尉、行きましょう」

「......分かった」


 少し間を置いて、サーリヤが歩き出す。


 何か反応が鈍い。表情こそいつもと変りないが、眷属だから分かるのだろうか。やけに疲れているように見える。


「何かありましたか?」

「いや、何も」

「そうですか......なら、いいんですけど......」


 ノルトフォークの姿が見えなくなる前に、ふと振り向いて様子を確認する。


「どうしましたの?」

「え? あっ、いえ別に......」


 少し眺めただけだと言うのに、よく反応できるものだ。


「こちらは心配など要りませんわ。貴方たちは自分の仕事をしなさい」

「分かりました」

「はぁ......全くほんとに......」


 その後に何か言っていた言葉は、唸りを高める加速器に掻き消されて聞こえなかった。


 <<>>


「全くほんとに......自分の親と再開する機会を、自分から潰すなんて。酷いストーリーですわね」


 それにしたって、あの鉄仮面が落ち込むとは。やはり親と子との縁は切れないと言うことだろうか。


「......くだらない。ほんとうに、どこまでも」


 砲身冷却正常、蓄電一〇〇。目の前の数字の海の傍らに、そう表示される。


「弾種徹甲、カートリッジ装填」


 ガコン、と重苦しい音が鳴る。APFSDSを大量に詰め込んだショットシェルが込められ、砲身は更に唸りを高めていく。


 ノルトフォークは機械に吞み込まれた身体を捩り、身を隠していた瓦礫の隙間からその長大な砲身を覗かせる。


 同時に数字だらけだったHMDにも、ようやくマトモな映像が投影される。


「やはり翼を失ってもデカいですわね、あのドラゴン。一キロしか離れていないとはいえ、それでもかなり大きく見えますわね」


 ルノレクスは未だ虚空を見上げ、稲妻を走らせては稚拙な戦車砲弾を迎撃している。翼を失えば、機動力も落ちる。


 固定観念的な賭けだったが、やはりあの巨体を動かしていたのは薄らデカい両翼だったようだ。


 ルノレクスは今や地を這うただのトカゲ。かつての神話の怪物のような厳かさは微塵もない。


「こちらブラフマー、ヴェルダンへ。コイルガン発射準備完了」

『ヴェルダン了解。次の斉射で最後にする。送れ』

「ブラフマー了解」


 無線を切って、二人が配置に付いたのも確認した。


 さぁ、いよいよ大詰めだ。これで全てが決まる。


「コイルガン、全システムオールグリーン......FCS起動、射撃開始」

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