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第参拾話 攻撃用意

 なぜ殺してくれなかったのか。喪失感と解放感と。悔しさと憎しみが入り混じり、ぐちゃぐちゃになって機能停止したエカテリーナの脳内には疑問だけが浮かんでいた。


 なぜ、殺して──楽にさせてくれなかったのか、と。


 エカテリーナは柱に縛り付けられ、俯いたまま動けなかった。力もまだ残っている。憎悪の羽衣さえ、未だ身体に張り付きゆらゆらと揺らめいている。


「こんなことして、何になるんだよ......」


 夜空の綺羅星のように煌めく鎖に縛られ、ただ空虚な言葉を呟くことしか出来ない。鎖は千切れない。鋭利な鎖でも無いから、殺す気も、脅す気も何も無いのだろう。


 それが悔しくて、イライラして。舐めているのかと、ただただ怒りと憎悪とを反芻(はんすう)するばかりで。久々に目から溢れた涙の理由すら知らないままで。


 死ぬのは、簡単だ。僅かに動く黒いこの手で、自分の心臓を潰せばいい。それだけ、たったそれだけだ。苦しみも、ほんの一瞬だけ。


「──なんで......なんで殺してくれないの......」


 でも、自分で死ぬ勇気だけは、どうしても湧いては来なかった。


 <<>>


 航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の天蓋を突き破り、ルノレクスの巨躯が大地に叩き付けられる。


 瓦礫と粉塵が舞い上がり、爆発でもしたかのような轟音が響き渡る。


"想定外──イレギュラー!! 貴様は私が直々に始末してやる!!"


 ルノレクスは咆哮を空へと放ち、水晶が朱く光る。大きく開いた口から光線が放たれ、空と空気を焼き切り裂いていく。


 光線は空気をプラズマ化させ、赤黒い稲妻を周囲に撒き散らす。稲妻は瓦礫の海を焼き溶かし、尋常ではない熱波に辺りは灼熱の地獄となっていく。


 熱波は近くに居たサーリヤ達の元まで届き、先程大地を揺らした衝撃と相まって、敵の存在を知らせる。


「今度はなんですの?!」


 飛ばされそうな帽子を押さえ、ノルトフォークが叫ぶ。ジリジリと焼ける表皮の感覚に嫌な予測が浮かび、赤熱したまま冷え切らないロケットを吹かす。


「うそっ?! 二体目......いや、ダミー?!」


 前方へと炎を吹かし空中で急停止。眼下に火を付けた骸は存在せず、稲妻を撒き散らし空へと光線を穿つルノレクスが居た。


 空を仰いだまま、ルノレクスの瞳がノルトフォークを捉える。


「上等上等!! 二回も躍らせて下さるなんて、紳士的ですわね!!」


 光線を撃ち終え、揺ぎ無い双眸で睨むルノレクスへと猛進。パイルバンカーを構え、目くらましの機関砲をばら撒いていく。


"愚かな"


 だが、機関砲は装甲のような角膜に弾かれ、目くらましにすらならず。慢心しきって正面から一直線に向かってくるノルトフォークは、格好の的であった。


 ルノレクスの傍に虹色の光球が気泡のように揺らめき、震え。ピタリと動きを止めたかと思えば、赤黒い稲妻が扇状に放たれる。


「ぉごっ?!」


 逃げ場も猶予も与えぬ一瞬の雷撃は、ノルトフォークの腹を穿つ。鈍器で殴られたような痛みと衝撃に弾かれ、飛ばされ。纏わりついた稲妻が身体の制御を奪う。


 やけに遅れて、雷鳴が鼓膜を破る。キーンと耳鳴りがする。もはや、視覚情報だけが頼りだ。


「こ、この程度で!! 敗けるつもりなんて......!!」


 身体の節々からブースターを生やし、ロケットを吹かし無理やり身体を動かす。今度はジグザグに機動しつつ肉薄。パイルバンカーの撃鉄を起こす。


 ルノレクスは僅かに構え、光球を生成。雷を散弾の如く撃ち放つ。


「ぐっ......なんの!!」


 上方に火を吐いて急降下。地面に激突する直前でもう一度ブースターを吹かす。靴底にソリを生成。ガリガリとコンクリートの地面を削り、火花を散らす。


"小賢しい!!"


