4.王太子2
「失礼致します」
斜め横から声を掛けられた。
謁見の場から出てきたようだ。
あの場にいたのか。気付かなかった。
「フリッツ様、馬車の用意が出来ております。このまま私が離宮までご案内いたしますので付いてきてください」
『様』呼びか。
どうやら、私はもう王子ですらないようだ。
「悪いのだが準備が何も出来ていない。支度に時間を貰いたい」
今まで父上の命令で城の最奥にある王族専用の軟禁室に閉じ込められていたのだ。離宮に移るにしても荷造りなどしていない。
「必要ありません」
「なに!?」
「咎人に、どのような準備がいるのですか?もしや逃亡でも図るおつもりか?」
なんという無礼なもの言いだ。
「そんな事はせん!!!」
廊下に響き渡る様な大声を出してしまったが、この男の失礼極まる言葉には我慢ならなかった。私がそんなことをする人間だとでも思っているのか!
「それは失礼を」
嘲笑うように言われた。
まったく失礼とは思っていない態度だ。
「分かったのなら、そこをどいてくれ。荷物の準備をする」
自室に行くにしても、男が立ちはだかっている。横を通り抜ければいいのかもしれないが、何故か、この男に対してそうすることは癪であった。
「はははははははっ!!!」
突如、笑い出した男に驚いてしまった。
心底、可笑しいと言わんばかりに笑うのだ。
「はははっ! フリッツ様は面白い事を仰る」
「何が面白いというんだ?」
「貴男に持っていく荷物などありはしません」
「なんだと!?」
「そうでしょう? 貴男が言う荷物とは、私物の事。王族は民の税金で生活しているのですよ?王族でない者が持ち出していいはずありません。ああ、ご安心を。貴男の私物は全て売り払う予定です。それで少しでも王家が支払う賠償金の足しになる事でしょう」
男の言葉に愕然とした。
「ばい…しょうきん……」
「何を驚いているのですか? 愚者達が寄り集まって、一人の御令嬢を追い詰めたのですよ。しかも貴男は婚約もしていた。慰謝料や賠償金を支払うのは当然でしょう」
そうだ。
私とアレクサンドラの婚約は破棄になった。
王家の有責で。
だが、ヘッセン公爵は忠臣だ。
王家の事を考えて支払いを辞退するものだとばかり思っていたが…そうではなかったというのか?
いや、元々お金は支払う予定だった。アレクサンドラを罪人として裁いた後に、公爵家に迷惑料として幾らか渡す手はずにはなっていたのだ。コリンとも相談して決めた事だ。
「ヘッセン公爵家に支払う金額に対して大げさ過ぎないか?かの公爵は、忠誠心に富んだ人物だ。その上、父上の腹心でもある」
「なるほど。忠義の者に対してなら、どれほど契約を反故にしても構わないと仰るのですね」
「そのような事は言っていない!」
なんて事を言うのだ。
それでは私が暴君のようではないか!
「私は、ヘッセン公爵の気持ちを重んじたまでだ。忠義一徹といっても過言ではない公爵にとって、王家からの支払いなど負担に等しいはずだ。仮令、王家が責めを負わねばならない側であったとしても、公爵ならば父上の心中を察して許すだろうし、王家に対して金を要求するなど決してしまい!」
「フリッツ様の意見は分かりました。そして勘違いをなさっていることも」
「勘違い?」
「はい。受け取る相手はヘッセン公爵家ではありません。公爵令嬢個人への慰謝料と賠償金です」
「アレクサンドラに!?」
彼女個人宛だと!?
何故だ?
婚約は王家と公爵家とで結んだもの。
そうであるならば、家同士の契約のはずだ。そこに個人の意思など無い。王家の支払いがアレクサンドラに、というのは理解しがたい。
「当たり前ではないですか。被害者はヘッセン公爵令嬢ですよ? ご理解されていらっしゃらないようですが、これは只の婚約破棄ではありません。元王太子殿下と高位貴族の子息らが起こした犯罪事件でもあり、殺人教唆でもあるんです。
罪を犯した者は罰を受けねばならない。それをヘッセン公爵令嬢の温情によってこの程度で済まされているんです。本来なら、死刑執行が下される判決ですよ」
あまりの事に言葉をなくした。
死刑判決だと?
何故だ……。
私は王族だぞ?
アレクサンドラは臣下の出ではないか。
幾ら何でも重すぎる判決だ。
「……殿下。アレクサンドラ様は被害者なのです」
乳母からの言葉は堪えた。
私が悪いのは分かっている。
その正論をかみしめるように、右手を強く握りしめ男からの屈辱に耐えた。
「使者殿、私も殿下と同行しても宜しいでしょうか?」
懇願する乳母に申し訳なさが募った。
こんな男に頭を下げさせてしまった自分が情けなかった。
「乳母殿もご一緒で結構ですよ。陛下の許可はとってあります」
「手間をかける」
乳母が男に礼を言う前に、私が言葉を発した。