 尾を振り上げ、溶岩色に光る節々から光線が放たれる。光線が壁を成し、地面を焼き切りながら迫る。


 徐々に速度を上げ迫るも、遥か上空から白い流星が二発。尻尾を穿ち、光線が途切れ消えていく。


 続いて上空から、綺羅星の軌跡を残しつつルカがルノレクスの頭上に着弾。蹴り伏せて、首に白い鎖を巻き付けて首を締め上げる。


「いま!!」

「ナイス援護ですわ!!」


 ソリを仕舞い、暫し滑空。地に足が付いた直後に大地を蹴り、パイルバンカーを構えて飛び掛かる。


 再び光球が辺りに湧き始めるが、撃たれる前に打てばいい。(かかと)のブースターを炊いて跳び上がり、空中で姿勢を調整。先程と同じように、パイルバンカーを脳天に叩き付ける。


「無様見晒しなさい!!」


 爆薬が起爆。爆圧に押され、タングステンの鋭い穂先が超高速で撃ち出される。


 穂先がルノレクスの頭蓋に激突し、衝撃波が頭蓋を揺する。脳震盪でも起こしたのか、ルノレクスは僅かに脱力。全身の動きが止まる。


「............あ、あれ? なんで貫徹してな──」

「危ない!!」


 ルカにタックルされ、槍が残ったままのパイルバンカー諸共ルノレクスの頭上から転げ落ちる。直後に辺りに浮かんでいた光球が閃光を放ち、真っ赤な光線がルノレクスの頭上を掠める。


 硬直から回復したルノレクスが睨む。


 パイルバンカーを打ち込んだはずの脳天は僅かに白煙を上げているのみで、これといった外傷が見られない。


「なっ?! さっきは効いてましたのに?!」

「今は退避を!!」

「っ......分かりましたわ」


 再び空に煌めきだす光球を見て、煙幕を展開し大きく距離を取る。直後に雷撃が地面を叩き割り、分散した細かい電撃に身体がひりついていく。


 パチパチと身体に静電気が走り、動きがどんどん鈍くなってしまう。


「そ、そういえばアルバトフ大尉はどこに?」

「え、知りませんわよ」

「えぇ......」


 瓦礫で出来た物陰に退避して、一息つかせる。呼吸を整えているうちに静電気も収まってきた。


「にしても、なんですのそれ。イメチェン?」

「え? どれのことです?」

「髪に、それに鎖も。真っ白じゃありませんの。それになんだか煌めいて見えますわ」

「えー......いや、自分でもよく分からなくて......」


 そう、気が付いたらこうなっていたのだ。何かのトリガーを引いたのかは分からないが、ルカは今までとは何かが違うのを感じていた。何が違うのかと聞かれても、分からないのだが。


 ともあれ、ルノレクスに対して有効打を与えられるのは、先程叩き伏せた時に実感している。ただ、そうであっても厳しい相手だろう。


 どうしようかと身をひた隠し、頭をこねていると、上空に赤黒い稲妻が迸る。黒鉄色の炎が一瞬輝いて、背後から爆発音と爆風が轟く。


「ここにいた」


 足元で小さく鎖を起爆。一瞬ふわりと浮き上がって、サーリヤがルカ達の目の前に降り立つ。


「遅いですわよ!!」

「ごめん。それより、眷属。これ......」


 サーリヤはそっと、ルカの綺羅星の如く煌めく鎖を手に取る。今まで六角形で、鋭利な刃物のようだった鎖とは打って変わり。楕円形のよく見る形の鎖となっている。


 サーリヤがそっと持ち上げると、キラキラと輝く星がしんしんと地面に落ちる。


「えっと......気付いたらこうなってました」

「そう......」


 サーリヤは目に見えて懐かし気で、鎖を見つめたまま動かない。


 小さい瓦礫の遮蔽に三人。二人は小柄とはいえ、身を隠すにはやはり心もとなく。ルカ達の頭上に光球が揺らぐ。


 蜘蛛の子を散らすように散開。直後稲妻が瓦礫を砕き、粉塵が舞い上がる。遅れて雷鳴と静電気が身体を巡る。


"(さと)いな。だが、詰めが甘い"


 ルノレクスの瞳の色相が変わり、片目に映る情景が変わる。全体的に青く、所々に赤と黄色の色が映るサーモグラフィーの視界。


 片目をぐるりと回し、やけに白く光る瓦礫を見つけ出す。


"そこだな"


 光球が二つ三つと、ルカの頭上に現れる。


「あっ?! くっそ!!」


 目の前の地面に飛び込むように、瓦礫の影から身を投げる。光球が一つ輝き、まず雷撃が一発。時間差で避けたルカを追って雷撃が放たれる。


「これでどうにか!!」


 腰を下ろしたままの姿勢で、がむしゃらに鎖を振るう。鎖は綺羅星を撒き、カーテンのように空に散らされた綺羅星が雷撃を周囲に散逸させる。


 それでも空気を伝わる静電気は防げない。至近距離で防いだせいか、バチバチと身体から小さい稲妻が浮かび上がってくる。


「うっ......身体が......」


 どうしてか身体から力が抜けていく。


「ちょっと!! 寝てる(いとま)はなくってよ!!」


 ルノレクスの眼前でナパーム弾頭が炸裂。炎を遮蔽に、ノルトフォークがルカを抱えてその場から離脱。すかさずサーリヤがルノレクスの頭部に砲撃を叩き込む。


「ひとまず離脱しますわよ。あんな強いなんて聞いておりませんもの」

「......分かりました」

「よし。ジャガーノートちゃん!! もう少し持ち堪えてくれますわよね?!」

「もちろん」


 鎖を横薙ぎに払い、線上の爆発が巻き起こる。


"逃がさん!! 貴様は今、ここで仕留めてやる!!"


 天地を穿つような咆哮が轟き、重圧な衝撃波が色濃く残る爆煙とサーリヤを吹き飛ばす。大きく開けた口に光球が揺らぎ、収束する。


「回避をっ......!!」

「間に合いませんわ!! ただの光ならこれで......」


 ノルトフォークは素早く振り返り、透き通るような水晶の盾を構える。


 それに呼応するように、光球が閃光を放ち、僅かな猶予も与えず水晶に着弾。悲鳴のような音が耳を蝕み、キリキリという音と共に水晶にヒビが入る。


 ヒビの割れ目に光線が差し込み、水晶の中で乱反射する。漏れ出た光線が辺りに飛び散り、溶融した瓦礫が溶岩となり、白煙が立ち昇る。


 パキッと一際大きいヒビが入るも、同時に光線が細くなり、溶けるように消えていく。


「防いだ?」

「いや、まだ──」


 すぐさま別の盾を用意するノルトフォークを、熱風が吹き飛ばす。数秒遅れて地面が赤熱し、光線の射線を中心に消滅。間髪入れずに爆発し、滝を逆さまに落としたかのように溶岩と爆炎が吹き上がる。


 吹き飛ばされたノルトフォークとルカを、サーリヤがなんとかキャッチ。鎖で簀巻(すま)きにして、黒曜石の雨が降り出す前に離脱する。


「離脱......あれを放っておいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃない。だから、どうにかする」

「無線も全然通じませんわ。増援の見込みも無し。わたくし達だけでどうにかするしかありませんわね」


 ルノレクスは睨みを利かせつつも、追ってきては居ない。それどころか口から黒煙を大量に吐き散らし、煙幕を展開。


 どうやらあちらとしても体勢を立て直したいようだ。


「どうにかするって、どうするんですか? あんな化け物......」

「やりようはありますわ。少々賭けにはなりますけれど、あの光線を利用できれば或いは......まぁ、ともかく今は友軍との合流が優先ですわ」

「......分かりました」


 両者、一時離脱。ルノレクスは闇夜に身を隠し、ルカ達は未だ鉄火の殴り合いが続く友軍部隊と合流した。


「状況は?」


 簀巻(すま)きにしたルカ達を投げ飛ばすように解放。サーリヤは早足で野戦指揮所へと向かっていた。


「君は......状況か。最悪だ。奴らが延々と鉄屑を垂れ流してくるせいで、弾薬が底を尽きそうだ。本部との回線も復旧しない。通信も強力なジャミングで不可能。後方部隊の安否すら不明」


 指揮所の指揮官は大きく溜息を付き、貧乏ゆすりは止まることなく更に激しくなっている。


「兵の士気も地の底だ。このままではすり潰される。そういう、クソな状況だ」

「......攻撃する余力はある?」

「無いと言えば噓になる。だが、あるとも言っても嘘になる。後先考えず、一瞬だけであればという条件なら、あると言えるだろう」

「つまり攻撃は可能?」

「......その後のことを考えなければ、な」


 重い空気が落ちる指揮所に、ノルトフォークが元気いっぱいに飛び込んでくる。


「そういうことなら、さっさと攻撃の準備を始めなさい!! ルノレクスを討滅致しますわよ!!」

「策はあるのか?」

「もちろん!!」


 暫しの沈黙。そして、指揮官が口を開く。


「燻っていても死ぬだけ、か......いいだろう。君達の勝利に全てを賭けよう」

「そうこなくっちゃ!!」

「失敗は即ち人類の敗北だ。確実に勝利せよ」

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